「そうか、死んだのか」というのが第一に感じた事だった。誰の訃報かというと、中村製作所、すなわち旧ナムコ(現バンダイナムコホールディングス)の創業者であった
中村雅哉の事である。享年91であったというから、いい齢ではあったろう。筆者も半生をビデオゲームに懸けて来た人間の一人として、色々な意味で感慨深い。
中村雅哉はナムコという、この世界では外す事の出来ないヒットメーカー・大手メーカーを起こした事から、間違いなく斯界のタイクーン(tycoon)すなわち大立者の一人であった事は間違いない。アタリのポンから始まって、ジュークボックスやデパートの10円木馬、1977年のスペースインベーダーブーム時代を生きて来た大立者の経営者も存命者はいつの間にか少なくなって来た。時代がもうここまで来たのかと思う事しきりである。
中村雅哉という人物についてはナムコの会長、さらに日活の買収など派手な光の部分が広く知られると同時に、その影の部分も決して見逃す事が出来ない。それはこの男の仇名である。中村雅哉は通称「魔王」と呼ばれた男であった。何の「魔王」かって? それは当然「エロ魔王」に決まっているではないか! とにかくこの社長、セクハラが酷かった。会社が小さかった頃はそれほどでもなかったらしく、倉庫や工場みたいな所で社員と一緒にゲームの事を色々と熱心に研究したりしていたそうだが、ゲームが売れて新しい大きな自社ビルが出来ると(ファミコン版ゼビウスの辺りか)そうした事をまるでやらなくなって社長室に籠り、口を開いてもゲームの話は出ずに株価の事ばかりだった。それと同時に女子社員へのセクハラも酷くなり、それで退職した者も数え切れないという。90年代後半にはナムコ米国社の既婚女性社員をレイプして裁判にまでなっている。これは当時「フォーカス」にも大きく記事が出たので、ゲーム業界の人間やゲームマニアであれば覚えている人も少なくないであろう。この時に中村が発したというセリフ
「おまえを犯してる男を見ろ!」は今でも一部のゲームマニアの世界では爆笑・哄笑・酒の肴として嘲笑の対象になっている。そんな人間であったから、付いた仇名が「エロ魔王」だの「スケベの巨悪」だのさんざんだった。
おまけに自家ジェット機を持ってるくらいの金持ちのくせにえらいケチで、日活を買収した際も映画の制作費を削りまくっては、その一方で出演女優にセクハラするなど、ロクなものではなかったという。
ナムコの代表的ゲームの一つに「アイドルマスター(アイマス)」シリーズという、プレイヤーがプロデューサーになってアイドル(男女いずれもあり)を育成するというシミュレーションがある。このゲーム中では育成対象のアイドルキャラが所属する事務所というのが設定されており、当然そこの社長もいて、プレイヤーの操作する主人公プロデューサーはその部下という設定だ。この「アイマス」の事務所社長の名は当時のナムコ社長から引っ張ってくるのが定番となっており、例えば初代「アイマス」の社長は「高木社長」となっていて、これは当時のナムコ社長であった高木九四郎に由来する。その後ニンテンドーDSで出た「アイマスDS」ではアイドルの所属事務所社長が「石川社長」となっており、これも当時のナムコ社長である石川祝男に由来するものであった。「当時の会社トップの名を劇中事務所社長の名に転用する」というのが「アイマス」シリーズの当初はある種の伝統になっていた訳である。ところが我々はここで恐るべき事実に衝突しなければならない。歴代「アイマス」の劇中社長に「中村」という名の社長は登場しないのである! なぜ? これについて公式な発表はなく、それを突っ込んだ開発者インタビューなども存在しない。だがそのようなものがなくても、我々にはその理由が十分に理解出来るではないか! 一言でその回答を言おう。
シャレになんねえからだよ!
…ナムコ(に限った話ではないが)のゲーム業界における栄光の裏には悲惨な影の部分も少なくなかった事は事実である。中村雅哉の数え切れないセクハラ・レイプ事件しかり、
2010年代になっても同社にはリストラによる左遷で自殺者が出ているし、一時期のナムコにおける社員待遇の悪さは語り草であった。労働組合を作るような社員は即刻辞めてもらうというのが中村の方針であったし、それがこうした諸問題を生み出す一因になったのではあるまいか。ビデオゲームを語るにあたってはその「栄光の産業史」やヒットゲームの礼賛だけでなく、その犠牲なってきた者や闇の部分にも光を当てねばならない。業界のタイクーンであってもそれから免責される事があってはならないのである。中村雅哉という大立者の死に際してもその事だけはきっちりさせておきたい。
ゆえに中村への最後の手向けとして、筆者から以下の言葉を送っておきたい。
エロ魔王墜つ!PR