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【大予言(笑)】法政大学文化連盟の末路

https://twitter.com/hosei_bunren/status/473740269376921601
不当逮捕を許さない法政大学文化連盟
「器物損壊」取り下げたということは、「現行犯逮捕」ってなんだったの?単なる拉致じゃん。あらゆる意味で破綻してんな。北朝鮮大学・法政と「戦争させない1000人委員会」田中優子め。
1:17 - 2014年6月3日

法政大学が学生運動を弾圧している事は前々から聞いていた。が、当の学生達がこの程度の愚かで歴史に無知な差別主義者に過ぎないという事が判明した事から、連中の運動も先が見えたのではないか。大学当局の無法と弾圧を本当に批判するなら、次のように言わねばならないからである。

「日帝大学・法政」

だが、連中は決してこのようには言わなかった。それどころか「北朝鮮」よばわりである。これを聞いて一番喜ぶのは誰だろう。他ならぬ学長の田中優子(と、のりこえねっと仲間の鈴木邦男ら)達である。田中含む大学当局者達がこれを見たら、間違いなく次のようにほくそえむ事だろう。
「勝った!」と。
自国日本とその悪を撃てない馬鹿なセイガクどもなぞ、何万人集まった所で恐くも何ともない。しょせんこいつら大学当局はおろか、日本の国家体制にとっても本質的に何の危険性もない「小国民」なのだから。ましてや日本最大の「仮想敵国・北朝鮮」をここまで何の疑問もなく蔑視してくれるのだから、こいつらが将来お国の為に「戦争してくれる」つまり学徒兵予備軍に喜んでなってくれるであろう事は間違いないだろう。法政大学文化連盟は次のように改名する事を強くお勧めする。
「(北朝鮮と)戦争する1000人委員会」
「戦争させない1000人委員会」メンバーである田中優子学長は快哉を叫ぶに違いない。これで田中学長は弾圧をやめてくれるぜ(笑)!

要するに連中は、日の丸を振りかざして首相官邸前でデモやってる反原連と全く同じという事だ。日の丸ふりかざしてデモやったところで、当時首相だった野田や現首相である安倍には何の脅威にもなりはしない。それどころか、野田や安倍からすれば、連中の掲げた日の丸は降伏か帰順の白旗に見えた事だろう。法政大学文連の「北朝鮮」発言もまさに同じく、大学当局及び日本国家体制への帰順の証しに他ならない。自ら白旗掲げた事すら気付いてない馬鹿が法政大学文連という事だ。
早え話、おまえらは田中学長や大学当局にとって何の脅威にもなってない。それどころか、間違いなく水滸伝の宋江のごとく、早晩大学当局に帰順するのがオチだろう。

この連中は遠からずかつての全学連と同じ運命をたどって、出来るだけ良い企業・官庁に就職する事だけ考えるようになるのではないか(といっても、今の日本の就職環境は非正規職ばかりで、当時よりもはるかに劣悪になっているが)。つまり連中は将来次のようなセリフを吐く事になるだろうという事だ。

「ママ、僕やめるよ」

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カンボジアPKOの時代に「事実上の有事法」を先取りしていた色川大吉

自衛隊よ待て」というムックが筆者の手元にある。92年のカンボジアPKOへ自衛隊派兵が行われた時、これに反対する市民運動グループ「アジア市民の会」が行った講演記録だ(発行は八月書館)。先日の記事で韓国のPKOについて少し言及したが、それとの絡みで当時の日本のカンボジア派兵に関する記録など改めて読み直していると、色々な意味で興味深い。自衛隊海外派兵の嚆矢となった、このカンボジアPKOに反対するのは良い。だが、この「自衛隊よ待て」に登場する講演者は色川大吉、ダグラス・ラミス、姜尚中、広瀬隆など、今見ると「うげっ、こいつらかよ」と言いたくなる顔ぶれで、後の都知事選で細川・小泉支持者とか、戦争になったら日本の為に戦うとか言ってる親日派韓国人とか、今にしてみると全くもってロクなメンツではない。しかしながら、当時のこの人達は日本の反原発運動や護憲平和運動などの世界でいっぱしの論者として知られ、学習会などでは引っ張りだこという、定番のメンツだったのだ。今考えるととても恐ろしい話で、現在ではこんな連中を呼ぶ反原発や護憲・反戦平和運動集会など時間と金の無駄以外の何者でもなかろう。若い人達には想像も出来ないだろうね…。そんな時代があったんです。

で、このムックを今再読してみると何かもう色々ひどいなと。何で当時はこういう重大な事を気にせずスルーしてたのかと、こんな講演や本を運動の論拠というかマニュアルみたいにしてたのかと、そういう後悔の念が湧き上がってくる。こういう発想で運動やってたら、そりゃ自衛隊を止める事などおぼつかないだろう。今や自衛隊は当たり前のようにバンバン海外派兵され、ジプチには自衛隊の海外基地まで作られる恐ろしい時代になった。それを許してしまう弱さというか甘さというのが、日本の護憲派や市民運動の中にはこの頃から存在しており、それは直るどころかますますひどくなっているというのが「自衛隊よ待て」を再読して強く感じられる。この重大な認識の間違いというのが、90年代以前から日本の護憲派や平和運動の中にはあったのだ。

この本には突っ込み所が山ほどあってネタ集としては事欠かないが、特にひどい一例としては色川大吉(2014都知事選では広瀬らと一緒に細川支持)が挙げられよう。この本で色川は自衛隊を解体して災害救助隊に改組しろと主張しており、それはまあいいだろうと思う。ところが自衛隊という軍隊をなくした後の自衛(色川はこの前に自分は戦争中の体験から「自衛」という言葉にアレルギーがあるとか言ってたくせに、その後もなぜか「自衛」という単語を平然と連発)をどうするかという点についてこんな事を言い出す。

自衛の方法は武力以外にもいくらでもあります。国際紛争を処理する道は軍事的に威圧を加えることだけじゃないんです。現に人類は新しい方法を考え出しています。国際的な経済封鎖というのもあたらしい方法です。
(同書22頁より)

同時に外国から武器を輸入し、権力を維持して紛争を続けようとする支配者があるならば、その国の抑圧された民衆に力を貸して、民衆の手でその専制者を退陣させることです。それが本当の国際支援ですね。
(同書22-23頁より)

「国際的な経済封鎖」(経済制裁)があるなどと言っているのだ。日本の自衛手段が経済制裁だって? これはつまり、どこぞの国が日本に攻めてきそう(脅威)だとみなした時はその国を経済制裁して国際的に封鎖し、それで戦争を防ぐという事だ。これを92年の自衛隊カンボジア派兵の切迫した情勢で、それも「護憲派」「日本の左派を代表する反天皇制論客」と言われた人間が堂々と主張していた事には、ある意味驚かされる。これって、21世紀の今ではそのまま実現しちゃってるじゃない。「外為法」とか「入港禁止法」とか、今の日本が朝鮮民主主義人民共和国に対してやってる経済制裁そのものだ。これらの法律が「事実上の有事法」である事を考えれば、色川大吉に代表される日本の護憲派や反戦平和運動はカンボジアPKOの時代からすでに、自衛隊を止めるどころか「事実上の有事法」を「国際紛争を処理する新しい方法」として提唱していた事になる。これでは自衛隊の海外派兵を止められず、後にほとんど容認するようになっても無理はないだろう。色川大吉が2014年の都知事選で細川護熙を支持するようになるのは何の不思議もない展開だった。

マリー・アントワネット
「パンがなければ、ケーキを食べればいいじゃなーい」
色川大吉
「自衛隊がなければ、経済制裁で国防すればいいじゃなーい」

自衛隊という軍隊の代わりに経済制裁を「国防」の手段とする、などまるでマリー・アントワネットみたい(?)な言い回しだが、奇しくもカンボジアPKOの92年の時点で、22年後の2004年に作られる改定外為法・入港禁止法の事を「予言」していた事になる。しかし「予言」と言っても、色川は「経済制裁による国防」を否定的なものではなく、「国際紛争を処理する為の、人類が考え出した新しい方法」として肯定的に、当然憲法9条とも矛盾しない理想的なやり方のように主張しているのだから。もちろん当時の朝日関係は今のような「準戦時状態」ではなく、この時点での色川も朝鮮の事を念頭にして「経済封鎖で紛争処理を」などと言っていたのではないだろう。だが、日本のような国が他国に経済制裁を行えば、それが戦争を防止するどころか軍事的緊張を高める結果になるのは当然ではないか。アメリカの核の傘に入って平和を謳歌している以上、日本が軍隊を持っていようといまいと経済制裁という手段はアメリカの戦争政策を補完する行為にしかならない。経済制裁という「平和的手段」が軍備の代わりになる、憲法9条の理念にも矛盾しない、というどうしようもない認識がこの頃から護憲派の頭をすでに占めていたという証左であろう。今現在、対朝制裁への反対が護憲派の中からも聞こえて来ず、むしろ積極的に支持しているというのは、少なくともカンボジアPKOの時代から日本の護憲派はそういう思考パターンだったと解すべきではないか。むしろ色川大吉こそ今の朝鮮への経済制裁の原型とも言うべきイメージとプランを、この頃から主張・提言していた。護憲派こそ20年以上も前から「戦時法」を先取りしていたのだ、と。
現実に色川の言うような「国際的な経済封鎖」が戦争を防止する役に立っただろうか? 
役に立ってない!
それどころかそのような経済封鎖は、大国が気に入らない小国をいたぶって兵糧攻めする手段にしかなっておらず、制裁された国の民衆を困窮させるだけだった。そうして弱りきった所へ適当な言いがかりをつけて戦争、というパターンばかりではないか。イラクもリビアもシリアも全部そうだったろう。「国際的な経済封鎖」など大国の身勝手な侵略戦争をサポートする手段にしかなっていないのだ。そんなのをいかにも素晴らしい戦争抑止策のごとく主張する色川大吉は、この時すでにボケていたのではないかとさえ思える。
例外としては周辺の黒人政権国家に侵略を繰り返したアパルトヘイト時代の南アフリカがあろう。だが、南アへの経済制裁に世界で最も強く反対した「アジアの名誉白人国家」はどこの誰? 石原慎太郎などは当時の国会答弁で「その国にはその国の事情があるから」みたいな言い訳をして南アへの制裁に反対し続けたが、そんな石原は後に朝鮮への制裁に諸手を挙げて大賛成する。仮に経済制裁が色川の言うような「良い手段」だったとしても、それをまともに使うどころか、「国益」の為に一番悪用してきた国の一つが日本だったという事実を考える必要がある。アパルトヘイト時代の南アのようにある程度正当性のある経済制裁には決して賛成せず、朝鮮のように国際的な正当性も怪しく、戦時法としての危険な性格を有して憲法違反としか思えない制裁は強力推進という日本…。そうした現実すら頭になかったのが色川大吉の言う「経済封鎖で紛争処理論」だった。

「その国の抑圧された民衆に力を貸して、民衆の手でその専制者を退陣させることです。それが本当の国際支援ですね」という発言もすごい。これまた経済制裁と同じで、欧米先進国が世界中の第3世界で気に入らない政権を転覆する常套手段ではないか。すでに専守防衛ですらないという。イラク・リビア・シリア…。直近ではまさにウクライナがそうだったろう。同国では凶悪なネオナチ団体までもがアメリカの強力な支援を受けて、ああいう騒ぎを起こした。

これが紛争を平和的に処理する、人類が作り出した新しい手段なのだそうです! 憲法9条の精神にも合致しているのだそうです! 本当の国際支援なんだそうです! 「自衛」という言葉にアレルギーがある割には、その言葉を何の抵抗もなく連発する色川先生の掲げる「自衛理論」なんだそうです! 安倍晋三万歳を叫ぶ土井香苗のヒューマンライツウォッチなどが暗躍するのに先駆けること20数年、そんなに早い時期から「人権NGOによる第3世界諸国の政権転覆工作」を先取りしていた色川先生! これで日本の「自衛」は安泰だ!

…冗談はともかく、「護憲派」を称する連中ほど、憲法9条と憲法前文(われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する)との整合性をまるで考えてこなかった事は明白であろう。軍隊持ちません、戦争しません、でも戦争という手段でさえなければ他国の人々を恐怖と欠乏に陥れて生存権を害しても知ったこっちゃない、と。9条と前文が互いに連関し合ってその法の精神を形作るというものではなく、9条を守るという「表向きだけの平和国家」としての体面さえ繕えれば前文は無視しても構わないという御都合主義だろう。こりゃあ自衛隊が海外派兵しまくるようになるのは当たり前だし、どう見ても戦時法である対朝制裁に護憲派の誰一人として反対しないのは当たり前ではないか。

朝鮮への経済制裁に日本の護憲派が誰一人として反対しない。この下地はすでに90年代初頭、それもカンボジアPKOという切迫した情勢の頃からすでに存在していた。翼賛体制はすでにこの以前から続いて来たものであり、それがますます酷くなって今に至った。当時の資料を読み返して、そんな事を強く感じた次第である。

「佐村河内守問題」は仕組まれていたのだろうか?

「今様ベートーベン」と言われていたらしい例の佐村河内守という音楽家について、筆者は今回のニュースが出るまで何も知らなかった。何分音楽には疎いもので。この人の名前も最初見た時は「さむらごうち・まもる」ではなく「さむら・かわちのかみ」と読んで、昔の大名か殿様かと思った。何しろ「細川熊本守」という殿様が東京都知事選に立候補していた最中でもあったから。

それはともかく、この「佐村河内問題」を見て筆者が真っ先に思ったのは、これを奇貨とばかりに聴覚障害者の福祉を削る口実に悪用されるのではないかという心配だった。不正受給を針小棒大に騒ぎ立てた生活保護バッシングと、それによる生活保護法改悪と同じ展開である。早速そのような話が出て来た。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20140218-00000547-san-soci
「佐村河内問題」受け厚労相「聴覚障害認定のあり方見直しを検討」

佐村河内のゴーストを務めた新垣隆は自身の告白理由について「良心の呵責」みたいな事を言っているが、それがどこまで本心かは第3者としては知りようがない。しかし陰謀論を語るつもりはないが、生活保護バッシングの時も似たようなお笑い芸人の家族の受給が騒がれて悪用された事実を考えると、話が出来過ぎという感がするのもまた事実である。少なくとも「佐村河内問題」が今後聴覚障害認定見直しやその福祉削減に大いに悪用されるのは間違いなくなった。生活保護に続いて障害者福祉も切る口実を鵜の目鷹の目で探している連中が今の政権には山のようにおり、今回の件はそれに目を付けられたという事だろう。
また現政権では、聴覚障害に限らず、他の障害認定全体に同様の動きを広げてくるのではないか。福祉削減に悪用出来そうな「第2第3の佐村河内」を連中は必死になって探そうとするだろう。おそらく、今回の新しい都知事当選者の元女房辺りが生活保護の時と同じく、またしてもしゃしゃり出てくるのではあるまいか。とにかく聴覚障害認定見直し(改悪)や、それに続くであろう障害者福祉全般の切捨てを阻止する事こそ「佐村河内問題」のその後に急務となる事だけは間違いあるまい。

生活保護に頼るような貧乏人や、役立たずの障害者は全て抹殺して社会を「浄化」する。それが安倍晋三の「美しい国」であり、これは地獄と表現するのもなまぬるい。今我々はその最中に生きている。「「細川熊本守」が都知事になりさえすれば万事解決」するような甘っちょろい情勢ではないのだ。

収容所列島? 不沈空母? いえいえ…

収容所列島? 不沈空母? いえいえ…今の日本は「特攻機列島」ですがな! 国全体が一つの巨大な特攻機というか迷惑施設と化してるのが今の日本でしょ。客観的に見れば誰だってそう思うよ。他のアジアの国々にとっては迷惑もいいとこだ。

京郷新聞の一コマ漫画より。作者は金庸珉。元記事は以下参照。

http://news.khan.co.kr/kh_cartoon/khan_index.html?artid=201402052103252&code=361101

日本右翼の理想郷は飽くまでも大日本帝国

張成沢粛清の件はもうとっくに終わった話なので繰り返し述べたくないのだが、それでもこの件で見当違いな事を言っている馬鹿な連中がまだいるので、その事は指摘しておきたい。

前回述べたように特定秘密保護法反対の時はもちろんそうだったし、その他色々な局面でも「日本を北朝鮮みたいにするな」みたいな言い方をする者が日本では少なくない。直近の例では、やたらと自分とこのアクセス数ばかり気にしてはそれを自慢したがる以下の政治ブログがそうだろう。ここは前の核実験の時も見当違いな馬鹿発言をしていたし、南で朴槿恵が大統領に当選した時も韓国ニューライトについて「ニューライトは共産党を容認している」などと全然間違った事を言っていて、本当にまたかよいい加減にしろと思う。このブログ管理者は日本の政治についてはまともな発言が多いものの、朝鮮半島の歴史や情勢については無知の極みである。このブログ管理者の朝鮮半島情勢に対する無知蒙昧ぶりにはいい加減うんざりするのだが、知らないならせめて黙ってろと思う。

http://d.hatena.ne.jp/kojitaken/20131214
2013-12-14 北朝鮮、張成沢氏の死刑執行 「国家転覆を画策」(朝日)

ここでこのブログ管理人は

このような「恐怖政治」を行う北朝鮮の政治体制はもとより論外であるが、この件で私が思い出したのは、昨今とみに「反中」よりも「反韓」を好む傾向の強い日本の右翼たちのことだ。『週刊文春』は、安倍晋三は中国と韓国のどちらと先に首脳会談を行うべきかというアンケートに、大多数の読者が「中国」と答えたと書いている。実際、「もし朝鮮戦争がもう一度起これば、俺は北朝鮮を応援する」と言い放つネトウヨは少なくない。
「報道の自由」のない北朝鮮とは、ある意味「特定秘密保護法」を強行採決で成立させた安倍晋三や、その安倍を熱烈に支持するネトウヨたちにとっての「理想郷」と言っても過言ではない。
実際、安倍晋三が回帰を目指す戦前の日本においても、権力による残虐かつ理不尽な殺人は、日常茶飯事として行われていたのである。

などと言っている。要するに「権力による残虐かつ理不尽な殺人は、日常茶飯事として行われていた」戦前の日本は今の北朝鮮と同じであり、だから北朝鮮こそネット右翼の理想郷だと主張している訳だ。「日本を北朝鮮みたいにするな・右翼の理想こそ北朝鮮・戦前の日本は北朝鮮と同じ論」の模範的典型例と言って良いだろう。しかもネット右翼は「もし朝鮮戦争がもう一度起これば、俺は北朝鮮を応援する」などという真偽不明の例まで出して。誰だよ、そんな事言ってる「ネット右翼」とやらは。

朝鮮民主主義人民共和国の国内政治体制がいかに厳しい独裁体制であろうとも、他民族の国家を軍事侵略した事は一度もない(朝鮮戦争は飽くまで同民族の内戦である)。それどころかベトナム戦争の例などを見ても分かる通り、むしろ欧米先進国の帝国主義戦争・植民地侵略に抵抗してきた。翻って日本はどうなのか。大日本帝国時代は言うまでもなく、戦後民主主義体制に変わってからも朝鮮戦争・ベトナム戦争・湾岸戦争・イラク戦争などアメリカの帝国主義侵略戦争を手助けしつつ、それに便乗して自国軍(自衛隊)の海外派兵を実現(すなわち事実上の大日本帝国復活)させてきたではないか。その挙げ句が今回の特定秘密保護法である。
侵略戦争をした事がない朝鮮と、帝国時代から侵略と海外派兵を一貫して続けて来た日本が同じであるはずがない。「侵略戦争をした事がない国・帝国主義侵略に反対してきた国」がネット右翼の理想郷だって? kojitaken氏の論理によれば日本の右翼は何という平和主義者でありましょうか! 
北朝鮮は日本に対して植民地支配の賠償と謝罪を求めてるんだぜ。そんな国がネット右翼の理想郷? kojitaken氏の論理によれば、日本の右翼は植民地支配の賠償と謝罪に賛成しているという事にもなるではないか。そんなん初めて聞いたわ(笑)!

このブログ管理人kojitaken氏の言う「ネット右翼の理想郷は北朝鮮」という主張に何の根拠もない事は明らかだろう。要するに、今の日本で最も憎悪と嫌悪の対象として虚偽宣伝・扇動されてきた北朝鮮の虚像を利用して、自分の嫌いな安倍政権批判に利用しているに過ぎない。朝鮮人・韓国人・南北朝鮮に対する差別感情がなければこういう事は出来ないだろう。
また、安倍政権のタカ派ぶりや秘密保護法に代表される軍拡化・民主主義抑圧政策を批判・揶揄するなら「大日本帝国への回帰だ」と言えば済む話であり、わざわざ北朝鮮を持ち出す必要は全くない。これは大日本帝国の過去の悪行に対してその人間が真摯に向き合っておらず、その者が日本人であればそれに対して反省もしていないという心理の表出であろう。だから北朝鮮を引き合いに出す。大日本帝国をストレートに批判するのがそんなに恐いのかい? 色々な意味で日本の左派の駄目な部分が凝縮した記事であった。

張成沢事件で問題なのは、死刑にしたのはやり過ぎだという点だけだ。その点については責められるべきだが、それでも今回の張成沢の件は飽くまで一政府高官に対する処置であり、朝鮮の高位層の間における「権力闘争」いわば「お家騒動」といった性質のものである。それを理由に外国からあれこれ言われる筋合いはない。今回の件は、権力闘争とは関係のない一般の民衆が残酷に死刑にされた訳ではないのだから。
ちなみに張成沢の罪状は様々な不正や横領という事だが、日本では同じような事をやっといて首都の知事を図々しく続けてる奴がいますよねえ。この首都の知事を死刑にしろとまでは言わないが、せめてそのクビを取ってから北朝鮮がどうのこうの言うべきだろう。
ああ、さらに言えば、国連はじめとする国際機関からさんざん死刑やめろと言われながらも馬耳東風、張成沢処刑の前日に2人も死刑を強行したどこぞの自称「民主主義国家」もありましたねえ。仮にも「民主主義国家」のくせにそういう事やってる国の方がよっぽど残忍で酷くねえのかという話だろう。その「民主主義国家」の閣僚にはこんな事言ってる奴もいたなあ。

http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20131213-OYT1T00478.htm
稲田行革相は、「(日本と)あまりに違い過ぎてあぜんとすると同時に、そういう国であることを常に認識して付き合わなければならない」と述べた。

この前日に2人も死刑やった連中がよく言うわ。日本の死刑は良い死刑、北朝鮮の死刑は悪い死刑ですか。この発言に限ってだけ言えば、稲田とkojitaken氏は全く違いがありませんね。稲田と同レベルの事を言っちゃって恥ずかしくないかい(笑)? 

このブログ管理者kojitaken氏は日本の右翼は「「反中」よりも「反韓」を好む傾向の強い」と言っているが、これまた素っ頓狂な戯言もいいとこだ。韓国は日本の同盟国、朝鮮・中国は「日本がこれから戦争したい国リスト」だという事だ。最近頻繁に朝鮮や中国を想定した韓米日合同軍事訓練が行なわれている事を、この人がひたすらスルーし続けているのは何か理由があるのか。張成沢事件という向こうの内政・権力闘争という「家庭の事情」に過ぎない話を悪用してまで朝鮮のネガティブキャンペーンを行なっているのが今の日本であり、それに無批判に乗っかっているこの人の本心こそ問題だ。繰り返すが、この人は結局のところ大日本帝国の悪事に真摯に向き合いたくないが為に、北朝鮮を利用しているだけなのだろう。
張成沢事件について日本からあれこれ言われるのは、全く以って余計なお世話である。日本だって小泉純一郎が総理の時には、自分に反対する「抵抗勢力」を情け容赦なく粛清してその政治生命すら絶った事もあったが、それに対して朝鮮側が「日本はひどい国だ」とか「あまりに違い過ぎてあぜんとすると同時に、そういう国であることを常に認識して付き合わなければならない」なんて一度でも言った事があるのか。

日本の右翼は「もし朝鮮戦争がもう一度起これば、俺は北朝鮮を応援する」だって? 馬鹿を言うな。日本の右翼は朝鮮半島の北も南も見下している。もしまた朝鮮戦争が起こったら、日本の右翼はそれを利用して北も南もまた支配下・勢力圏に置こうとするだろう。「大東亜共栄圏・八紘一宇は正しかった」「あの戦争はアジア解放の為の聖戦だった」というのが日本右翼の歴史観であり、すなわち「朝鮮半島(のみならず他のアジア諸国含めて)は日本の版図であるべきだ」というのが今でも変わらざる日本右翼の「理想図・理想郷・世界観」なのである。それは安倍晋三らも根底では違わない。
正確には「左右問わず日本人の多くは朝鮮半島全体を見下している」のだ。日本右翼(ネット右翼か街宣右翼か関係なく)の理想郷は飽くまで大日本帝国である。他国を手当たり次第に侵略しては大虐殺や財産の強奪を行なった大日本帝国と、侵略戦争など行なったこともない朝鮮民主主義人民共和国は何から何まで違う。そんな朝鮮が日本右翼の理想郷だというのは極めて悪質なデマであり、在日朝鮮人や朝鮮人民に対する甚だしい侮辱でもある。さらに言えば、そんな事を言うのはむしろ日本の軍拡化と国内民主主義圧殺を手助けする効果しかない。日本はずっと(とりわけ小泉訪朝以後)「何をするか分からない独裁国家・北朝鮮の脅威」を口実に軍拡化をエスカレートさせてきた。それに乗っかって同じ事を言っておいて、反戦平和だの特定秘密保護法反対だのへったくれもありはしない。

繰り返す。
「北朝鮮脅威論」や北朝鮮ネガティブキャンペーンに同乗すればするほど、日本の軍拡化や民主主義圧殺への手助けになる。

前にも言っただろう。そんな事だから特定秘密保護法一つ阻止出来ないんだって。

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