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「9条にノーベル賞運動」が秘して語らぬダグラス・ラミスとの経緯

韓国をも巻き込んで、今や自画自賛世界一とも言うべき醜悪極まりない様相を呈している「憲法9条にノーベル平和賞運動」だが、これを見ていると「憲法9条とそれを守ってきた(?)日本国民」に一番似合うのは「イグノーベル夜郎自大賞」でも作ってそれを受賞させる事ではないかと思えてくる。一応イグノーベル賞にも平和賞はあるようなので、それをくれてやった方がはるかに早いだろうが。「戦争放棄の憲法があるくせにそれをまともに守らず、平気でバンバン軍隊を海外派兵しては兵器を輸出しようとし、我々が知る「平和」の意味を変えることに、官民一致協力して努力した」という事実は十分にイグノーベル平和賞受賞に値しよう。

それはともかく、この「9条にノーベル賞運動」が黒歴史扱いして全く語ろうとしないエピソードが一つあるのを御存知だろうか。日本ではもちろんそうだし、これにイカれて協力運動が起こっている韓国でもほとんどと言って良いほど黙殺されている。そのエピソードとは、ダグラス・ラミスに協力を求めて拒絶された件だ。この事は韓国の京郷新聞(笑)のコラムでラミス自身が明らかにしているのだが、これを日本で紹介した例というのを筆者はこれまで見た事がない。筆者も大分前に気付いてネタにしようと思っていたのだが、色々と他のネタに押されて忘れていた。この際なので御紹介したい。
どうも「9条にノーベル賞運動」をやってる会やそこの構成員達には「俺らの運動にはどんな奴でも賛意を表して当然」という思い上がった意識があるように感じられる。何しろ日本会議と神道政治連盟に入っているバリバリ改憲派(笑)の長島忠美と金子恭之まで賛同議員に加わり、「保守・進歩を問わぬ(右も左もない)韓国の社会元老」達までもが賛同して「9条の会と鷹巣直美(この運動を始めた主婦)を共同受賞者に」と推薦するくらいなのだから、ますますその傾向は強くなっているだろう(と言うか、極右改憲派の長島だの金子だのがこんな運動に入って来た時点でおかしいと思わないのかという話なのだが)。なので、協力を拒絶されたりすると、そうした事例を極度に恥じて黒歴史とばかりに「封印」してしまうのではないか。
問題のダグラス・ラミスのコラムは以下リンク先を参照。

http://news.khan.co.kr/kh_news/khan_art_view.html?artid=201404282107415&code=990100&s_code=ao124
「ダグラス・ラミスコラム」沖縄基地と日本憲法9条の未来(韓国語記事)

この記事で核心とも言うべき部分を以下に翻訳抜粋する。

同紙29面(琉球新報2014.04.12 訳者注)にはノーベル賞委員会が日本国憲法9条のノーベル平和賞候補申請を受け付けたという記事が載った。ここで「受け付けた」というのは278ある他の申請者と共に候補として挙げてくれたという意味だ。数ヶ月前に私は、善意でこの運動を始めたある若い女性の電話を受けた。私は長くも辛い対話を通じて、なぜその運動を支持しないのか説明した。まずそれは自己満足の側面が強い。申請に参加した人達は憲法9条支持者であり、したがっていかに間接的にやる事だとしても、彼ら自らを受賞候補に自薦するように見える。第2にさらに重要なのは、私が以前にこのコーナーで書いたように、世論調査の結果で日本人の51%が憲法9条を支持すると答えながらも、81%が日米安保条約を支持すると出た。安保条約に反対する人間は11%に過ぎない。憲法9条を支持する大多数が安保条約を支持するという意味だ。この人達は平和に献身するのではない。むしろ戦争が起こった場合、他の誰かが彼らの代わりに戦ってくれるのを望む。それは理解出来なくもないが、賞をもらうほどのものではない。そして米軍基地を日本、大部分は沖縄に置いておく根源こそが安保条約だ。辺野古に新基地を建てようという圧力の裏にも安保条約がある。

憲法9条の終末?
翌日からほぼ毎日この新聞には自民党政府の「解釈による」憲法9条変更計画に対する記事が載った。仔細に説明するまでもないが、日本政府は戦争・戦争の威嚇・戦争準備を放棄させる9条に対する解釈を、戦争を遂行して・戦争威嚇をして・戦争準備をする意味に変えようとしているというのだ。我々はこの驚くべき論法の前例をジョージ・オーウェルの有名な小説「1984」で「戦争は平和だ」という政府スローガンに見る事が出来る。ノーベル賞委員会が日本国憲法9条に賞をやろうとするなら急いだ方がいいだろう。


「9条にノーベル賞運動」はものの見事にラミスに振られた訳で、日本の護憲・平和運動でもそれなりに知られたラミスに一蹴された事実はまさに運動の「黒歴史」となったのである。この記事に出て来る「善意でこの運動を始めたある若い女性」というのは多分間違いなく鷹巣直美当人の事ではないか(「運動を始めた」人物というのだから)と思う。

いずれにせよ、この運動の馬鹿馬鹿しさはラミスの言う「自己満足」の「自薦」、「日本人の多数が日米安保条約を支持」という指摘で十分明らかなのではないか。憲法9条の文言を変えずとも解釈改憲でいくらでも日本は海外派兵や戦争が出来るし、実際にそうしようとしている。それにノーベル平和賞をやって何の歯止めになる? むしろ「これは平和の為」という大義名分を与えてしまうだけなのは明白だろう。一番痛い所を突かれた訳だが、それでも考えを改める事なく運動を続けているというのは、鷹巣ら運動の主導者が色々な意味で後に引けなくなっているという事を意味している。9条にノーベル賞を受賞させる事だけが正しい道だと本人も狂信的に信じ込んでしまっていたり、あるいは自説の間違いに気付きながらもノーベル賞の名誉欲に取り付かれたか…。要するに「ノーベル賞欲しい病」またの名を「笹川良一症候群」「池田大作症候群」とでも言うべき病に取り付かれたという事か。それ以前にノーベル賞自体がクソだとは思わないのだろうか。
もっともラミス最後の一文「ノーベル賞委員会が日本国憲法9条に賞をやろうとするなら急いだ方がいいだろう」だけはいささか意味不明で的を外していると思うが。オバマやEUの平和賞と同じで、賞などやらぬが最上である。

鷹巣直美は運動の「有名人オルグ」の過程でダグラス・ラミスに電話し、それでものの見事に「玉砕」し、その「戦禍」を人に知られぬよう隠したという訳だ。あたかも大本営発表のように。「9条護憲派」のはずが、あたかも旧日本軍・日帝のごとき「玉砕」「大本営発表」「歴史隠蔽」というのも実に皮肉な話ではある。

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米9.11日3.11韓4.16仏1.7

「米9.11」とは言うまでもなく、2001年に起こった世界貿易センタービルへの旅客機突入テロ事件を指す。
「日3.11」とは言うまでもなく、2011年に起こった東日本大震災とそれによる東京電力福島原発事故を指す。
「韓4.16」とは言うまでもなく、2014年に起こった旅客船・世越号(セウォル号)の沈没事故を指す。
「仏1.7」とは言うまでもなく、先日起こったばかりの風刺週刊誌出版社シャルリー・エブド(Charlie Hebdo)に対するテロ事件を指す。

これらはいずれも「テロ事件」「自然災害(+人災)」「海難事故(+人災)」とそれぞれの出来事の中身や被害規模程度は異なるものの、「それをきっかけに、その国家の社会と民衆が極度かつ急速に好戦的・右傾化・ファシズム化した」という共通点を持っている。フランスの場合は事件が発生して間もないので、現時点では米日韓ほど官民ぐるみで極端な状況にはまだ至っていないものの、事件が起こった根本的な原因を深く省察する事もなく「Je suis Charlie(私はシャルリーだ)」などと書かれたプラカードを手に市民が大行進する姿はとても不気味である。フランスも今後米日韓と同じような経過をたどる可能性が非常に大きい。

これらの事件・事故・災害後に各国がたどった経過というのは「反省のなさ」だった。事の原因や事態を悪化させた根本的原因、すなわち凶暴な海外軍事政策や無謀な原発の大量建設、新自由主義政策による安全コストの大幅なカットといった原因をロクに究明せず、責任者の処罰も行わず、反省が全くないまま「愛国主義」「絆」といったおためごかしの下に社会はむしろファシズムへと突き進んだ。9.11後のアメリカが「対テロ戦争」を掲げてアフガニスタンやイラクを皮切りにさらなる無謀な侵略戦争の泥沼に突き進み、3.11後の日本が世界最悪の原発事故を起こしたばかりにも関わらず直後の選挙で原発反対派が誰も当選出来ず、原発輸出・秘密保護法・武器輸出解禁などに突き進んだ姿を我々はよく知っている。韓国でも世越号の事故が起こってすぐに統一地方選挙があったのだが、救助作業をまともにやらず被害を拡大させたはずの与党セヌリ党が圧勝した。福島原発事故があったにも関わらず脱原発派候補が誰も勝てなかった日本と全く同じ事が起こっていたのだ。さらにその後の2014年後半の韓国では南北関係のさらなる悪化と、「従北狩り」の大旋風によって統合進歩党の強制解散や、訪朝記の著者である韓国系アメリカ人(この人は先日強制出国となった)への右翼のテロ、12月29日の韓米日軍事秘密情報共有覚書締結など、これまた凄まじい勢いで国と社会のファシズム化・軍拡化が進んでいる。

フランスのテロ事件について言うと、これは明らかにイスラムに対する宗教的・人種的な偏見や差別感情をモロ出しにした風刺漫画(と言うか、冒涜漫画)に原因があるのは明白だろう。「表現の自由」がどうのこうの言うが、シャルリー・エブド紙がやっていた風刺と言う名の冒涜漫画の類はそうした偏見や差別を煽るだけの低劣な内容でしかなく、これらは率直に言って「フランス版山野車輪(細野不二彦とか小林よしのりとかでも可)」そのものだ。にも関わらず今回のテロで殺された漫画家達の言動など見てみると、誰も彼も
「自分は反宗教主義、反資本主義、反軍事主義、反人種主義、反保守主義」
「自分の絵の目的は人を笑わせる事にある」
「表現の自由を積極的に擁護」
「右派のフィガロ紙とは関係を結ばない」
「無宗教者なので、全ての宗教に批難の矢を投げかける」
「報復を恐れない。屈服するなら死んだ方がまし」
「フランスではまだテロが起こっていないのか」
「資本主義を嫌悪」
といった事を主張してきた。要するに「左派」だの「反資本主義」「反宗教主義」の仮面を被ってイスラムへの偏見を扇動してきたのである。挙げ句には批判されると「自分の絵の目的は人を笑わせる事にある(つまり、ギャグなんだから目くじら立てるなという見苦しい自己弁護)」と言って開き直るかと思えば「まだテロが起こらないのか」と挑発するような漫画を堂々と掲載するのだから、これらはみな悪質な確信犯であり、殺されても自業自得であったと思う。ヨーロッパではイスラム圏の旧植民地から多くの移民労働者がやって来ているという社会状況にありながら、そうした社会的弱者への差別と偏見を扇動する最悪のネタを「表現の自由」「ギャグだよ、ギャグ」「自分は左派」「自分は全ての宗教を(公平に)批判してる」と言って見苦しく逃げ回って来た連中にはお似合いの末路だったのではないか。ましてや「報復を恐れない。屈服するなら死んだ方がまし」とまでうそぶいていたのだから、なおさらこれらに同情する義理もないと思う。
また、フランスも近年はアメリカに劣らずアフリカ地域の旧植民地諸国(リビアやコートジボワールなど)へ露骨な資源略奪の軍事介入を繰り返してきた事も忘れてはならない。シャルリー・エブドの風刺漫画がこうしたフランスの新植民地主義や軍事政策を正当化・側面支援する性質を持っていなかったのか、それも問われるべきだろう。テロを批判する前に、フランス人自身が行ってきた人種・宗教的偏見や軍事政策を自ら省察・反省する事が先決ではないのか。フランスの軍事介入で殺された国の民衆からすれば、フランスこそ最悪の「テロ国家」だろう。

しかしながら今のフランスで起こっているのは、自己省察や反省とは正反対の現象である。何でもおかしな「チェーンメール」が流行っているとか…。

「このテロはとても認められません。12人の犠牲者を記念する為に、フランスで最も大きなチェーン網を形成しましょう。この文字メッセージをもらった人は1分間黙祷した後に、本人の名を記入して知人に送りましょう」

こんなメールを転送するのが大流行しておるそうな。いい加減にしろ、こんな気持ち悪い迷惑メールを寄越すなと言いたくなる。ただの不幸の手紙じゃねえか。

さらに凄絶なのは、当のシャルリー・エブド紙が次号部数を大幅に増やして出すという話だ。今まで高々6万部だったこの新聞が次号は何と100万部刷るのだという。「テロに屈服しない方法は発刊を続ける事」だと言って。こいつら実にいい営業してやがるではないか。それでまた性懲りもなく宗教的・人種的偏見を扇動するようなひどいネタをこれからも垂れ流し続けて商売するというのだから。自分らがどれだけ最低なネタをやってきたかに対する反省や自己省察はかけらもなし。言論の自由とやらを完全にはきちがえているのはシャルリー・エブドとフランス人達ではないのか。結局は商売・金儲けかよ。

こうしたフランスの出来事を筆者は韓国オーマイニュースの記事で知った。

http://www.ohmynews.com/NWS_Web/View/at_pg.aspx?CNTN_CD=A0002071006

この記事には先述した風刺漫画家達の見苦しい言い訳や、気持ち悪いチェーンメール、厚顔無恥にも次号100万部刷ってここぞとばかりに儲けようとするシャルリー・エブドの醜悪な振る舞いが書かれている。ただしこれを書いた記者自身はシャルリー・エブド側を一方的に肩入れしているスタンスであり、西欧の社会主義ばかり羨望して社会的弱者や第3世界・自民族の分断体制の立場を全く考えないという、韓国進歩派知識人に腐るほどよくいるタイプの人間である点に注意が必要だ。韓国の進歩派にはこの手の社会主義者気取りな西洋かぶれが、最近嫌になるぐらい多い。ハンギョレとかプレシアンといった韓国進歩派メディアの論調が近年やけにおかしくなってるのも、こうした風潮と無関係ではなかろう。

今回の件で改めて思ったが、詩人と風刺漫画家の「作家生命」は本当に短いと思う。この手の作家達が素晴らしい作品を書いて輝きを放っていられる期間は本当に短い。詩人でそれを最も体現しているのは金芝河だろう。かつて韓国民主化の旗手のように言われた詩人が後にカルトにはまっておかしくなり、挙げ句が朴槿恵を支持するにまで至った。あるいは日帝植民地時代、当初は民族主義的で独立運動に加担しておきながら、後にあっさり親日詩人になった朱耀翰・金龍済・林和など枚挙にいとまがない。
風刺漫画の世界でも当初は鋭いネタで社会問題や権力者を突きながらも人々を笑わせた人間が、売れて注目されるようになるとすぐに弱い者いじめや差別ネタ、反人権ネタ、体制権力追従に走る例が非常に多い。やくみつるや業田良家が典型例であるし、高橋春男やいしいひさいちもそういう所がある。小林よしのりもゴーマニズムをやり始めてから急速におかしくなった。これらよりもレベルの低い同人誌の世界ではもっと酷く、社会風刺ネタをやってる同人作家というのは当初は左翼っぽい漫画を描いていても、5年もするとみんな山野車輪か細野不二彦みたいになる。筆者自身が見て来た中では、10年もった奴を見た事がない。コミケで風刺漫画サークルが並ぶ一角は本当に気持ち悪くて、どいつもこいつも「ミニ山野車輪」「ミニ小林よしのり」「ミニ弘兼憲史」ばかりだ。今回殺されたシャルリー・エブドの漫画家達はベテランぞろいで、中には70か80の老作家もいたと聞き、筆者は妙に「納得」してしまった。「ああ、こいつら若い頃は鋭い作品を書いてたかもしれんが、本当に漫画家として輝いていたのは若い頃の数年だけだったんだろうな。売れてからすぐに業田良家か小林よしのりか弘兼憲史みたいになって、弱い者いじめや差別ネタや宗教的偏見ばっかり垂れ流した期間の方が長かったんだろうな」と。
今回の件は我々に一つの教訓を与えてくれる。社会風刺漫画というのはそれだけ作家の寿命が短いジャンルであり、差別ネタや弱い者いじめや権力追従ネタに走るしか出来なくなった作家は潔く引退すべきという事だ。

いずれにせよ、フランスでは誰も彼もが「Je suis Charlie(私はシャルリーだ)」の大合唱で、星条旗や日の丸が乱舞する9.11後のアメリカや3.11後の日本とそっくりな様相を呈している。大震災後に日本で言われた「ジャパニーズ・ザ・絆」とおんなじで、これこそファシズム前夜以外でなくて何だと思う。今回の件でフランス国内ではむしろ「表現の自由」は今後圧殺される方向に進むだろう。愛国者法や特定秘密保護法や国家保安法みたいなのがフランスでも出て来るのではないか。それこそ「表現の自由を守る」という口実で。韓国で解放後に国家保安法を制定した時も李承晩らは言ったものだ。「韓国の自由を守る為にこの法律を制定したのだ」と。
星条旗や日の丸が米帝や日帝の被害者にとっては憎しみの対象でしかないように、シャルリー・エブドもトリコロールもフランス帝国主義の被害者にとっては憎しみの対象でしかない。「Je suis Charlie(私はシャルリーだ)」というのはフランス帝国主義のどうしようもない傲慢さの表出である。

【危世・乱世の社会運動詐欺論考 その1】反原連とその系列運動体を支えるある種の人々

反原発デモに日の丸や右翼を引き入れ、在特会と何の違いもない差別発言や暴力を繰り返してるくせに「自分達は反差別運動だ」と称する。言うまでもなく反原連とその派生運動体(しばき隊や東京デモクラシー、男組、日韓仲良くしようぜなど)の事だが、こうした巧妙な御用運動というか社会運動詐欺が中身を全く検証される事なく大手を振ってまかり通るのはなぜなのか? もちろんこうした運動を支える人々がいるからだ。ではこうした「反原連系」社会運動詐欺を支えている人々はどんな連中なのか?

毎週金曜日になると首相官邸を包囲する抗議デモ。これの参加者は色々な層がおり、中には3.11以降になってこうした運動に参加した者も多かろうが、やはりそれ以前から反原発運動をしてきた様々な市民運動小グループ(東京在住で、人数がせいぜい10人にも満たないような所帯)達の存在も無視出来ない。正確な統計をとった訳ではないのでこれらの構成比がどれほどになるかは分からないが、旧来の(3.11以前からの)市民運動グループ達の占める割合も決して小さくはないだろう。また、そうした数は少ないがキャリアが長くて「お固そうな」小集団がいくつも参加する事で、「胴元」である反原連自体も「ハク」が付くという訳だ。「うちにはこんなに古くからの真面目な運動家達も参加してるんだ。そんな俺達に難癖つける奴らこそ運動の邪魔をするヘサヨだ」と。
このような3.11以前からの「善意な」市民運動小グループ達こそ、反原連の御用運動・差別主義者としての本質を隠蔽する役割を結果として果たしてしまっているのが皮肉な現状だ。この手の小運動グループというのは何故にわざわざ反原連のデモに参加しているのか? 
結論から先に言うならば、それは要するに「寄らば大樹」の一言に尽きる。3.11以降、確かに動員数に限って言えば最多と言える反原連のデモに加勢すれば、それだけで原発に反対する最も有効な運動(?)に参加したという「実績」じみたものに出来るからだ。参加人数だけで言えば、確かに3.11以前にはそうしたデモはなかっただろう。だからこの手の小グループ達は「最大手」である反原連のデモから離れられない。一昔前の「大手企業に就職しさえすれば一生安泰」みたいな感覚と非常に良く似ている。しかしながら今やそうした大手企業に就職出来ても一生安泰どころか、実際の大手企業はどこも一億総ワタミ化して過労死がオチなのが日本企業の実態であるように、大手の市民運動のデモに参加した所で原発を廃絶する力になるどころか、実際の反原連は一億総報国運動化していて運動の破壊とそれによる原発再稼動や放射能汚染拡散に手を貸す結果になっているのが3.11以降日本の市民・社会運動の実態である事に連中はなかなか気付かない。
反原連とその派生・関連諸団体こそ3.11以降、いや、1945年8月15日以降の日本で最悪の御用運動・報国運動ではないかと思う。

筆者が実際に知っているグループの事例を挙げておきたい。もちろんこれが「反原連系」を支える層の全てという訳ではないが、反原連のデモに参加するような古参市民運動小グループ達を理解するある程度の目安にはなるだろう。その市民運動グループは、かつて社会党青年部で反戦青年委員会を立ち上げた労働運動家がリーダー格で、国労組合員1047名の不当解雇問題や反原発運動などでかなり長い間運動をしてきた所だった。このように言えば、そのグループとリーダー氏が何者なのかすぐに推察出来る人もいるだろうが…。
しかしながらどうした事か、そのリーダー氏は80代の今でも活動している老運動家だが、今年の都知事選では何と細川護熙支持を打ち出して多くの人を驚かせ、また失望もさせた。労働運動に関わっている人達の間では、広瀬隆や鎌田慧や色川大吉よりも、このリーダー氏の「変節」により多くの失望と幻滅を感じたのではなかろうか。ここのグループはほぼ毎週のように金曜日の首相官邸前抗議に参加している。
筆者はもうここのグループとは完全に縁を切っているが、まだ関係があった当時にグループ内の中心人物の一人(リーダー氏ではない)と電話で話す機会があった。そこで筆者は何で反原連のデモなんかに出るんだと問い詰めたら「あそこが今一番活動している所じゃない」といった感じの返事をされて、首相官邸前デモに参加する事の何が悪いのかと言った反応をされたのである。そこで筆者は反原連やしばき隊の頭である野間易通や木野トシキらがどれだけひどい、それこそ在特会と同等の差別発言を繰り返してきた人間か知ってるのかと言ったら、「え、そうなの? でもあそこが新大久保でも在特会に対抗してがんばったじゃないの?」とそうした事柄をまるで知らなかったという、およそ市民運動家とは思えない一般人以下の情勢認識であった。「野間や木野のツイッターを見てみなさい、あんな所に参加せずに独自の本当に原発廃絶の為の運動を展開すべきだ」といった主旨(だったと思う)の事を筆者はその人物に言ってはおいたのだが、同グループはその後も相変わらず金曜デモなどの反原連の催しに平然と参加し続けている。
ここのグループの主なメンバーは年配の人が多い事もあってインターネットもほとんど利用せず(出来ず)、野間らの差別発言などにも接する機会がほとんどなかったという事は言えるだろう。だがこうした70年代以前から活動してきた左翼の老運動家達が野間・反原連一派の傍若無人ぶりに全く気付かないというのは、市民運動として本当に致命的な事ではないかと思う。それ以上に、野間らの差別発言を指摘されて知った後も反原連のデモに出続けるというのは、要するに野間達があれだけ酷い差別言動を繰り返し、まともな社会運動をやる資格のないチンピラか詐欺師に過ぎない事が分かっても大した事はないという事だろう。「一番活動している」反原連のデモに参加する事が大事、すなわちどこまでも「寄らば大樹」という発想で運動しているという事だ。
「ネットなどをほとんど使わないので、野間らの差別発言に気付かない」
「仮に気付いても黙認」
今日本で反原発や護憲運動をしている小さな市民運動グループの大半は、こうした意識で反原連の運動に出ているのだと思う。週刊金曜日の反原連や旧しばき隊(CRAC)に対する態度もこれと全く同じだ。極めて日本的ナアナアというやつだろう。こうした現象はまたの名を「佐藤優現象」とも言った…。
反原連に限らず、たんぽぽ舎幹部である原田裕史の「日の丸は侵略の象徴じゃない」発言や差別発言、原子力資料情報室共同代表である伴英幸の「再稼動やむを得ない」発言など、3.11以降の反原発運動の世界は本来なら「運動崩壊」と言われて然るべき凄惨さなのだが、こうした事が運動内部で全くと言って良いほど問題にされずやり過ごされてきた。こうした「大手運動体」が腐った場合は他の弱小運動体がそれを正して活動しなければならないはずなのだが、そうした小グループも見てみぬ振りをして付和雷同している。これで本当に原発を廃絶出来るのか? そういう根本的な部分が問われている状況なのである。
反原連・たんぽぽ舎・原子力資料情報室、こういったこの世界の「大手」や「代表格」が次々に腐敗堕落して、実際には市民運動・社会運動の担い手として失格している現状をまるでなかった事のように無視し、一番人が集まるからという理由で他の小さな運動グループもまた官邸前デモに集まり「今日本の脱原発運動は最高潮に達している」と全くの現実逃避な怪気炎を上げる。
我々はこれに似た光景を別な所で見た事がある。福島原発の大惨事と汚染水垂れ流しをまるでなかった事のように無視し、「今、ニッポンにはこの夢の力が必要だ」「汚染水は完全にブロックされていますッッッッ!」と全くの現実逃避なオリンピック招致に狂奔した猪瀬や安倍と何てそっくりなのかと思う。ちなみにその猪瀬直樹が都知事選に立候補した時にそれを支持したのが反原連の野間であった事も忘れてはならないだろう。

「脱原発」を表看板に掲げた社会運動詐欺というのは、こうした草の根市民運動の無知と「日本的ナアナア」と現実逃避によって支えられている部分が非常に大きいと、筆者個人の体験からは考える。

ツイッターで馬鹿な事を言うのは右翼だけではない

アジアプレスの石丸次郎や反原連の野間易通を見ても分かる通り、ツイッターというのはまさに「馬鹿発見器」であろう。これらがツイッター上でどれだけひどい馬鹿発言や差別発言を繰り返してきたかは、すでに知ってる人は知っている事実だ。
が、ツイッター上で暴言を吐くのは右翼やレイシストだけの専売特許ではない。ツイッターというSNSが持つ字数制限や様々な機能は、それを使うあらゆる人間をして下らない発言や暴言を引き出させる。これはブログやその他のSNSと比較しても顕著ではないかと思う。これを使う者はそれだけ慎重さと自己省察が求められるという事だ。下手な発言を好意的に引用したりリツイートする事で、揚げ足を取られる危険性も常にある。
例えばこんなツイートを見かけた。この発言者自信は韓国の進歩派らしく親日派や朴槿恵の批判をいっぱしに繰り返しているのだが、あるツイートで「李完用の子孫が三星(サムスン)財閥」と書いている。

https://twitter.com/songjh2197080/status/528608034847600640
친일역적 이완용의 자손 자녀들.... 이완용의 무릅에 안긴 아이가 삼성 이건희 아버지 이병철.... 역시 삼성도 친일 재산으로 일군 기업이다. 최고 악질 친일 이완용의 후손이 삼성 이다.

(訳)親日逆賊李完用の子孫・子女達…李完用の膝に抱かれた子供が三星財閥・李健熙の父である李秉喆(イ・ビョンチョル 이병철)…やはり三星も親日財産で起こした企業だ。最高悪質親日李完用の子孫が三星だ。

このツイッターは明らかに事実に反する。三星財閥創業者の李秉喆は親日売国奴として悪名高い李完用とは直接関係ない家系の人物だ。正確な家系を言うと、三星創業者・李秉喆の父は李纉雨、祖父は李洪錫という。一方、乙巳五賊・丁未七賊・庚戌国賊のいずれにも名を連ねた李完用の孫もイ・ビョンチョル 이병철という名前だが、これは漢字で書くと「李丙喆」となり、三星財閥の創業者とは同音名の異人である。

「三星財閥家系」

祖父・李洪錫→父・李纉雨→李秉喆(イ・ビョンチョル 이병철)

庚戌国賊親日売国奴家系
祖父・李完用→父・李恒九→李丙喆(イ・ビョンチョル 이병철)

こういう初歩的な歴史的事実の間違いを以って韓国近現代史の問題点や現在の既得権層を攻撃するのは、かえって揚げ足を取られて逆効果になる。こういう一見進歩的かつ反権力的に見えながらも、単に感情的で無知な人間の発言を好意的にリツイートしたり引用するのがどれだけまずいかお分かりいただけるだろう。こういうのはむしろ間違いをたしなめる返信をするのが妥当ではないか。
韓国では植民地解放後も親日派の後裔が既得権層に居座ったのは事実だが、それとは違う家系から出て立身出世した物もいる。問題はそうした「新興勢力」が旧来の親日派と結果的にどうした共犯関係を結んだかが問題であって、根本的な事実関係の誤りを以って批判しては逆効果だ。三星はむしろ韓国有数の企業に成長してからの(旧来の親日派含む)独裁政権や日本経済界との癒着関係に多くの問題点があり、そこを突かねばならない。「李完用の子孫が三星(サムスン)財閥」という完全に誤った歴史観はむしろ本質を外して有害ですらあるだろう。
以前もちょっと書いたが似たような例として、韓国には安倍晋三を「最後の朝鮮総督・阿部伸行の子孫」だという怪しげなネット情報がかなり広く信じられている。どちらも姓が「アベ」である所から来ている勘違いだろうが、事実に反するとんでもない誤りだ(今の韓国人の多くが自分の名前以外はほとんど漢字を理解出来なくなっているのも、こうしたミスの一因だろうが。余談だが漢字教育については、南よりも北の方が学校ではるかに多くの字数を教えている。もし南北の学生で漢字の書き取りテストをやったら、間違いなく北の学生の圧勝だろう)。

筆者はツイッターなど全く使う気になれない。だがそんな筆者でも傍から見ていて、ツイッターを使う時はくれぐれもこうした点に気を付けるべきではないかと思える。自分がおかしな事を言ってないか、好意的に取り上げるべきでない人物や発言をリツイートしたり引用する愚を犯していないか。そうした省察を欠かしてはならないだろう。

上記の問題ツイートを筆者が知ったのはある在日同胞のツイッターがきっかけだったが、この人はいい発言も多くて筆者もそれらについては評価する反面、ちょっと感情的に過ぎると思う所も同じくらい多く、自分では良かれと思ってした発言が実際には同胞社会の首を絞める結果になっているのではないかと思う時もある。朝鮮半島本国と在日朝鮮人の置かれているそれぞれの国内情勢、それを取り巻く国際情勢、現在に至った歴史、そうした事柄を立体的に積み上げて眺めて判断し、発言していかねばならない。1945年8.15解放後の朝鮮半島が分断されて戦争にまで至った大きな原因の一つとして、当時の朝鮮人達(指導層・民衆問わず)が自国を取り巻く国際情勢にあまりにも無知であった事が挙げられる。金九や曺晩植の反託運動がその過ちの典型だが、日帝時代に評価すべき独立運動を行った人物でさえ、そうした無知から解放後に重大な誤謬を犯した。そうした愚を再び繰り返さない事が肝要なのだ。

いずれにせよ、ツイッターを有意義に活用したいと望む側も、発言やリツイートにはもう少し慎重な省察が必要だと思う。

翁長雄志とか信じらんない

今度の知事選で「オール沖縄」候補だという翁長雄志のインタビューを読んでみたが、何でこの程度の単なる田舎右翼を「沖縄の革新勢力」とやらは担げるのか? 全くもって信じられない。

http://www.geocities.jp/oohira181/onaga_okinawa.htm
2012年11月24日 朝日新聞デジタル
翁長雄志さんに聞く 沖縄の保守が突きつけるもの

これは2012年時点でのインタビューだが、言いたい放題ではないか。
「沖縄問題の責任は一義的には自民党にある。しかし社会党や共産党に国を任せるわけにもいかない
「いまはオールジャパン対オール沖縄だ。沖縄の保守が革新を包み込まねば
「ぼくは非武装中立では、やっていけないと思っている。集団的自衛権だって認める
「(沖縄の保守と本土の保守の論理は)ちがいますね」
「ぼくは、なでしこジャパンが優勝した時、あなた(前原誠司)よりよっぽど涙を流したと話しました」

挙げ句の果てに記事の最後にある記者のまとめの言葉も凄い。

沖縄ではいま、保革を超えた沖縄ナショナリズムのうねりが起きている。翁長さんは、その先頭に立っている。沖縄に勤務する私も含めたヤマトンチュ(本土の人)と対抗するような「あんた方」という言いぶりに、戸惑いを覚える方もいるかもしれない。いいチャンスだ。そこで立ち止まろう。そして、沖縄と本土の関係をもう一度考えたい

本当に今沖縄で起こっているのは「保革を超えた沖縄ナショナリズム」などと呼べるものなのか? 筆者にはとてもそうは思えない。民族主義としてはあまりに貧弱過ぎる。「沖縄の保守が革新を包み込まねば」という発言を見ても分かるように、今までヤマトの手先になってオイシイ思いをしてきた「親日派」が日和見な態度を執っているだけではないのか。「集団的自衛権だって認める」人間が知事になって、どうして米軍基地を追い出せるのか? 
「(沖縄の保守と本土の保守の論理は)ちがいますね」というのも全く意味不明だ。「沖縄の保守と本土の保守」の関係というのは本質的にどこまでも「植民地宗主国とその手先である植民地現地の民族反逆者」の関係そのものであり、両者の論理にさほどの違いなどあるはずもない。翁長雄志のように肝心な場面で(保身や私利追求の為に)ちょっと良識っぽい事を騙る人間はいくらでもいるものだ。「はだしのゲン」で日本が敗戦した途端に調子良く軍国主義者から平和主義者に看板替えした町内会長を思い出させる。植民地解放後の朝鮮半島でも昨日まで親日派だったのが、翌日から急にわざとらしく「民族主義者」に変身した奴らは少なくなかった。
翁長雄志の発言を見て感じるが、この男にとっては「沖縄の革新」を跡形もなく吸収して消滅させる事の方が第一義ではないのか。そうなったらむしろヤマト政権には望む所だろう。そんな人間を担ぐ「沖縄の革新」も末期症状であり、自滅の道をひた走っているとしか思えない。

いずれにせよ最悪の知事選になったと思う。翁長雄志と仲井間弘多しか選択肢がない(え、もう一人歌手出身の「有力候補」がいたっけ? 知らん!)とか、これで民主主義などと言える方がおかしい。ポスト朴槿恵を決める3年後の韓国大統領選挙もこのまま行けば金武星(現セヌリ党代表。植民地時代の悪質親日派富豪の息子)vs潘基文(現国連事務総長。リビア・シリアへの空爆と侵略を容認。大地震後ハイチへの経済侵略バックアップ)という最低の候補達が争う最悪の選挙になるものと予想され、沖縄はそれを先取りするかのような惨状に見える。どこもかしこも…。

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