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やなせたかしの「正義」とは功成り名遂げた金持ちの正義

やなせたかしが94歳で死んだそうだ。これは長生きし過ぎたと言って良いだろう。実際、筆者の目にやなせたかしはひどい老害作家にしか思えなかった。西原理恵子などのゴマすり取り巻きを相手に偉そうな「訓示」を垂れている姿ほど醜いものはなかったろう。この老人がエロ漫画を度々攻撃して漫画の表現規制に利するような事をしていたのは、生前の「罪」としてはっきり記憶しておかねばならない。やなせの言動には「国民的童話作家である俺様はエライ」という臭みが常に漂っており、そうした意識が「低俗なエロ漫画」への卑下や攻撃につながっていたのだと思う。

やなせのエラソーな態度がにじみ出た典型例が以下のインタビュー記事だ。

http://www.news-postseven.com/archives/20110503_18844.html
やなせたかし氏 日本人の正義とは困った人にパン差し出すこと

「つまり、正義を行う人は自分が傷つくことも覚悟しなくてはいけない。今で喩えると、原発事故に防護服を着て立ち向かっている人々がいます。自分たちが被爆する恐れがあるのに、事故をなんとかしなくてはという想いで放射能が満ちた施設に向かっていく。あれをもって、「正義」というのです」

この記事には他にいくつも突込み所があるが、一々指摘してたらキリがないので上記発言にしぼって論じる。現実問題として今の福島原発事故処理作業員というのは、大部分が仕事がなくてやむを得ずヤクザの手配師に連れてこられたような人々だ。そこにあるのは困窮した社会の最底辺で苦労する人々が、国や電力会社やヤクザに追い打ち掛けられるように搾取されて使い捨てにされている光景だけである。あそこの作業員達が被爆しているのは食っていく為に嫌々そうせざるを得ないからで、「事故をなんとかしなくてはという想いの『正義』」などではない。食って生きるのに十分な人間が、どうしてあんなこの世の地獄へ行くものか! やなせたかしの作品世界(「世界観」にあらず)に当てはめて言うならば、福島原発でヤクザにピンハネされて低賃金で働く被爆作業員達というのは、アンパンマンに助けてもらわねばならない弱者の立場である。それを「ヒーロー」にすり替える辺りに、やなせたかしのどうしようもない思い上がりというか強者の醜悪な優越感がにじみ出ていると思う。インタビューでやなせは次のようにはっきり言っているではないか。

それに正義って、普通の人が行うものなんです。政治家みたいな偉い人や強い人だけが行うものではない。普通の人が目の前で溺れる子どもを見て思わず助けるために河に飛び込んでしまうような行為をいうのです。ただし普通の人なので、助けに行って自分が代わりに溺れ死んでしまうかも知れない。それでも助けざるを得ない。

これまた実にありがたいやなせたかし先生の「ヒーロー理論」だ。これを福島原発事故現場に当てはめると以下のようになるだろう。

政治家みたいな偉い人や強い人が行くものではない。普通の人が目の前で事故を起こしている原発を見て思わず作業現場に飛び込んでしまうような行為をいうのです。ただし普通の人なので、助けに行って自分が放射能で死んでしまうかも知れない。それでも行かざるを得ない。

やなせはあたかも「普通の人」達にあの危険な現場へ行って働けと言っているようにしか聞こえない。それでも「普通の人」達は「正義」の為に福島事故現場で働かざるを得ない、と。この理屈は1945年以前の日本人が嫌というほど叩き込まれた話だという事を我々はよく知っている。若者を神風特攻隊へ送り込む時の理屈に何とそっくりなのかと思う。戦前の日本も「政治家みたいな偉い人や強い人」とその子弟達は戦争に行かなくて良かったが、「普通の人」達は「おまえ達はお国の為に戦う英雄(英霊)になるんだ」と言われて戦場に駆り立てられて犬死した。現在でも福島原発事故に責任のある「政治家みたいな偉い人や強い人」の子弟は誰一人現場作業員として働いていないが…。
噂だが、福島原発の現場はあまりに過酷で、最近は働きたがる者も減ってきていると聞く。あまり想像したくはないが、このまま行けば将来福島の現場で働く者を強制的に狩り出す制度が出来てもおかしくはない。もちろんそうなれば、真っ先に狙われるのは社会的弱者である。やなせたかしが生前言った事は、そうした事を正当化する為に最大限利用されるだろう。「現代版カミカゼ」を正当化・奨励する為に。
原発作業員とは本来ならばヒーローに助けてもらわねばならないような弱い立場なのだ。だが、彼らを救いに来るヒーローなど現実には決して存在しない。

やなせたかしの人を見下した「功成り名遂げた金持ちの正義」は、結局のところ自身の戦争体験に起源があるのだろう。やなせも若い頃に徴兵されて中国へ行った事は広く知られている。しかし問題は、戦後に大日本帝国とあの戦争をどう受け止めたかである。上記記事ではあの戦争に対するやなせの感想を次のように書いていた。

やなせ:「アンパンマン」を創作する際の僕の強い動機が、「正義とはなにか」ということです。正義とは実は簡単なことなのです。困っている人を助けること。ひもじい思いをしている人に、パンの一切れを差し出す行為を「正義」と呼ぶのです。なにも相手の国にミサイルを撃ち込んだり、国家を転覆させようと大きなことを企てる必要はありません。アメリカにはアメリカの“正義”があり、フセインにはフセインの“正義”がある。アラブにも、イスラエルにもお互いの“正義”がある。つまりこれらの“正義”は立場によって変わる。でも困っている人、飢えている人に食べ物を差し出す行為は、立場が変わっても国が違っても「正しいこと」には変わりません。絶対的な正義なのです。

やなせ氏は第二次世界大戦では砲兵として中国に駐留していた。大東亜共栄圏の美名のもと「正義の闘い」だと信じていたものが、戦後、侵略戦争だと知った。「天皇陛下万歳」と叫んでいた者たちが「民主主義」に走り去っていく姿も見た。全ての正義が相対化されていくなかで、絶対的な正義とは何か考えていって、突き当たったのが飢えに苦しんだ兵隊時代の記憶だった。そこから「自分を食べさせて人を救う」ヒーローが生まれた。


後段部分はインタビュアーである記者の叙述であり、そこでやなせは日本の戦争が侵略であった事を戦後に知ったとなっている。なるほど、やなせもあの戦争が侵略戦争であった事自体は一応認めている訳だ。だがやなせたかしという男の「正義」に対する考えとは一貫して「相対化」だった。「アメリカにはアメリカの“正義”があり、フセインにはフセインの“正義”がある。アラブにも、イスラエルにもお互いの“正義”がある」ならば大日本帝国と天皇にも“正義”がある、という話にしかならないではないか。あれだけひどい侵略戦争と植民地支配を行なった日帝と天皇もまた「正義」で片付けるやなせたかしの言い草こそ、日帝の犠牲者に対する酷い冒涜であり、筆者のような在日朝鮮人すなわち日帝被害者の末裔には絶対に許し難い。「でも困っている人、飢えている人に食べ物を差し出す行為は、立場が変わっても国が違っても「正しいこと」には変わりません。絶対的な正義なのです」というならば、よその国を侵略して植民地にしたり、その為に自国の社会的底辺の人々をも兵隊に狩り出して犬死・特攻させる事はどうなのか。それこそ「立場が変わっても国が違っても「悪いこと」には変わりません。絶対的な悪」ではないのか。だが、やなせたかしはそれを決して「絶対的な悪」とは言わずに、「正義の相対化」で逃げた。歴史を直視出来ない臆病者だったのである。やなせは典型的な「戦後社会の日本人」という言い方も出来るかもしれない。

やなせたかしと一番良い比較対象は俳優の天本英世だろう。天本もまた若い頃戦争に取られた身だったが、そこで体験して感じた事はやなせとは全く正反対だった。

http://www.mammo.tv/interview/archives/no007.html
なんのために生きているのか?とたずねられたら、なんと答えますか?

自分が生まれ、一生の間にしたいことをする。それだけだ。だからスペインに住みたいとは思っています。とにかく日本人には哲学がないんだ。なんのために生きるか。生きているとは何か。教師も何を教えていいかわからない。
文部省も僕らが小さい頃と同じだ。ばかばかしいことの再生産で、「君が代」を歌えなんて言っている。僕は日本のすべての俳優を引き連れて「君が代」反対のデモをやりたいくらいだ。「君が代」なんてバカの骨頂で、僕は全然天皇制なんて認めない。昭和天皇は戦争責任者の最たる者だった。
こういうことはテレビでしゃべっても全部カットされるんだ。そうしたことがあるかぎり、日本人はいつまでたっても精神的に自立できない。天皇や天皇制について議論さえしないんだよ、日本人は。


兵隊に取られて軍隊で酷い目に遭った天本は、戦後徹底して君が代や天皇を嫌うようになった。「昭和天皇は戦争責任者の最たる者」として日帝の悪をはっきりと認識したのである。間違っても天本は「“正義”は立場によって変わる」などと寝ぼけた事は言わなかった。

日帝と天皇を「絶対的な悪」と認識した天本英世と、「アメリカにはアメリカの“正義”があり、フセインにはフセインの“正義”がある。アラブにも、イスラエルにもお互いの“正義”がある。“正義”は立場によって変わる」などと言って日帝と天皇の戦争犯罪を明確な悪とみなそうとしなかったやなせたかしの差は大きい。

今日本は急激な右傾化・軍拡化が進んでおり、それに対する国民の警戒心を薄れさせる大衆娯楽作品が巷にあふれている。「ガルパン」だの「艦これ」だの「名探偵コナン」だのは典型例で、これらの中には実際に自衛隊が全面協力しているものも少なくない。もちろん「ガルパン」や「艦これ」は非常に問題だが、これらよりもはるかに大きな害毒を放ち続けたのは実はやなせたかしではないかと筆者は考える。どこまでもオタク層向けに過ぎないこんな作品達よりも、アンパンマンのやなせたかしの方が比較にならない影響力を誇るのは言うまでもなかろう。

やなせたかしが94歳で死に、世間ではこれの冥福を祈る声があふれている。だが筆者はこんな男の死に間違っても冥福など祈らない。やなせたかしという「水に落ちた犬」の偽善は今こそ徹底してぶっ叩くべきなのだ。このような男があたかも「子供達に夢と希望を与え、平和を祈り、大震災の被災者に勇気を与えた」という偽善の本質を撃つべきと思う。それをありがたがってきた者も深い自己省察が必要だ。

君が代を「裏声で歌へ」というのが相応しいならば、アンパンマンのマーチは「逆再生で歌へ」というのが死後のやなせたかしには相応しいと考える。


裏声で歌へ君が代。
逆再生で歌へアンパンマンのマーチ(笑)。

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