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高橋・法王・トランプ

高橋源一郎の妊娠中絶に対するスタンスが凄絶過ぎると一部で評判になっているようだ。毎日新聞の人生相談コーナーがそうである。


http://mainichi.jp/articles/20170123/ddm/013/070/004000c
中絶した経験と向き合えず=回答者・高橋源一郎
毎日新聞2017年1月23日 東京朝刊

 1年ほど前、思いがけない妊娠で中絶しました。他に選択肢はなく、失われた命のためにも、前向きに生きなくてはと言い聞かせています。でも、何かを始めようとポジティブになるたび、「恐ろしいことをした。取り返しがつかない」という気持ちが押し寄せてきます。今の日本では中絶は基本的に罰せられないけれど、倫理的に許されるのかは難しい問題です。自分の経験とどう向き合えばいいですか。(24歳・女性)


 あなたは、一つの生命の可能性を奪う、という選択をしました。そのときから、あなたには責任が生まれました。「善(よ)く生きる」という責任です。

 指揮者のベンジャミン・ザンダーはアウシュビッツ強制収容所の生き残りのある女性のことばを伝えています。15歳のとき、列車でアウシュビッツに連れて来られた彼女は、一緒に来た8歳の弟が靴をなくしたのを見て「なんてバカなの! 自分のこともできないなんて!」と言いました。悲しいことに、これが彼女が弟に言った最後のことばになりました。弟は生きて戻れなかったのです。彼女は誓いを立てました。「生きて戻れるなら、それが最後のことばになるとしたら、耐えられないようなことばを二度と言わない」と。彼女は、つい漏れた一言故に「善く生き」ようと誓ったのです。

 もうあなたは、そんなふうに生きていますね。あなたは他の人が苦しまないようなことを前にしても苦しみます。でも、それは、あなたが他の人たちよりもずっと敏感に、繊細に、世界に対している、ということです。あなたは、他の人たちより、多く苦しむでしょう。けれども、それ故に、世界の素晴らしさと複雑さを、より多く感じることができるはずです。

 苦しみを忘れない限り、あなたの生涯は他の誰よりも豊かになるでしょう。そして、いつかきっと気づくはずです。それが、生まれなかった子供から、あなたへの贈り物であったと。(作家)


さすが朴裕河を熱烈に支持・擁護している大作家センセイは言う事が違いますなあ。そもそも中絶とこのアウシュビッツのエピソードに何の関係があるんだよという話であるし、ここで高橋が言ってる事は完全に霊感商法の論理であろう。昔から水子供養をネタにした霊感商法がよくインチキ宗教のシノギになってきたが、高橋の言ってる事はそのまんまだ。
「あなたは、一つの生命の可能性を奪う、という選択をしました。そのときから、あなたには責任が生まれました」
このセリフの後に「そこで、死んだ赤ちゃんの霊を慰める為にこのウン百万円の壷を買えば…」と続いても何の不思議もあるまい。高橋源一郎センセイには押し売りトークの才能がありそうなので、さっさと作家辞めて霊感商法の販売員に転職する事をお勧めします。その方があなたの生涯は他の誰よりも豊かになるでしょう。いや、もうあなたは、そんなふうに生きていますね(笑)。


ではここでもう一人、高橋とほとんどおんなじ事を言っている人間がいるので、そちらの発言も御覧下さい。誰? アメリカのドナルド・トランプ大統領? いえいえ、そんな「低俗」な人間ではなくもっと「高貴」なお方ですよ(笑)。


http://www.afpbb.com/articles/-/3108774
ローマ法王、中絶への司祭による「許し」 無期限で継続
2016年11月21日 22:33 発信地:バチカン市国

【11月21日 AFP】(更新)ローマ・カトリック教会のフランシスコ(Francis)法王(79)は21日、特別聖年に当たって中絶をした人に許しを与えることを全司祭に認めていた措置を無期限で継続すると宣言した。この措置は当初、20日まで続いた「特別聖年」期間中だけの一時的なものとして導入されていた。

 法王は20日、「慈しみの特別聖年」閉幕に当たっての書簡で、「私はここに全司祭に対し、その職において、人工妊娠中絶のを犯した者に許しを与える権限を与える」と記した。さらに「このことに関する規定は慈しみの特別聖年に限定したものだったが、これと矛盾する別段の定めがあろうとも、ここにこの規定を延長する」と述べた。

 一方で法王は、「中絶は罪のない命を絶つものである以上、重大な罪だということを、できる限り強い言葉で再度訴えたい」と強調した。

 20日、サン・ピエトロ広場(Saint Peter's Square)にある青銅製のパネルが張られた「聖年の扉」を閉じ、特別聖年に終止符を打った法王は同日、インタビューで中絶は「非常に恐ろしい罪」だと語っていた。

 しかし翌21日、法王は特別聖年が終わったからといって、慈悲そのものがなくなるわけではないとして、罪人とされる人々にも悔い改める機会が与えられてしかるべきだと述べた。

 法王の書簡には、「悔悟する心が神の許しを求める時、神の慈しみが届かず拭い去れない罪はないと言える。またそう言わなければならない」「したがって、悔悟する者が特別の許しを求めていく上で、すべての司祭は、その者にとっての導き、支え、そして慰めになるように」とつづられている。


フランシスコ法王曰く、妊娠中絶は「非常に恐ろしい罪」「重大な罪」で、だから自分らバチカンが特別に許してやるんだとふんぞり返っている。何と態度のデカい水子供養霊感商法である事か! おまえらに「許し」を得なければならない筋合いなどどこにもねえよ、勝手な事言ってんじゃねえよ、人を勝手に罪人扱いすんなという話であろう。高橋源一郎が言ってる事と何が違うんだ? 少なくとも妊娠中絶の問題に関して言うならば、カトリックこそ世界最大の霊感商法カルトではないのか。アメリカのキリスト教右派もバチカンも、この点では大差がない。

ところがどうした事か、ローマ法王のこうした霊感商法まがいの発言を批判する人間は誰もいない。水子供養をネタにしているインチキ宗教と言ってる事自体は同じではないか。それなのに妊娠中絶反対論者を批判する際に「高橋源一郎みたいな奴」「トランプみたいな奴」という罵声を言う者はいても、「ローマ法王みたいな奴」という言い方はされない。これ自体が非常におかしな事ではないか。トランプもローマ法王も「中絶した奴ぁ罪人だ」という主張は同じなのに、なぜ前者だけボロクソに言われるのか。
毎日新聞に載った高橋の発言にしても、これはローマ法王の中絶に対する諸発言を参考にしている可能性が非常に高い。ああいう一見ソフトな言い回しで「許し」を与える振りして脅迫するというやり方、少なくとも高橋がローマ法王の論理に影響を受けているのは間違いないであろう。それなのに高橋やトランプは駄目で、ローマ法王はむしろありがたがる人間が山のようにいる。何かおかしくねえか、という話なのだ。

高橋源一郎は朴裕河だけでなく、倭王・明仁ならびに天皇制の熱烈な崇拝者としても知られている。「天皇の人権」がどうのこうの言ってる時点で本当に終わっており、この手の連中は倭王と天皇家の持つ「特権」については何も問題にしない。そんな天皇崇拝者の高橋が同じように「下々から何かよく分からないけどありがたがれているローマ法王」の言説に影響されても何の不思議もあるまい。高橋源一郎のようなタイプの人間にとって、明仁やローマ法王のような存在は大変ありがたい(文字通りの)「アイドル」なのだ。こうした「ありがたく見える上品な権威者」を支持してみせる事で、この手のリベラルぶったエセ紳士は自分も権威者のごとく振舞う。その「ありがたく見える上品な権威者」として代表的なのがローマ法王であり、明仁であり、オバマやヒラリーなのだ。

ローマ法王、明仁、バラク・オバマ、ヒラリー・クリントン。この4者に共通しているのは紳士淑女の振りをしながらその本性は極めて嫌らしいという事、民主的で洗練された振りをしながら実際には抑圧的な政治体制や宗教の指導者である事、人の目につきにくい所で強い悪人の側に奉仕する存在だという事であろう。オバマはアメリカ初の黒人大統領だと言うが、黒人が白人警官によって理由もなく最も多く殺されたのもオバマ時代ではなかったか。オバマは黒人の振りをしているが、中身は白人そのものだ。アフガニスタンやイラクやシリアなど、第三世界でオバマとヒラリーが行った虐殺行為はブッシュ並みかそれ以上ではないのか。ローマ法王のフランシスコは世界中で聖人もしくは「カトリックの保守的性向や既得権に抵抗する優れた法王」のように見られているが、バチカンはその歴史を通じ一貫して強者や帝国主義の側に立ってきた宗教本山である。例えば歴代ローマ法王が韓国を訪問したのは全斗煥、盧泰愚そして朴槿恵といういずれも民主主義とは遠くかけ離れた独裁政権の時代ばかりであり、その訪韓は民衆の抵抗心を削いで独裁者に奉仕する結果しか生まなかった。フランシスコが2014年に韓国を訪問してセウォル号被害者遺族に寄り添っただって? 明仁が被災地を訪問して「おことば」を言うのと何が違うというのか? あの時韓国のマスコミでは「法王様は偉いのに、それに引き換え朴槿恵は…」という話がよく言われたものだ。このセリフは日本にいる我々にも聞き覚えがある。「明仁陛下は平和主義者なのに、安倍は…」
バチカンはかつて日帝植民地時代の朝鮮人信徒に対して「総督府に従え。独立運動などするな」と言っていた事、それに対する謝罪は依然として行われていない事を忘れてはならない。その為に安重根(天主教徒)は長らくカトリックの世界では「反逆者」扱いされていたのだから。
「自国民には人権や民主主義や民族自決を一定程度(全面的ではない!)容認するが、他国のそれに対しては攻撃して破壊しようとする」
これは帝国主義の大きな特徴の一つであり、アメリカと日本とバチカンはその典型と言って良い。

日本の左派的な人々の間ではアメリカ新大統領ドナルド・トランプの「悪役人気」が大変なようである。口を開けば「妊娠中絶を禁止しようとしている」「人種差別だ」「移民の入国を禁止しようとしている」といった悪口を目にしない日はない。だがよく見れば分かるようにトランプとフランシスコ法王の間にどれほどの差異があるというのか。どっちも妊娠中絶は罪だというカルト思考の持ち主なのに、トランプや高橋源一郎だけが非難され、ローマ法王は攻撃されない。同性婚に対するスタンスも両者は基本的に同じである。「同性愛については一応認めるが、同性婚は認めない」というのがトランプフランシスコの共通項だ。もっとも両者は同性愛問題関連の発言をこれまで事ある毎に二転三転させてきたので、それをどこまで信用して良いかは分からないが。
明仁や天皇制に手厳しい人間でも、なぜかローマ法王には甘い場合が多い。しかしながらバチカンにはこれまで高位聖職者による児童性虐待事件やバチカン銀行のマネーロンダリング(これは漫画ゴラクの「白竜」でネタにされた)問題などが何度もあり、バチカンやローマ法王といえども妊娠中絶だけでなくセクシズム問題・金融経済腐敗問題・歴史認識問題から自由足り得ないのである。

トランプと大統領の座を争ったヒラリー・クリントンはどうか? アメリカでも日本でも韓国でもリベラルぶったエセ紳士・淑女がヒラリーを支持したが、明仁やローマ法王を崇拝するのと同じ嫌らしさに満ちていた。「自分は知識と良識のあるリベラルのセレブだからヒラリーを支持するんだ」と言わんばかりに。実際に韓国のハンギョレは論説委員がヒラリー支持者ばかりだったが、同紙は同時に韓国で最も明仁を美化・礼賛している新聞でもある。しかしながらヒラリーという女の実態はどうか。

トランプ「全てのイスラム教徒の入国を禁止したれやあああああッ!」
ヒラリー「ついにカダフィの野郎をぶち殺したったでえええええッ!」

…トランプが駄目でヒラリーならオッケーなどと言える連中の人格を疑う。クソの姿をしたクソ(トランプ)と、味噌のような姿をしたクソ(ヒラリー)。まだ前者の方が間違って口にする事がないだけナンボかマシだ。後者を間違って口にしたら目も当てられまい。もっともヒラリーや明仁を支持する人間は味噌のような姿をしたクソでも喜んで食うのかもしれないが。

今現在SNSなどでトランプ批判に血道を上げている者は、このまま行ったら重大な過ちを犯す事になるのではないかという嫌な予感がしてならない。日頃から民族差別やセクシズムの問題や日本の軍拡化に対してまっとうな事を言って来た人々ほど、激しいトランプ批判を頻発しているように感じられる。それは別に良いのだが、批判はもう少し慎重かつ論理的に行われるべきであろう。トランプが悪人である事は確か(何しろアメリカでも有数の強欲経営者だったのだから!)だが、それをあたかも世界における悪の全ての根源のごとく感情的に罵るのは間違っている。これまで見てきたように妊娠中絶や同性愛に対するスタンスにおいて、トランプもローマ法王も違いはほとんどない。それなのに妊娠中絶反対派を「トランプみたいな奴」とは言っても、「ローマ法王みたいな奴」と罵る事がないのはなぜなのか(もちろんそんな事を言うと褒め言葉に受け取られてしまう可能性もあるが)。トランプは下品だが、フランシスコ法王やヒラリーは「上品」だからか。トランプ批判をする際にはそうした点を一度よく考えてみる必要がある。

これはロシアのプーチンやフィリピンのドゥテルテを論じる際にも同じ事であろう。プーチンやドゥテルテをあたかも安倍晋三と同列に並べて誹謗中傷する者が多いが、果たしてそれは正しいのか。「米軍は出て行ってくれ」というドゥテルテと、辺野古の米軍基地を何が何でも作ろうとしている安倍がどうして同じなのか。アメリカの中国包囲網という軍事戦略(もちろん日本はその中核である!)に穴を開けようとしているのがドゥテルテである。日米の軍事行動に反対する立場なら、それをどう考えるべきか。ドゥテルテは自国の麻薬犯罪者を大量に殺害したというが、その一方で国内の共産党ゲリラとは停戦して和平を進めている点はどうなのか。オバマとヒラリーは無人機まで飛ばして他国の民衆を大量虐殺したが、ドゥテルテが少なくとも他国を侵略してそこの民衆を大量虐殺したという話は聞いた事がない。プーチンが80%から90%の高い支持率を保ち続けている最大の源泉は「財閥解体」ではなかったか。ソ連崩壊後に国家財産横領で一財産築いて民衆から怨嗟の的になっていた「オリガーク」という新興財閥達を、プーチンは少々荒っぽい手を使ってでも一網打尽にした。日本でも韓国でも大企業や財閥の横暴が酷く、多くの労働者が低賃金・長時間労働で酷使されている状況からすれば、プーチンを単純に「人殺し」扱いして終わらせる事は出来まい。大企業にこの上なく優しい安倍をどうしてプーチンと同一視出来るのか。間違いなく安倍は全否定されるべき輩だが、ドゥテルテやプーチンは少なくとも正邪相半ばするという評価は出来るだろう。プーチンやドゥテルテを批判するにももう少し論理的で、ロシアやフィリピンの国内外情勢や歴史的経過を踏まえて行わねばならない。

現在日本の左派的な人々の間で、特にツイッターなどのSNS上で行われているトランプ批判の数々はあまりにも非論理的で感情的に過ぎるものが多いと思う。「トランプ憎し」の感情だけで突っ走ってエスカレートしたら道を誤る結果になるのではないか。かつてドイツ緑の党がユーゴ空爆に賛成し、一部の沖縄米軍基地反対運動が「本土引き取り」に走ったように。こうした市民運動や左派が道を誤るきっかけはほんのささやかな逸脱からである場合が多い。それが取り返しのつかない結果を生む危険性がある事、それは常に自戒し、自制・自省・自重が求められる。そもそもトランプ、プーチン、ドゥテルテのような国家指導者が登場する事自体、今の世の中が危世・乱世である事の何よりの証左ではないか。このような世情ゆえに大胆な行動と同時に自制と自重が求められる事は自明の理であろう。

最低限「トランプもヒラリーもローマ法王も明仁も同じ穴のムジナ」という事を前提にすべきであろう。
同時に「ドゥテルテ&プーチンは安倍と同じ穴のムジナとは言えない」という事も考慮すべきであろう。
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