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古龍の七種武器シリーズと離別鉤

 古龍の後期代表作の中に七種武器と言うシリーズ作品があります。7つの武器にまつわる中編物語を連作したもので、それぞれの話は共通する作品世界と背景を持ちながらも独立したお話になっているので、必ずしも順番に読む必要はありません。これらは全て日本の商業出版媒体では現時点未訳の為、その内容はあまり広く知られていませんでした。
作品のリストを列挙すると(カッコ内は初出年月と主人公キャラの名前)
 
1 長生剣(1974.2 白玉京 袁紫霞)
2 孔雀翎(1974.2 高立 双双 秋鳳梧)
3 碧玉刀(1974.10 段玉 朱珠)
4 多情環(1974.10 蕭少英 郭玉娘)
5 覇王槍(1974.10-1975.3 丁喜 王盛蘭)
6 離別鉤(1978.6-1978.9 楊錚 呂素文)
 
の6作品となります。七種武器としながら作品が6本しかないのは、当初7つの話を書く予定だったのが結局6本までしか書かずにシリーズを打ち切ってしまうという、非常に古龍らしいいい加減な理由によると言われています。
このシリーズ全作品に共通しているのは、どれもある武器にまつわる話である事、青龍会という江湖最大の幇会(結社)がバックボーンに登場する事、物語の最後で「この物語の教訓はこれこれこういう人間心理や精神的作用の類であり、これにはどれほど強く恐ろしい武器も敵わない。したがって本書で語られた武器とは表題の物ではなく、こうした人間心理や精神的作用の類なのだ」というオチで締めくくられるという事でしょう(ただしオチに関しては離別鉤を除く)。
これらの作品のラストでは必ず「物語における真の武器」とも言うべき人間心理や精神的作用の類が語られます。例えば長生剣では「笑い」、孔雀翎では「信じる心」、碧玉刀では「誠実さ」、多情環では「復讐心」、覇王槍では「勇気」となっており、それらこそがこれら5作品における真の武器にして、物語全体に流れるテーマとして設定されていました。ではシリーズ事実上の最終作である6作目の離別鉤は?
先述の一覧を御覧になればお分かりの通り、七種武器のうち離別鉤と他の5作は発表年代が結構離れており、そのせいもあって作品自体の雰囲気もやや異なっています。離別鉤にもラストでそうした人間心理の類をオチに持って来てはいますが、かなり取って付けたような印象は拭えません。この作品の最後に語られるのは「驕者必敗」つまり驕れる者は必ず敗れるという事ですが、他の5作と違ってこれは作品全体を貫くテーマもしくは「真の武器」という扱いになっていません。多分著者の古龍は忘れた頃に七種武器の新作を書き始めたまでは良かったが、以前書いた時と大分時間が経過していて感覚が違ってしまい、前5作のような展開と結論に持って行けず、少しでも過去作に近付けるべく苦し紛れにラストで「驕者必敗」というオチを付ける結果になったのではないでしょうか。いや、作品自体はなかなか面白いのですが。ただ離別鉤がシリーズの最終作にして一番の異色作となったのは間違いないでしょう。
 
64230878.JPG離別鉤という作品の主人公は楊錚(左イラスト参照。これは香港の漫画に登場した楊錚と離別鉤)という蘇州の捕吏、つまり日本で言えば同心のような捕り方役人で、犯罪者の検挙率が高い腕利きにして賄賂などには見向きもしない謹厳実直な熱血漢です。が、楊錚は犯人を逮捕して拘束する術には長けていながらも武術・武功の心得がありません。いざ戦闘となった時は、死を恐れぬ捨て身の喧嘩殺法で相手をノックアウトして何度も死線を掻い潜ってきました。これは古龍作品の主人公にしてはかなり異色の成分でしょう。
彼には幼馴染の恋人がおり、その名は呂素文と言います。しかしながら貧しさの為に呂素文はある遊郭の娼婦となっていました。それに加えて、その遊郭とそこで営まれる売春業はお上に認められた「合法」なものであり、法の番人たる楊錚は「合法」なものは全て守らねばならない立場にあるというジレンマを抱えていたのです。それでも楊錚と呂素文の精神的な絆は決して途絶える事はありませんでした。
こうした背景を持つ主人公達がやがて本作の悪役と青龍会の巻き起こす巨大な事件・陰謀に巻き込まれ、楊錚の亡父と因縁のある剣の達人達が出現してその過去の因縁が甦り、楊錚はついに父の遺した武林でも最も恐るべき武器の一つとされる離別鉤を手にして…。といった展開で話が進んでいきます。
 
離別鉤とはどのような武器なのでしょうか。中国武術の武器で鉤というと、先の曲がった鳶口のような武器を指しますが、本作の離別鉤は形状的にはむしろ鎌に近いようです。ある刀鍛治が剣の完成直前で持病の発作を起こして形が歪んでしまい、剣でも刀でもない鉤状の異様な武器・離別鉤が生み出されました。それを注文した剣客・藍一塵は絶望してそれを物乞いの子供にやってしまうのですが、その子供はこの異様な鉤型武器を修練して、後に武林を震え上がらせる恐るべき武術を編み出す事になります。この子供の名は楊恨といい、離別鉤の使い手として恐れられるのですが、他ならぬ楊錚の父となる人物でもあったのです。
 
「私は鉤が武器の一種であり、十八般兵器の七番目に列するという事を知っているわ。離別鉤は?」
「離別鉤も武器の一種であり、また鉤でもある」
「それもどうせ鉤だというのに、なぜわざわざ離別鉤と呼ばなければならないの?」
「それは鉤だから、引っ掛けた物を何であれ離別させるからだ。その鉤が君の手を引っ掛ければ、その手は即座に腕と離別せねばならず、その鉤が君の脚部を引っ掛ければ、君の脚部は即座に足と離別せねばならない」
「もしその鉤が私の咽喉を引っ掛けたら、私はこの世と離別するのね?」
「そうだ」
「あなたはなぜそんな残酷な武器を使おうとするの?」
「俺は他人に強要されて愛する人と離別したくないからだ」
「私はあなたの意思が良く分かるわ」
「本当に良く分かるのか?」
「あなたが離別鉤を使うのは、ただ互いが引き離されたくないからなのね」
「そうだ」
 
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古龍武侠中期作品中的傑作「大人物」その9

「秦歌のように勇敢で多情な人はこの世に二人といない事でしょう」
急に田思思は立ち上がって田心の手をつかむ。「だから私は彼に嫁ぐのよ」
彼女の顔が赤く染まる。固く決心したように、興奮したその表情は実に美しかった。だが田心は「フハハ」と笑いをこぼした。
「今度は秦歌に嫁ぐのですか? 一体何人の所へお嫁に行かれるおつもりですか?」
彼女は指折り数えて言う。「最初は岳環山の所へ行くと言いましたし、次は柳風骨、そして今度は秦歌とは、一体誰のお嫁に行かれるおつもりですか?」
「一番いい人の所へ行くつもりよ」
田思思は瞳をキョロキョロさせて顔を赤らめた。「おまえの考えではその三人のうち一番いいと思う?」
田心は笑いながら答える。「私にも分かりません。全員偉大な大人物ですけれど、まだ一度も会った事がありませんから」
彼女はしばらく考えてから、やはり顔を赤らめて軽く言い放つ。「秦歌は確かに多情で勇敢ですが、柳風骨は天下で最も知恵のある人物です。どのような困難にあっても解決する方法を知っているので、誰もが心から彼に感服しています。あの方に嫁げれば決して無駄な人生にはならないと言えるでしょう」
「岳環山はどう? あの方は大した事ないの?」
田心は唇をじわじわと噛みながら言う。「あの方はいけません。あの方は年齢が旦那様と同じくらいだと聞きましたよ」
田思思もやはり唇を噛んで答えた。「歳がどうだというの? 人さえ良ければ七〇の老人であっても彼に嫁ぐわ」
田心は笑いを堪えて言う。「すでに妻がいましたら?」
「妻がいても関係ないわ。喜んで後妻になるわ」
田心はついに笑い出す。「三人とも等しく良い人物だったらどうします? 一度に三人へ嫁ぐ事は出来ないでしょう?」
田思思はまるでその言葉が聞こえなかったかのようにしばらく呆然と立っていたが、突然田心をつかんで囁く。「こっそり出て行って、男の服を何着か買って来てくれない?」
田心が動揺して尋ねる。「何と、お嬢様。男の服を何に使うのです?」
田思思は再び魂が抜けたように立っていたが、ようやく答えた。「梁山泊と祝英台の話、おまえも知ってるわね?」
「その本も私が持って来てお見せしたものじゃありませんか。当然知っています」田心が笑って答える。
「女が家を出る時は、男に化ければ他人から無視されないと聞いたわ」
田心は目を大きく見開く。「家を出るですって?」
田思思は頷いて唇を噛み締めた。「直接出向いてあの三人がどれほどのものか確かめてみるわ」
(この項続く)

古龍日本未訳武侠小説集第1弾「長生剣~七種武器系列之一」

cee4cd55.jpg以前から予告していた古龍の日本未訳武侠小説をようやくお届け出来る事になりました。今回発行しますのは1974年に発表された七種武器シリーズの第1作「長生剣」です(左の画像が表紙になります)。
当初は「九月鷹飛」を出す予定でしたが、この作品は結構長編で手間取ってしまい、急遽比較的短めな「長生剣」を先に訳して今年の夏コミで出そうと思いました。が、こちらも予想外に手間取って結局コミケには間に合わなかったのです。夏コミに遅れる事3週間近くになってしまいましたが、この度ようやく「長生剣」の翻訳が完了しました。
オフセット版が出る前にコピー誌版を小部数2.3日中に先行販売しますので、頒布方法については続報をお待ち下さい。
 
七種武器シリーズというのは7種類の武器にまつわる独立した中編連作のシリーズとして書かれたものです。ただし実際に書かれたのは6作で、当初構想していた7作を全て書く事なく6本で完結させてしまいました。その辺のいい加減さが古龍らしいと言えばらしいのですが…。
このシリーズは連作と言っても各話は独立したお話なので、他の編を読んでいなくても一応支障はありません。いくつかの人物や組織名などが共通した「同じ作品世界で起こった別の事件」を描いたものなので、他の編を読んでいた方がより興味深く読めはしますが。
本シリーズ第1作となる「長生剣」のあらすじは…
 
ある日、江湖で強大な勢力を有する幇会「青龍会」はある貴重な品物を競売に掛けるべく、各地の勢力家達を拠点の一つに招いた。江湖でも名の知られた組織の長や富豪達が一同に会していざ競売が始まろうとした時、その品物は忽然と消え失せてしまっていた。その品物は厳重な警備と恐ろしい罠が張り巡らされた地下牢に保管されていたのになぜ? 青龍会とその競売参加者達はある人物が品物を盗んだ犯人ではないかと目星を付ける。品物の保管されていた地下牢に張り巡らされた13ヶ所の罠を突破出来る者はこの世に7人といない。だが、この男は間違いなくその7人の中に入るだろう。その男は江湖を流れ渡り歩く放浪児にして、酒と女と風流を愛し、江湖でも最も恐れられた人斬りの剣・長生剣の持ち主。人は彼を白玉京と呼んだ…。
 
こんな感じで始まる物語ですが、良くも悪くも典型的な古龍節の武侠小説です。盗まれたある貴重な品物をめぐって凄惨な暗闘が繰り広げられるのですが、果たしてその先に待つものは? そして事件の真相とは? この物語が最後に与える教訓とは? それはお読みになってのお楽しみ。御期待下さい。
 

翻訳作業がようやく完了

大分遅くなってしまいましたが、前々から予告してたある古龍の日本未訳武侠小説の翻訳作業がやっと終わりました。最初は「九月鷹飛」の予定でしたがちょっと手間取ってしまったので、急遽別の短編を訳して出す事になりましたので御了承下さい。
今回翻訳しました作品は七種武器シリーズの第1弾「長生剣」です。
近日中に印刷して通販を開始しますので、詳しい予告などはまた後程改めて告知します。

古龍武侠中期作品中的傑作「大人物」 その8

「三年目にも行って一〇八刀を受けたからです。でも今度は虎五人に傷を負わせました」
「そんな人なのに江南七虎は恐れなかったの? なぜまた生かしておいたのかしら?」
「その時の彼らはまるで虎の背に乗ったようにどうしようもない状況だったからです。この事件が江湖に大きな波紋を投げ掛け、噂を聞いた人達が見物しようと虎丘山に押し寄せたからです」
「それで一〇八刀以内に秦歌を殺さねばならなかったのね。一〇八回斬り終えた後では、さらに攻撃しようがなかったから」
「その通りです。江南七虎のような者達が大勢の江湖者の見ている前で対面を汚すような真似は出来ないでしょう。そうなれば以前のような恐怖の対象とされなくなるでしょうから」
「それでも彼らのうち五人も怪我をしているのに、他の人達はどうしてそれに乗じて彼ら全員をやっつけてしまわなかったのかしら?」
田思思の問いに田心が答える。「それは秦歌が必死になって耐え抜き、またとてつもない苦痛を受けたという事を人々は皆知っていたからでしょう。皆、秦歌が功を立てて江南七虎を討つ事を願っていました。三二四刀を受ければそれ以上はなかったからです」
彼女の瞳にも光が射した。「そうして最後の一刀を受けた後、秦歌が依然として生きているのを見た人々は誰も彼もなく歓呼の声を上げました」
「それが最後の一刀だという事を七虎は知らなかったのかしら?」
「それは彼らも内心で数えていたでしょう。そして四年目には多くの助力者を求めて山に招いたのです。その為に他の人達も彼らに手を出せなかったでしょう」
「それで四年目はどうなったの?」
「四年目には七虎の助力者がさらに増えました。でも七虎の仲間達も秦歌には感嘆せざるを得ませんでした。それで戦いが始まった時に誰も七虎を助けなかったのです。秦歌が最後の一人を討ち取るや、歓呼の声が虎丘山に響き渡りました。一〇里外にも聞こえる程に」
田思思は香から立ち上る煙を呆然と眺めた。あたかも首に赤い手拭を巻いた黒衣の青年が煙の中からゆっくりと歩み出て人々の歓呼に笑顔で応える姿が見えるかのように。
田心が言う。「その時になって秦歌の顔に始めて笑みが浮かびました。自信に満ち溢れながらも苦痛じみた笑いでした。おそらく恋人が死んだ為にその栄光も目に入らなかったのでしょう」
彼女は軽く溜め息をついた。「その日から『鉄人』秦歌の名は江湖に広く知れ渡ったのです」
田思思も軽く息をついて言う。「本当に偉大なる大人物だわ」
(この項続く)
        
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