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【再掲記事】金明秀という男について

以下の記事は某言論封殺魔の圧力で閉鎖された旧ブログに2012年1月10日に載せた、金明秀批判である。金明秀という男は一見在日同胞の人権などを擁護する振りしておきながら、結論として悪質な日本人(野間易通その他)に媚びるという、どこからどう見ても辛淑玉や梁英姫らと同じ系統の現代版親日派というのが明らかだ(なのに親日派扱いされると腹を立てるハンパなとこが笑える)。同胞を食い物にするのをシノギにしているどうしようもない奴で、最近の「東京大行進」のような在特会絡みの社会現象が目立つようになってからは、その傾向がますます酷くなっている。この男のツイッターなど見ていると信じ難い暴言や妄言が連発されており、それをいわゆる「反ヘイトスピーチ運動」界隈の人間達(日本人・在日問わず)が悪用している現状を考え、過去の消された批判記事を再掲する事にした。
この男は在日朝鮮人が歩んで来た苦難と闘争の歴史を軽んじて冒涜し、「反日的」な同胞を「共和国ナショナリズム」と切り捨てる。まさに日本の国家体制が朝鮮人に一貫して押し付けてきた同化圧力そのものだ。2002年の小泉訪朝以後、さらに北朝鮮の悪魔化と在日への差別・抑圧政策が悪化した日本で、抵抗する在日を「共和国ナショナリズム」と罵倒し、一方で「朝鮮学校は日本の役に立っている」として、日本という「お国」の役に立つ事がこれからの朝鮮人の生きる道であるかのように説く金明秀という男。この男の本質は日帝時代の親日派と何ら変わる所はない。独立運動を検挙する為にスパイとして送り込まれた密偵にこういう人間がたくさんいたものだ。くれぐれも騙されないように、という事は同胞の皆に警告しておきたい。一方で金明秀を支持したり応援したりしている連中をたどって行けば、同胞社会に害をなすロクデナシ(日本人・在日問わず)どもが芋づる式に色分け出来るので、そういう意味では「便利」な存在ではあろうが…。


・金明秀という男について(初出2012.01.10 筆者の旧ブログ記事)

関西学院大学教授の金明秀という男は在日の参政権問題や民族差別問題で色々と発言を行い、宮台真司の歴史的無知を曝け出した妄言を批判したりしたのは、まあ良いと思う。が、金明秀のこれまでの発言には今一つ民族としての緊迫感というか切迫感というものがあまり感じられず、どれも机上の空論的という印象を筆者は拭い切れなかった。在日でありながら、日本社会が自分達に加えている民族差別や抑圧政策といったものを自分の体で感じていないよそよそしさというか、脳天気さというか…。とにかく訳分んない奴だと、筆者はこれまで思って来た。
大した著書がある訳でもない有象無象の小物学者なので問題にする必要もなかったのだが、さすがに人権協会の発行物にこのような発言が載った事は見過ごせない。

http://han.org/blog/2011/07/post-154.html
リスク社会における新たな運動課題としての《朝鮮学校無償化除外》問題

この記事の問題点については「日朝国交「正常化」と植民地支配責任」のブログが重要な点をおおむね批判しておられるので、筆者が付け加える事はあまりない。ただ、この発言とその問題点のおかげで、金明秀について筆者がこれまで抱いていた曖昧な印象が晴れた気がした。要するに金明秀という男は「卑屈な人間」という事である。朝鮮学校の無償化を勝ち取るにあたって「「平等」や「人権」といった近代の市民的規範によって抵抗することはもはやむずかし」いから「あなたたちの役に立っているのでいじめないでください」と日本社会に「哀願」せよというのだから。金明秀の言わんとする事はまさに、同胞達にアンクル・トムになれと呼びかけているに等しい。日本人にペコペコする朝鮮人・韓国人になれと、どう考えてもそのようにしか解釈出来ないではないか。逆だろう。日帝時代の清算もしていない日本こそこちらに頭下げろや、と主張すべきなのである。
そもそも、在日は「日本社会の役に立つ」事を目的に「生かされて」いるのではない。日帝植民地時代に強制連行や生活苦の為にやむなく日本に来た我々がどうして「日本社会の役に立つ」事を目的に生きねばならないのか。「日本社会の役に立つ」事などというのは、在日が生活していくうちにいわば「副産物」としてもたらされるものに過ぎず、それを我々の「基本的人権」と引き換えにするなどとんでもない話だ。

金明秀はよくネット右翼から攻撃されているし、自身も片山さつきのような極右政治家を度々批判している。だが金明秀の言い草では、ネット右翼や片山さつきのような完全に頭の狂った差別主義者(狂い過ぎているので実際にはその影響力にも限度がある)は一応批判出来ても、より巧妙で悪質な差別主義者や抑圧者に対する反撃・反論にはとてもならないだろう。「日本社会の役に立つ」「理想的な隣人」論というのは、外国人を安い使い捨ての労働者として扱いたがっている経団連のような組織にとってはむしろ望む所だからだ。例えば坂中英徳(脱北者帰国運動)のような男はそうした経団連的移民論の宣伝役みたいな人間だが、金明秀の言い草はこれと極めてナイスマッチで親和性が高いのである。坂中と金明秀のいずれも「反日」としてネット右翼から叩かれている点が共通している事に注目されたい。ネット右翼に攻撃されているからといって、必ずしもその人物とその言動が在日の基本的人権や利益に合致するとは限らない好例である。

それに「自営業のノウハウと知識と人脈を持ち、ベンチャー起業のリスクを果敢にとりにいける人材を、朝鮮学校は大量供給しているともいえる。国家の庇護に頼らない自由で不羈の企業人を朝鮮学校は輩出してきたとも表現しうる」という「在日は大企業に就職出来なかったから自分で事業を起こして優れた企業人を輩出した論」は辺真一の言う「強者としての在日」そのものだ。そうした歪んだ民族的優越感が在特会に言質を与えたという事に全く気付いてない。こうした点から分るのは、金明秀は辺真一の劣化コピーでもあったという事だ。

朝鮮学校無償化を適用させたければ日本人にペコペコしろという言い草、似たようなセリフは日帝時代の親日派どもも当時しきりに言ったものである。「内鮮一体、朝鮮人は天皇陛下の恩義に報いるべく忠良なる皇国臣民としてその命を帝国に捧げるべし」という民族の裏切り者達の扇動でどれだけ多くの朝鮮人が抑圧され、戦争に駆り出されて侵略戦争に加担させられた事か。金明秀の「朝鮮学校は日本の国益につながっている」という発言を見た時、筆者はかつての親日派が朝鮮人の若者を学徒動員する為にやった扇動を連想して寒気がした。今はまさに、日本が自衛隊PKO海外派兵を乱発し、韓国・アメリカと共に対北朝鮮戦共同軍事訓練という軍事挑発行動(延坪島事件の原因になったやつね。どう見ても憲法9条違反ではないのか)を堂々と行い、武器輸出3原則を事実上無原則化した現状においてである。これら日本の軍事行動もまた俗に「日本の国益」の為と言われるではないか。朝鮮学校にこうした「日本の国益」に奉仕せよと? 金明秀は自分が何を言っているのかも、かつての親日派の言い草と自分のそれがほとんどダブっている事も分かっていないのではないか。日頃在日の人権や日本社会における民族差別問題をしたり顔で語っているくせに、こういう重い歴史を何一つ知らない。筆者がこの男に抱いていた、差別や人権抑圧を自分の体(はおろか、実際には頭・知識でも)で分かっていないという印象はやはり正しかったようだ。いや、実際にはもっとひどかった訳だが…。

最後に日帝植民地時代の親日派が行った典型的な親日扇動発言を実例として挙げておくので、金明秀の現在の発言と比較されたい。当時日帝の手先になって植民地統治や日本の侵略戦争に協力した連中はこういう事を言っていたのである。これは盧基南(로기남 1902-1984)という韓国天主教会(カトリック)大司教の発言だ(ただし韓国では日本と違ってこの宗教的役職をカトリック・プロテスタントのいずれも「主教」と呼ぶ。ここでは日本式に分かり易く「司教」とする)。盧基南は韓国カトリックの大物神父として布教や教勢拡大に大きな貢献を果たし「盧基南なしには韓国のカトリックはあり得ない」とまで言われたほどである。が、しかし…盧基南は当時日帝の植民地統治に多大な協力をした親日派としても知られ、創氏改名・神社参拝・皇民化教育・学徒動員・戦費募金活動・軍需用金属拠出運動・戦闘機献納運動などに天主教会を挙げて協力させた。また、大戦末期には朝鮮戦時宗教報国会という朝鮮総督府の御用団体に代表委員として就任してもいる。2008年に韓国の民族問題研究所が発表した親日人名事典収録者名簿には、カトリック界の親日派代表7人の筆頭格として記載された。盧基南は当時の創氏改名では「岡本鐵治(おかもと・かねはる)」という日本名を名乗っている。
この盧基南大司教(当時京城教区長)が教団機関紙に書いた文章は以下の通り。筆者は盧基南はじめとする当時の朝鮮宗教界の親日アジビラを読んだり翻訳すると血圧が上がるのを禁じ得ないが、読者達もこれを読んで絶対に興奮は禁物である(笑)。

大詔奉戴と教区長就任に際して

国家非常時局にあたって上より恐れ多くも大詔まで奉じる事となったこの時、無功無徳なる不肖の身が敢えて京城教区長兼平壤・春川両教区管理者に就任する事を恐縮してやまぬが、計り知れぬ天主の深奥なる按配にただ服従して我が一身を犠牲にすると同時に、あらゆる聖職者達と教兄姉妹達が一致協力して我を助けてくれる事を信じて疑わぬ。
熱心なる信者が忠良なる国民であるという事は本職がすでに以前より深く感じてきた所であり、今や国家が大東亜戦局に突入し、恐れ多くも大詔を奉じてわずか一月余りのうちに天主より本教区の牧杖(司教杖)をパリ外邦伝教会より不詳の手に移された事を考えれば、現今国家と教会の時局において天主の神々しき意は何であり、本職に付与された責任が何かは自ずと明らかとなる所だ。そしてその責任はあらゆる聖職者達に分担され、またあらゆる教兄姉妹達にも分担されるであろう事は言うまでもない。
我らは国難を突破せねばならない。我らは今や我が手で我が教会を維持し、維持するばかりか発展させねばならない。この為に我らは何よりも熱心なるカトリック者となり、忠良なる皇国臣民とならねばならない。多くの熱心なる信者と忠良なる国民は自己の責任遂行に心血を注ぎ、その責任が重大なものであれば己の生命までも惜しむ事なく犠牲にする。現今国家の時局はそのような国民を要求し、現今国家の情勢はこのような信者を要求する。我ら全員が熱心なるカトリック者として、国家に対する責任にこのような態度で挑めば、これよりさらに良き宗教報国はあり得ぬ。我ら全員が誠に教会維持と発展に臨めば克服出来ぬ困難はあろうはずもない。
上に述べた二つの大いなる責任を実行するにおいて、本職はとりたてて新たな実践事項を指示する事はない。ただ無言服従と一致協力、この二つを極力勧奨するのみにて、これは実に悠久なる皇国2600余年の歴史が歩み、カトリック約2000年の年輪を統一させる偉大なる原理だ。国家の時局を突破すべく行政当局より指示する所は絶対に信頼し、無言服従せよ。誰よりも当局が、前後情勢とそれに対して国民が歩むべき道を最も良く知るが故に、例え若干難しく不便であろうとも、公然たる批判や恨嘆をせず一致協力して無言服従せよ。そうしてあらゆる信者は模範国民となり、あらゆる教友村達は模範部落たれ。教会の維持と発展に対しても教会長上を信頼し、その指示する所に無言服従・一致協力すべきであり、教会長上を使徒・聖ピエトロと看做して服従し、互いに一つの心・意志にて堅固に結合して行く事はキリストの真の弟子となる確実な表号である。
最後にパリ外邦伝教会と特に元司教(元亨根 ウォン・ヒョングン 当時朝鮮に布教に来ていたフランス人司教ラリボ(Larribeau)の朝鮮名 訳注)より賜った恩恵に感謝してやまず、再び目を上げて天に向かい、我が半島天主教会の守護(主保)たる無原罪懐胎(無染始胎)聖母マリアと我が福者達と殉教した先祖達の加護を祈ってやまない。

昭和17年 天主降誕1942年1月18日 京城教区教区長
平壤春川教区管理者 パウロ岡本鐵治

訳 ZED
「京郷雑誌」943号 1942年2月号より

読んでお分かりの通り、盧基南は信徒達に「忠良なる皇国臣民」として国家に「無言服従」で「宗教報国」せよ、とアジっているのである。金明秀の「日本社会の役に立つ」「朝鮮学校は日本の国益につながっている」発言と何と見事に一致する事か!

韓国において「高木正雄(朴正熙の創氏改名時の名前)」は後に大統領となり、「岡本鐵治」は後に大司教となった。金明秀は後に何になるつもりなのか。

なお、韓国の民族問題研究所と親日人名事典編纂委員会は「親日派」の概念を「日本帝国主義の国権侵奪・植民地統治・侵略戦争に積極加担する事で、我が民族または他民族に身体的・物理的・精神的被害を与えた者」としている。「我が民族」だけではなく「他民族」にも害を与えた者としている点がポイントだ。日本の侵略戦争に加担して他国に危害を加えた者も「親日派」と規定している。これが後の韓国ベトナム戦争参戦や、国連事務総長・潘基文の下でPKO派兵が繰り返されている現状に対して問い掛ける部分は大きいだろう。
日本の右翼や軍事優先主義者達がこぞって親日人名事典を攻撃して来たのは、これが韓国内の民族反逆者を裁くだけでなく、まさに自分達日本の犯罪と恥部を明らかにする行為でもあったからだ。

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やなせたかしの「正義」とは功成り名遂げた金持ちの正義

やなせたかしが94歳で死んだそうだ。これは長生きし過ぎたと言って良いだろう。実際、筆者の目にやなせたかしはひどい老害作家にしか思えなかった。西原理恵子などのゴマすり取り巻きを相手に偉そうな「訓示」を垂れている姿ほど醜いものはなかったろう。この老人がエロ漫画を度々攻撃して漫画の表現規制に利するような事をしていたのは、生前の「罪」としてはっきり記憶しておかねばならない。やなせの言動には「国民的童話作家である俺様はエライ」という臭みが常に漂っており、そうした意識が「低俗なエロ漫画」への卑下や攻撃につながっていたのだと思う。

やなせのエラソーな態度がにじみ出た典型例が以下のインタビュー記事だ。

http://www.news-postseven.com/archives/20110503_18844.html
やなせたかし氏 日本人の正義とは困った人にパン差し出すこと

「つまり、正義を行う人は自分が傷つくことも覚悟しなくてはいけない。今で喩えると、原発事故に防護服を着て立ち向かっている人々がいます。自分たちが被爆する恐れがあるのに、事故をなんとかしなくてはという想いで放射能が満ちた施設に向かっていく。あれをもって、「正義」というのです」

この記事には他にいくつも突込み所があるが、一々指摘してたらキリがないので上記発言にしぼって論じる。現実問題として今の福島原発事故処理作業員というのは、大部分が仕事がなくてやむを得ずヤクザの手配師に連れてこられたような人々だ。そこにあるのは困窮した社会の最底辺で苦労する人々が、国や電力会社やヤクザに追い打ち掛けられるように搾取されて使い捨てにされている光景だけである。あそこの作業員達が被爆しているのは食っていく為に嫌々そうせざるを得ないからで、「事故をなんとかしなくてはという想いの『正義』」などではない。食って生きるのに十分な人間が、どうしてあんなこの世の地獄へ行くものか! やなせたかしの作品世界(「世界観」にあらず)に当てはめて言うならば、福島原発でヤクザにピンハネされて低賃金で働く被爆作業員達というのは、アンパンマンに助けてもらわねばならない弱者の立場である。それを「ヒーロー」にすり替える辺りに、やなせたかしのどうしようもない思い上がりというか強者の醜悪な優越感がにじみ出ていると思う。インタビューでやなせは次のようにはっきり言っているではないか。

それに正義って、普通の人が行うものなんです。政治家みたいな偉い人や強い人だけが行うものではない。普通の人が目の前で溺れる子どもを見て思わず助けるために河に飛び込んでしまうような行為をいうのです。ただし普通の人なので、助けに行って自分が代わりに溺れ死んでしまうかも知れない。それでも助けざるを得ない。

これまた実にありがたいやなせたかし先生の「ヒーロー理論」だ。これを福島原発事故現場に当てはめると以下のようになるだろう。

政治家みたいな偉い人や強い人が行くものではない。普通の人が目の前で事故を起こしている原発を見て思わず作業現場に飛び込んでしまうような行為をいうのです。ただし普通の人なので、助けに行って自分が放射能で死んでしまうかも知れない。それでも行かざるを得ない。

やなせはあたかも「普通の人」達にあの危険な現場へ行って働けと言っているようにしか聞こえない。それでも「普通の人」達は「正義」の為に福島事故現場で働かざるを得ない、と。この理屈は1945年以前の日本人が嫌というほど叩き込まれた話だという事を我々はよく知っている。若者を神風特攻隊へ送り込む時の理屈に何とそっくりなのかと思う。戦前の日本も「政治家みたいな偉い人や強い人」とその子弟達は戦争に行かなくて良かったが、「普通の人」達は「おまえ達はお国の為に戦う英雄(英霊)になるんだ」と言われて戦場に駆り立てられて犬死した。現在でも福島原発事故に責任のある「政治家みたいな偉い人や強い人」の子弟は誰一人現場作業員として働いていないが…。
噂だが、福島原発の現場はあまりに過酷で、最近は働きたがる者も減ってきていると聞く。あまり想像したくはないが、このまま行けば将来福島の現場で働く者を強制的に狩り出す制度が出来てもおかしくはない。もちろんそうなれば、真っ先に狙われるのは社会的弱者である。やなせたかしが生前言った事は、そうした事を正当化する為に最大限利用されるだろう。「現代版カミカゼ」を正当化・奨励する為に。
原発作業員とは本来ならばヒーローに助けてもらわねばならないような弱い立場なのだ。だが、彼らを救いに来るヒーローなど現実には決して存在しない。

やなせたかしの人を見下した「功成り名遂げた金持ちの正義」は、結局のところ自身の戦争体験に起源があるのだろう。やなせも若い頃に徴兵されて中国へ行った事は広く知られている。しかし問題は、戦後に大日本帝国とあの戦争をどう受け止めたかである。上記記事ではあの戦争に対するやなせの感想を次のように書いていた。

やなせ:「アンパンマン」を創作する際の僕の強い動機が、「正義とはなにか」ということです。正義とは実は簡単なことなのです。困っている人を助けること。ひもじい思いをしている人に、パンの一切れを差し出す行為を「正義」と呼ぶのです。なにも相手の国にミサイルを撃ち込んだり、国家を転覆させようと大きなことを企てる必要はありません。アメリカにはアメリカの“正義”があり、フセインにはフセインの“正義”がある。アラブにも、イスラエルにもお互いの“正義”がある。つまりこれらの“正義”は立場によって変わる。でも困っている人、飢えている人に食べ物を差し出す行為は、立場が変わっても国が違っても「正しいこと」には変わりません。絶対的な正義なのです。

やなせ氏は第二次世界大戦では砲兵として中国に駐留していた。大東亜共栄圏の美名のもと「正義の闘い」だと信じていたものが、戦後、侵略戦争だと知った。「天皇陛下万歳」と叫んでいた者たちが「民主主義」に走り去っていく姿も見た。全ての正義が相対化されていくなかで、絶対的な正義とは何か考えていって、突き当たったのが飢えに苦しんだ兵隊時代の記憶だった。そこから「自分を食べさせて人を救う」ヒーローが生まれた。


後段部分はインタビュアーである記者の叙述であり、そこでやなせは日本の戦争が侵略であった事を戦後に知ったとなっている。なるほど、やなせもあの戦争が侵略戦争であった事自体は一応認めている訳だ。だがやなせたかしという男の「正義」に対する考えとは一貫して「相対化」だった。「アメリカにはアメリカの“正義”があり、フセインにはフセインの“正義”がある。アラブにも、イスラエルにもお互いの“正義”がある」ならば大日本帝国と天皇にも“正義”がある、という話にしかならないではないか。あれだけひどい侵略戦争と植民地支配を行なった日帝と天皇もまた「正義」で片付けるやなせたかしの言い草こそ、日帝の犠牲者に対する酷い冒涜であり、筆者のような在日朝鮮人すなわち日帝被害者の末裔には絶対に許し難い。「でも困っている人、飢えている人に食べ物を差し出す行為は、立場が変わっても国が違っても「正しいこと」には変わりません。絶対的な正義なのです」というならば、よその国を侵略して植民地にしたり、その為に自国の社会的底辺の人々をも兵隊に狩り出して犬死・特攻させる事はどうなのか。それこそ「立場が変わっても国が違っても「悪いこと」には変わりません。絶対的な悪」ではないのか。だが、やなせたかしはそれを決して「絶対的な悪」とは言わずに、「正義の相対化」で逃げた。歴史を直視出来ない臆病者だったのである。やなせは典型的な「戦後社会の日本人」という言い方も出来るかもしれない。

やなせたかしと一番良い比較対象は俳優の天本英世だろう。天本もまた若い頃戦争に取られた身だったが、そこで体験して感じた事はやなせとは全く正反対だった。

http://www.mammo.tv/interview/archives/no007.html
なんのために生きているのか?とたずねられたら、なんと答えますか?

自分が生まれ、一生の間にしたいことをする。それだけだ。だからスペインに住みたいとは思っています。とにかく日本人には哲学がないんだ。なんのために生きるか。生きているとは何か。教師も何を教えていいかわからない。
文部省も僕らが小さい頃と同じだ。ばかばかしいことの再生産で、「君が代」を歌えなんて言っている。僕は日本のすべての俳優を引き連れて「君が代」反対のデモをやりたいくらいだ。「君が代」なんてバカの骨頂で、僕は全然天皇制なんて認めない。昭和天皇は戦争責任者の最たる者だった。
こういうことはテレビでしゃべっても全部カットされるんだ。そうしたことがあるかぎり、日本人はいつまでたっても精神的に自立できない。天皇や天皇制について議論さえしないんだよ、日本人は。


兵隊に取られて軍隊で酷い目に遭った天本は、戦後徹底して君が代や天皇を嫌うようになった。「昭和天皇は戦争責任者の最たる者」として日帝の悪をはっきりと認識したのである。間違っても天本は「“正義”は立場によって変わる」などと寝ぼけた事は言わなかった。

日帝と天皇を「絶対的な悪」と認識した天本英世と、「アメリカにはアメリカの“正義”があり、フセインにはフセインの“正義”がある。アラブにも、イスラエルにもお互いの“正義”がある。“正義”は立場によって変わる」などと言って日帝と天皇の戦争犯罪を明確な悪とみなそうとしなかったやなせたかしの差は大きい。

今日本は急激な右傾化・軍拡化が進んでおり、それに対する国民の警戒心を薄れさせる大衆娯楽作品が巷にあふれている。「ガルパン」だの「艦これ」だの「名探偵コナン」だのは典型例で、これらの中には実際に自衛隊が全面協力しているものも少なくない。もちろん「ガルパン」や「艦これ」は非常に問題だが、これらよりもはるかに大きな害毒を放ち続けたのは実はやなせたかしではないかと筆者は考える。どこまでもオタク層向けに過ぎないこんな作品達よりも、アンパンマンのやなせたかしの方が比較にならない影響力を誇るのは言うまでもなかろう。

やなせたかしが94歳で死に、世間ではこれの冥福を祈る声があふれている。だが筆者はこんな男の死に間違っても冥福など祈らない。やなせたかしという「水に落ちた犬」の偽善は今こそ徹底してぶっ叩くべきなのだ。このような男があたかも「子供達に夢と希望を与え、平和を祈り、大震災の被災者に勇気を与えた」という偽善の本質を撃つべきと思う。それをありがたがってきた者も深い自己省察が必要だ。

君が代を「裏声で歌へ」というのが相応しいならば、アンパンマンのマーチは「逆再生で歌へ」というのが死後のやなせたかしには相応しいと考える。


裏声で歌へ君が代。
逆再生で歌へアンパンマンのマーチ(笑)。

【再掲記事】李信恵という女について

以前圧力で閉鎖された旧ブログで、李信恵という在日の女性ライターについて批判した記事を2回書いた事があったが、今回その記事を再掲する。22日に「差別撤廃東京大行進」とか何とかいう、偽善者・詐欺師・差別主義者・ネオ親日派の日本選手権大会みたいなイベントがあるようなので、ちょうど良い機会だからだ。例の北朝鮮への恐怖・敵愾心を扇動する映画で賞まで取った梁英姫もこのイベントに参加する事を表明しており、ちゃっかり日本国家への帰属と忠誠の意を示す良い機会とみなしている。梁英姫のヌイドンセンポル(누이동생뻘 朝鮮語で妹分の意)としか思えない存在である李信恵についても改めて批判しておく。
聞く所によると、李信恵はデモなどで知り合った日本人に対してやたらと「オッパ(오빠 朝鮮語で女性からの「兄さん」という呼称)」「オンニ(언니 朝鮮語で女性からの「姉さん」という呼称)」などと朝鮮語で呼び掛けて媚びを売っているという。筆者はこれを聞いて、同胞の中にここまで恥を知らぬ輩が出現してしまったのかと思った。在日の社会では血縁がなくとも年長の者に対して朝鮮語で「ヒョンニム(형님 朝鮮語で一般的に男性からの「兄さん・兄貴」の意)」とか「オッパ」と言う事はもちろんある。だがそれは飽くまでも同じ朝鮮・韓国人同士の間でのみ呼ばれるものであって、日本人に対して朝鮮語でそのような呼び方を絶対にしてはいけないという不文律があった。そのような事は抑圧者である日本人に媚びる事であり、自分達の民族語で日本人を「兄貴・姉御」と呼ぶなど己の魂を売り飛ばすに等しいものという共通認識があったからだ(少なくとも筆者の育った環境では)。そうした禁句を平然と破って己の親日ぶりをアピールする事に必死になってる李信恵という女は、どれだけ根性の腐り切った奴なのかと思う。恥知らずの極みとしか言いようがない。おそらくこの女は野間易通だけでなく、石丸次郎に対しても「オッパ」と呼んでいるのだろう。それを聞いて野間や石丸は悦に入る訳だ。野間や石丸はチョーセン人のメンタが自分からすり寄って来た事で優越感と支配欲を満たし、李信恵は日本人の男に媚びて仕事をもらうなどのおこぼれにあずかろうとする。反吐が出る光景だ。
李信恵はもちろんそうだが、梁英姫にせよ辛淑玉にせよリ・ハナにせよ、この手の連中最大の共通点は全く自立してない女性という事だろう。筋の悪い男に媚びて商売するような事ばかりしてるくせに、口先では「女性の自立」みたいな事を平然と言う。そこに同胞を売って私利私欲に走る「反民族行為」が結合するのだから、救いようがない。

前口上はこれくらいにして、以下に過去記事を再掲する。


【その1】
月刊イオは執筆者をもうちょっと選んだ方が良い

最近、無償化除外問題などで奮闘しているのが総連系の同胞青年向け広報誌イオで、こうした部分に同胞の権利の為に戦ってきた総連の伝統が根強く生きていると感心する。
が、変なものを見てしまったので少し苦言を呈しておきたい。

李信恵とかいう最近売り出し中の女性ライターがいて、この女は自分のツイッターでイオに何か原稿を書くという事を自慢していた。

https://twitter.com/rinda0818/status/313803443397603328
月刊イオ4月号、「特別企画:日本のヘイト・クライムを考える」に寄稿してます。他の執筆者は前田朗東京造形大学教授やジャーナリストの安田浩一さんなので、めちゃ恐れ多いっす。

https://twitter.com/rinda0818/status/313470423721467904
月刊イオに記事を書くこと、すごく嬉しかった。日本でサーチナやガジェット通信、韓国のJPニュースでも連載があり、去年は共和国のニュースも翻訳してたんだけど、格別。自分の中で日本と韓国と共和国と、全部がしっかり繋がっていくみたい。特集はそうそうたる人が並んでいるので、めちゃ恐縮。


だがこの女はイオに登場して日本のヘイトクライムや排外主義を語るに相応しい人間なのだろうか。この女は自身のツイッターでこんな事も言っている。

https://twitter.com/rinda0818/status/314202112336752640
@oscarexpress なんというか、その感覚って分かるし大切にしなきゃと思う。おいらも「しばき隊」って名前がすんごい気になって、んで行ってみたし。何ひっかける釘みたい。

在特会をわざとらしく批判する事で自分らだけはクリーンな正義の味方ぶっている、例の反原連系日の丸集団を絶賛している。あんな偽善者どもの本性も見抜けないような水準の人間なのだ。
さらに決定的なのは以下だろう。

https://twitter.com/rinda0818/status/312151257601155073
ジャーナリストの石丸次郎さんからお話を頂いて、ラジオ・フォーラムでレポーターをする事になった。初収録が無事終了、緊張したけど楽しかった。今回は橋下大阪市長にインタビュー、放送は23日。

李信恵という女はあの石丸次郎から仕事をもらって喜んでいる。石丸次郎がどういう人間かについては、筆者がすでに何度も指摘した通りだ。総連に対する誹謗中傷や北朝鮮関連でのデタラメ報道をさんざん繰り返しては北朝鮮に対する憎悪や在日への偏見を煽りたてる活動を繰り返し、無償化問題でも「無償化適用されたければ、朝鮮学校は教育内容を改めて北朝鮮や総連と関係を切れ(これは橋下徹と全く同じ主張)」と主張し、朝鮮学校が無償化から除外されているのは北朝鮮や総連が一番悪いかのように言いふらしている。筆者にとってもそうだが、総連にとっても石丸とアジアプレスは不倶戴天の敵ではないか。それとベタベタな関係の人間を起用するのは、いくら何でもまず過ぎる。
さらにアジアプレスがプロデュースしている例の「脱北者操り人形アイドル」リ・ハナまでも応援しているありさまだ。リ・ハナの嘘(正確にはリ・ハナを背後で操っている人間の嘘と言うべきか)も見抜けないような間抜けが在日の新進気鋭女性ライターとして売り出しているのは、あまりに酷過ぎる。

https://twitter.com/HanaLee090/status/293226397474906112
@rinda0818 本当にありがとうございます。お暇があるときに、気楽に読んでくださるとありがたいです。ご感想や厳しいお叱り、大歓迎です(*^^*)
@HanaLee090 届くのが楽しみ!本になると、ブログとはまた違うよね。なんていうのかな、ハナちゃんの今まで経験してきたことの重みみたいなものを、何十分の一でも自分の手で感じたいなあと思う。叱られるのは、いい年してちゃらんぽらんで酔っ払ってばかりのおいらの方!

李信恵という女の愚かさというか卑劣さが一番表れているのは以下のツイッターだろう。

https://twitter.com/rinda0818/status/314534549340188672
ヘイトスピーチ、韓国・共和国や在日への差別の肯定のために自身の発言が利用されることがなければ「本国の道理に合わない行為」をなんぼでも批判します。で、おいらが生まれて生活している母国は日本。それだけ切実で身近な問題として、日本社会の問題を考えているんですよ。

「ヘイトスピーチ、韓国・共和国や在日への差別の肯定のために」北朝鮮を攻撃している最たる日本人が石丸次郎ではないか。そういう人間とホイホイ手を結ぶなど、どれだけ馬鹿なのかという話だ。自分の民族差別の本音をごまかす為に石丸は従軍慰安婦問題で同情的な仕草だけはする。完全なアリバイ作りなのだ。自分だって右翼で民族差別主義者のくせに、在特会だけをわざとらしく攻撃していい子ぶっている野間易通らレイシストしばき隊と全く同じである。李信恵が石丸やしばき隊を熱心に支持している理由は明白だろう。その手の日本人と組む事で、仕事をもらったり自分を売り出す足がかりにしたいだけだ。石丸らにとっても李信恵のような在日は利用し甲斐がある(とりわけ女性なのが連中にとってポイント高い)ので「歓迎」する。両者はものの見事に共犯関係なのだ。李信恵が狙っているのはその手の日本人の力を借りて、「姉御筋」にあたる辛淑玉や梁英姫のように「売れる」ようになりたいという事なのだろう。そうでなければアジアプレスの石丸次郎に接近したりはしない。今はまだ手控えているが、時期を見て李信恵も辛・梁の姉御分二人と同じように激烈な北朝鮮・総連攻撃を始めるのは確定事項だろう。逆に言えば「差別の肯定のために自身の発言が利用」されてなどいないと言い訳さえすれば、いくらでも共和国への批判や攻撃は出来るという事でもあるのだから。

イオがこういう人間を起用するのはいくら何でもまずいだろう。どういう基準でこんな人間に書かせたのか知らないが、今のような情勢だからこそもう少し人を選ばねばならない。こういう獅子身中の虫と言うかトロイの木馬と言うか、タチの悪い在日の不良分子に発表の場を与える事で、無償化問題はじめとする在日の人権問題や同胞社会にどれだけ悪影響を及ぼすか知れたものではないからだ。
今後は注意していただきたいと思う。


【その2】 
以前に在日の女性ライターである李信恵の軽佻浮薄さと胡散臭さと勘違いぶりについて指摘したが、案の定この女はツイッターでまた馬鹿な事をやりだした。

http://togetter.com/li/491806
あなたがネトウヨにならなかった理由を教えて下さい。

いかにもある種の日本人に媚びまくった阿附追従のかたまりみたいな質問ではないか。いかにも「あなたはネトウヨなんかじゃありませんよ。在特会なんかとは違いますよ。安心して下さい」と言って、その手の日本人の歪んだプライドをくすぐって媚びへつらう下心が透けて見える。この「質問」は李信恵による日本人への露骨なゴマ擦りだ。それ以上のものではない。例えば石丸次郎や野間易通のように在特会だけを悪者にして自分の差別主義者としての本性をカムフラージュし、まるで正義の味方のように装いたがるタイプの日本人にとって、李信恵のような在日にこういう事を言われるのは大変気持ちが良い好都合な事なのだ。李信恵はそういう「日本人への媚び方」を熟知し、その手の日本人と共犯関係を結ぶ事で名を売ろうとしている。しかしながら、そのせいで他の同胞や同胞社会にどれだけ迷惑がかかるかを一切考えない。李信恵のような人間は他の在日にとって迷惑千万な存在である。
本人はツイッターでネット右翼と喧嘩してるのを勲章のようにひけらかしているが、そんなものは本人の「営業活動」の範囲内でしかなく、在日への差別を撤廃させる運動や闘争に何の足しにもなりはしない。むしろネット右翼や在特会を助長させる為の「餌」を撒く結果にしかなっていないのだから。

筆者が予想した以上にこの女の「梁英姫・辛淑玉化現象」は早く進んでいるようだ。梁・辛の二人のオンニ(언니 朝鮮語で女性からの「姉さん」の呼称)同様、李信恵が石丸次郎相手に北朝鮮の悪口対談を週刊金曜日誌上かアジアプレスのホームページでこれ見よがしに行なう日はそう遠くないのではないか。

フィフィはネット右翼や在特会に媚び、李信恵はアジアプレスやレイシストしばき隊に媚びる。
「主な顧客」は正反対だが、ある種のタチ悪い日本人層に媚びへつらって喜ばせる「営業」をしているという点では、今をときめくフィフィと同じである。李信恵(に加えて梁英姫・辛淑玉らも同様)というのは、いわば「左のフィフィ」なのだ。

安世鴻の本性 その1

従具慰安婦の写真を撮り続けてきたという例の安世鴻について、筆者は今まで疑いの目を向けてきた。前にも指摘したように、従軍慰安婦という日帝の犯罪行為とその被害者を写真に撮って訴えるのは良いが、それがどうしてアジアプレスと手を組む必要があるのかという事なのだ。アジアプレスは今まで北朝鮮報道でひどい嘘や捏造・歪曲を数え切れないほど繰り返して来た所であり、その一番新しい例が「北朝鮮は飢饉で人肉食ってる」「北朝鮮では麻薬が蔓延している」というネタだという事も筆者はすでに指摘した。こんな捏造屋と手を組んでいたら従軍慰安婦も右翼どもの言うように捏造扱いされかねないという事が分からないのか。中でも同社大阪支社代表の石丸次郎は北朝鮮に対する植民地支配の賠償は必要ないと主張している上に、朝鮮高校が無償化除外されているのはあたかも総連と北朝鮮に非があるかのような発言を繰り返して来た。これは橋下徹とほとんど変わらない内容の主張であり、石丸は事実上無償化除外に賛成していて民族教育を潰したいというのが本音なのだ。こんなひどい人間が共同代表を務め、北朝鮮関連報道で捏造を繰り返すアジアプレスが、会社ぐるみで民族差別と在日朝鮮人への抑圧を肯定・推進している所だというのは火を見るより明らかだろう。そんなとこと組んで、従軍慰安婦写真集の出版や展示会をする? 安世鴻は正気なのか? 安がアジアプレスと組んでああいう活動をするという事は、要するにアジアプレスのそうした民族差別を助長させてきた悪行や会社の本音を誤魔化す手助けにしかならないのだ。「うちは安世鴻の従軍慰安婦写真の出版や展示会をバックアップしてやってるんだぞう。だからうちは(今までさんざん捏造・差別助長報道してきたけど)全然差別主義者じゃないんだぞう」というアリバイを与える役目を安は積極的に果たしているのである。北朝鮮にも従軍慰安婦被害者はたくさんいるというのに、それへの賠償を否定する「報道機関」と組むとは…。そういや安は中国や韓国の従軍慰安婦の所へは足繁く通って、自分のツイッターでもその事をしょっちゅうつぶやいてるけど、北朝鮮の従軍慰安婦の所へ取材に行ってる所を、筆者の知ってる範囲では見た事がない。勘違いか気のせいならば良いのだが、まさか…。

さらに疑惑を深めているのは、安世鴻の逃げ腰・及び腰な態度だろう。「私はあくまでも写真家であり、政治的立場や活動として自分の写真を発表してきたことはない。あのハルモニたちが70余年もの間、苦しみを解くことができずに幾重にも重なった胸の奥深く固まった恨(ハン)を、私が撮影した写真で、多くの人たちに知ってほしかっただけだ」というように、飽くまでも自分の写真は「政治的」ではないと必死に言い訳している。これは完全な「逃げ」でしかなく、こんな態度では加害者である日本国家の責任を問う事はとても出来ない。従軍慰安婦のような日帝の植民地支配問題は政治的な問題そのものであり、だからこそ日本の国家犯罪として突き付ける事が出来るのだ。安のこの発言を見ていると、この男は最初から従軍慰安婦被害者を写真に撮って商売する事しか考えていないのではとすら思えてくる。

安世鴻は本当に従軍慰安婦問題を追及する気があるのか。アジアプレスのような捏造報道・民族差別主義者集団と手を組むというのは、お互い「共犯関係の商売」(戦後日韓政府の癒着・共犯関係のような)を確信犯でしているに過ぎないのではないか。というのが、筆者が安に対して抱いてきた疑いなのだ。

そうした疑問がここへ来て一気に解けた。と言うのも、安自身が結局は自らボロを出してくれたからである。
安世鴻という男の本性は果たして何なのか。この男は一体何の為に従軍慰安婦問題に関わっているのか。それをこれから解き明かして行きたい。

安世鴻という男の本性を知る上で、まずは必ず知っておかねばならない重要な関連人物がいる。石丸次郎らアジアプレス関係者も安にとっては重要な商売上の関係者だろうが、安自身の思想というか「従軍慰安婦観・日帝植民地支配に対する歴史観」を知るには何よりもこの人間に聞くのが一番だ。その「重要な関連人物」に名前を尋ねれば、韓国の世宗大学校日本文学科教授である朴裕河と答えた…。
(この項続く)

【予告編】やっぱり安世鴻は偽者だった!

詳しい記事は後で載せるが、例の従軍慰安婦写真展中止の件で有名な安世鴻について、これは非常に問題人物だという事がはっきりした。安のツイッターを見ていてとんでもない事を言っているのを見つけてしまったのである。今や安世鴻は従軍慰安婦問題のヒーローのように一部では思われているようだが、それは大変危険で問題だ。従軍慰安婦問題含めて日帝の犯罪行為を追及する立場の者にとって安世鴻とはまさにトロイの木馬・獅子身中の虫であり、最大級の警戒をすべきだという事は警告しておきたい。

今書いている最中だが、とりあえず安世鴻の問題について記事を近々発表するという事をこの場で先に予告しておく。この男の言動には皆様方も十分に注意して警戒していただきたい。従軍慰安婦問題の解決を願ってやった行動が、全く逆に解決を妨げる結果になりかねないという事だ。あたかも、日本の民族差別やレイシズムに反対しようとして「しばき隊」や「仲良くしようぜ運動」に加担してしまう喜劇のように…。



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