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【再掲記事】金明秀という男について

以下の記事は某言論封殺魔の圧力で閉鎖された旧ブログに2012年1月10日に載せた、金明秀批判である。金明秀という男は一見在日同胞の人権などを擁護する振りしておきながら、結論として悪質な日本人(野間易通その他)に媚びるという、どこからどう見ても辛淑玉や梁英姫らと同じ系統の現代版親日派というのが明らかだ(なのに親日派扱いされると腹を立てるハンパなとこが笑える)。同胞を食い物にするのをシノギにしているどうしようもない奴で、最近の「東京大行進」のような在特会絡みの社会現象が目立つようになってからは、その傾向がますます酷くなっている。この男のツイッターなど見ていると信じ難い暴言や妄言が連発されており、それをいわゆる「反ヘイトスピーチ運動」界隈の人間達(日本人・在日問わず)が悪用している現状を考え、過去の消された批判記事を再掲する事にした。
この男は在日朝鮮人が歩んで来た苦難と闘争の歴史を軽んじて冒涜し、「反日的」な同胞を「共和国ナショナリズム」と切り捨てる。まさに日本の国家体制が朝鮮人に一貫して押し付けてきた同化圧力そのものだ。2002年の小泉訪朝以後、さらに北朝鮮の悪魔化と在日への差別・抑圧政策が悪化した日本で、抵抗する在日を「共和国ナショナリズム」と罵倒し、一方で「朝鮮学校は日本の役に立っている」として、日本という「お国」の役に立つ事がこれからの朝鮮人の生きる道であるかのように説く金明秀という男。この男の本質は日帝時代の親日派と何ら変わる所はない。独立運動を検挙する為にスパイとして送り込まれた密偵にこういう人間がたくさんいたものだ。くれぐれも騙されないように、という事は同胞の皆に警告しておきたい。一方で金明秀を支持したり応援したりしている連中をたどって行けば、同胞社会に害をなすロクデナシ(日本人・在日問わず)どもが芋づる式に色分け出来るので、そういう意味では「便利」な存在ではあろうが…。


・金明秀という男について(初出2012.01.10 筆者の旧ブログ記事)

関西学院大学教授の金明秀という男は在日の参政権問題や民族差別問題で色々と発言を行い、宮台真司の歴史的無知を曝け出した妄言を批判したりしたのは、まあ良いと思う。が、金明秀のこれまでの発言には今一つ民族としての緊迫感というか切迫感というものがあまり感じられず、どれも机上の空論的という印象を筆者は拭い切れなかった。在日でありながら、日本社会が自分達に加えている民族差別や抑圧政策といったものを自分の体で感じていないよそよそしさというか、脳天気さというか…。とにかく訳分んない奴だと、筆者はこれまで思って来た。
大した著書がある訳でもない有象無象の小物学者なので問題にする必要もなかったのだが、さすがに人権協会の発行物にこのような発言が載った事は見過ごせない。

http://han.org/blog/2011/07/post-154.html
リスク社会における新たな運動課題としての《朝鮮学校無償化除外》問題

この記事の問題点については「日朝国交「正常化」と植民地支配責任」のブログが重要な点をおおむね批判しておられるので、筆者が付け加える事はあまりない。ただ、この発言とその問題点のおかげで、金明秀について筆者がこれまで抱いていた曖昧な印象が晴れた気がした。要するに金明秀という男は「卑屈な人間」という事である。朝鮮学校の無償化を勝ち取るにあたって「「平等」や「人権」といった近代の市民的規範によって抵抗することはもはやむずかし」いから「あなたたちの役に立っているのでいじめないでください」と日本社会に「哀願」せよというのだから。金明秀の言わんとする事はまさに、同胞達にアンクル・トムになれと呼びかけているに等しい。日本人にペコペコする朝鮮人・韓国人になれと、どう考えてもそのようにしか解釈出来ないではないか。逆だろう。日帝時代の清算もしていない日本こそこちらに頭下げろや、と主張すべきなのである。
そもそも、在日は「日本社会の役に立つ」事を目的に「生かされて」いるのではない。日帝植民地時代に強制連行や生活苦の為にやむなく日本に来た我々がどうして「日本社会の役に立つ」事を目的に生きねばならないのか。「日本社会の役に立つ」事などというのは、在日が生活していくうちにいわば「副産物」としてもたらされるものに過ぎず、それを我々の「基本的人権」と引き換えにするなどとんでもない話だ。

金明秀はよくネット右翼から攻撃されているし、自身も片山さつきのような極右政治家を度々批判している。だが金明秀の言い草では、ネット右翼や片山さつきのような完全に頭の狂った差別主義者(狂い過ぎているので実際にはその影響力にも限度がある)は一応批判出来ても、より巧妙で悪質な差別主義者や抑圧者に対する反撃・反論にはとてもならないだろう。「日本社会の役に立つ」「理想的な隣人」論というのは、外国人を安い使い捨ての労働者として扱いたがっている経団連のような組織にとってはむしろ望む所だからだ。例えば坂中英徳(脱北者帰国運動)のような男はそうした経団連的移民論の宣伝役みたいな人間だが、金明秀の言い草はこれと極めてナイスマッチで親和性が高いのである。坂中と金明秀のいずれも「反日」としてネット右翼から叩かれている点が共通している事に注目されたい。ネット右翼に攻撃されているからといって、必ずしもその人物とその言動が在日の基本的人権や利益に合致するとは限らない好例である。

それに「自営業のノウハウと知識と人脈を持ち、ベンチャー起業のリスクを果敢にとりにいける人材を、朝鮮学校は大量供給しているともいえる。国家の庇護に頼らない自由で不羈の企業人を朝鮮学校は輩出してきたとも表現しうる」という「在日は大企業に就職出来なかったから自分で事業を起こして優れた企業人を輩出した論」は辺真一の言う「強者としての在日」そのものだ。そうした歪んだ民族的優越感が在特会に言質を与えたという事に全く気付いてない。こうした点から分るのは、金明秀は辺真一の劣化コピーでもあったという事だ。

朝鮮学校無償化を適用させたければ日本人にペコペコしろという言い草、似たようなセリフは日帝時代の親日派どもも当時しきりに言ったものである。「内鮮一体、朝鮮人は天皇陛下の恩義に報いるべく忠良なる皇国臣民としてその命を帝国に捧げるべし」という民族の裏切り者達の扇動でどれだけ多くの朝鮮人が抑圧され、戦争に駆り出されて侵略戦争に加担させられた事か。金明秀の「朝鮮学校は日本の国益につながっている」という発言を見た時、筆者はかつての親日派が朝鮮人の若者を学徒動員する為にやった扇動を連想して寒気がした。今はまさに、日本が自衛隊PKO海外派兵を乱発し、韓国・アメリカと共に対北朝鮮戦共同軍事訓練という軍事挑発行動(延坪島事件の原因になったやつね。どう見ても憲法9条違反ではないのか)を堂々と行い、武器輸出3原則を事実上無原則化した現状においてである。これら日本の軍事行動もまた俗に「日本の国益」の為と言われるではないか。朝鮮学校にこうした「日本の国益」に奉仕せよと? 金明秀は自分が何を言っているのかも、かつての親日派の言い草と自分のそれがほとんどダブっている事も分かっていないのではないか。日頃在日の人権や日本社会における民族差別問題をしたり顔で語っているくせに、こういう重い歴史を何一つ知らない。筆者がこの男に抱いていた、差別や人権抑圧を自分の体(はおろか、実際には頭・知識でも)で分かっていないという印象はやはり正しかったようだ。いや、実際にはもっとひどかった訳だが…。

最後に日帝植民地時代の親日派が行った典型的な親日扇動発言を実例として挙げておくので、金明秀の現在の発言と比較されたい。当時日帝の手先になって植民地統治や日本の侵略戦争に協力した連中はこういう事を言っていたのである。これは盧基南(로기남 1902-1984)という韓国天主教会(カトリック)大司教の発言だ(ただし韓国では日本と違ってこの宗教的役職をカトリック・プロテスタントのいずれも「主教」と呼ぶ。ここでは日本式に分かり易く「司教」とする)。盧基南は韓国カトリックの大物神父として布教や教勢拡大に大きな貢献を果たし「盧基南なしには韓国のカトリックはあり得ない」とまで言われたほどである。が、しかし…盧基南は当時日帝の植民地統治に多大な協力をした親日派としても知られ、創氏改名・神社参拝・皇民化教育・学徒動員・戦費募金活動・軍需用金属拠出運動・戦闘機献納運動などに天主教会を挙げて協力させた。また、大戦末期には朝鮮戦時宗教報国会という朝鮮総督府の御用団体に代表委員として就任してもいる。2008年に韓国の民族問題研究所が発表した親日人名事典収録者名簿には、カトリック界の親日派代表7人の筆頭格として記載された。盧基南は当時の創氏改名では「岡本鐵治(おかもと・かねはる)」という日本名を名乗っている。
この盧基南大司教(当時京城教区長)が教団機関紙に書いた文章は以下の通り。筆者は盧基南はじめとする当時の朝鮮宗教界の親日アジビラを読んだり翻訳すると血圧が上がるのを禁じ得ないが、読者達もこれを読んで絶対に興奮は禁物である(笑)。

大詔奉戴と教区長就任に際して

国家非常時局にあたって上より恐れ多くも大詔まで奉じる事となったこの時、無功無徳なる不肖の身が敢えて京城教区長兼平壤・春川両教区管理者に就任する事を恐縮してやまぬが、計り知れぬ天主の深奥なる按配にただ服従して我が一身を犠牲にすると同時に、あらゆる聖職者達と教兄姉妹達が一致協力して我を助けてくれる事を信じて疑わぬ。
熱心なる信者が忠良なる国民であるという事は本職がすでに以前より深く感じてきた所であり、今や国家が大東亜戦局に突入し、恐れ多くも大詔を奉じてわずか一月余りのうちに天主より本教区の牧杖(司教杖)をパリ外邦伝教会より不詳の手に移された事を考えれば、現今国家と教会の時局において天主の神々しき意は何であり、本職に付与された責任が何かは自ずと明らかとなる所だ。そしてその責任はあらゆる聖職者達に分担され、またあらゆる教兄姉妹達にも分担されるであろう事は言うまでもない。
我らは国難を突破せねばならない。我らは今や我が手で我が教会を維持し、維持するばかりか発展させねばならない。この為に我らは何よりも熱心なるカトリック者となり、忠良なる皇国臣民とならねばならない。多くの熱心なる信者と忠良なる国民は自己の責任遂行に心血を注ぎ、その責任が重大なものであれば己の生命までも惜しむ事なく犠牲にする。現今国家の時局はそのような国民を要求し、現今国家の情勢はこのような信者を要求する。我ら全員が熱心なるカトリック者として、国家に対する責任にこのような態度で挑めば、これよりさらに良き宗教報国はあり得ぬ。我ら全員が誠に教会維持と発展に臨めば克服出来ぬ困難はあろうはずもない。
上に述べた二つの大いなる責任を実行するにおいて、本職はとりたてて新たな実践事項を指示する事はない。ただ無言服従と一致協力、この二つを極力勧奨するのみにて、これは実に悠久なる皇国2600余年の歴史が歩み、カトリック約2000年の年輪を統一させる偉大なる原理だ。国家の時局を突破すべく行政当局より指示する所は絶対に信頼し、無言服従せよ。誰よりも当局が、前後情勢とそれに対して国民が歩むべき道を最も良く知るが故に、例え若干難しく不便であろうとも、公然たる批判や恨嘆をせず一致協力して無言服従せよ。そうしてあらゆる信者は模範国民となり、あらゆる教友村達は模範部落たれ。教会の維持と発展に対しても教会長上を信頼し、その指示する所に無言服従・一致協力すべきであり、教会長上を使徒・聖ピエトロと看做して服従し、互いに一つの心・意志にて堅固に結合して行く事はキリストの真の弟子となる確実な表号である。
最後にパリ外邦伝教会と特に元司教(元亨根 ウォン・ヒョングン 当時朝鮮に布教に来ていたフランス人司教ラリボ(Larribeau)の朝鮮名 訳注)より賜った恩恵に感謝してやまず、再び目を上げて天に向かい、我が半島天主教会の守護(主保)たる無原罪懐胎(無染始胎)聖母マリアと我が福者達と殉教した先祖達の加護を祈ってやまない。

昭和17年 天主降誕1942年1月18日 京城教区教区長
平壤春川教区管理者 パウロ岡本鐵治

訳 ZED
「京郷雑誌」943号 1942年2月号より

読んでお分かりの通り、盧基南は信徒達に「忠良なる皇国臣民」として国家に「無言服従」で「宗教報国」せよ、とアジっているのである。金明秀の「日本社会の役に立つ」「朝鮮学校は日本の国益につながっている」発言と何と見事に一致する事か!

韓国において「高木正雄(朴正熙の創氏改名時の名前)」は後に大統領となり、「岡本鐵治」は後に大司教となった。金明秀は後に何になるつもりなのか。

なお、韓国の民族問題研究所と親日人名事典編纂委員会は「親日派」の概念を「日本帝国主義の国権侵奪・植民地統治・侵略戦争に積極加担する事で、我が民族または他民族に身体的・物理的・精神的被害を与えた者」としている。「我が民族」だけではなく「他民族」にも害を与えた者としている点がポイントだ。日本の侵略戦争に加担して他国に危害を加えた者も「親日派」と規定している。これが後の韓国ベトナム戦争参戦や、国連事務総長・潘基文の下でPKO派兵が繰り返されている現状に対して問い掛ける部分は大きいだろう。
日本の右翼や軍事優先主義者達がこぞって親日人名事典を攻撃して来たのは、これが韓国内の民族反逆者を裁くだけでなく、まさに自分達日本の犯罪と恥部を明らかにする行為でもあったからだ。

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