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佐高信終了のお知らせ

何週間か前に週刊金曜日で福沢諭吉批判の特集記事が載った事がありました。「脱亜論」はじめとして朝鮮侵略を煽り立てた福沢への当然といえば当然過ぎる批判なので、これ自体は最近の同誌にしてはまあそんなに悪くない企画でしょう。が、週刊金曜日は「福沢諭吉伝説」の著者・佐高信が社長として取り仕切っている雑誌。同著で佐高は「脱亜論を覆す」とまで言って、福沢の朝鮮侵略を彼の本意ではなかったかのように弁明していました。それこそ見ている側が苦笑したくなるほど必死になって。佐高信が福沢をあそこまで必死になって擁護・正当化する大きな理由の一つは、彼が慶応大学出身の「慶応閥」という事にあります。慶応大学では福沢諭吉批判は最大のタブーとされ、内部では福沢以外の人間を「先生」と呼んではいけないという不文律まである事は比較的有名ではないでしょうか。早稲田大学の内部でさえ大隈重信批判は可能である事を考えれば、慶応閥の閉鎖性はかなり異常なものがあると言えます。前述の「福沢諭吉伝説」はかの産経新聞社長にして佐高と同じ慶応閥の住田良能(すみた・ながよし。読み難い名前なので一応)に勧められて書いた本なのですから、あのような内容になるのは最初から決まっていた事でした。まともな福沢研究などとはとても呼べるものではなく、ただの慶応閥人脈によるどうという事のない福沢礼賛本に過ぎません。
また、一応左派という事になっている佐高と極右新聞・産経社長である住田が「マブダチ」である事は彼のスタンスを知る上でも重要な要素です。佐高が日経や読売の社長を批判しておきながら、それら以上に右寄りな産経の社長を決して批判しない理由もこれで分かるでしょう。
そんな人間が仕切っている雑誌で福沢諭吉批判特集が載って、なおかつその道では第一人者とも言うべき安川寿之輔のインタビューまで載ったのですから、これはどういう風の吹き回しかとも思いました。で案の定、佐高社長の反撃が現時点最新号(2010.09.10号)で載った訳ですが…。
 
 
まあ、まともな反撃と言える水準のものではなく、この暴言については、色々な所から突っ込みや批判が入っています。
 
 
 
 
など上記のものが主な所ですが、佐高の今回の暴言には筆者からも一言突っ込みを入れておきたいと思います。筆者が佐高の暴言について言っておきたいのは、他ならぬ佐高自身の朝鮮半島に対する歴史観や歴史認識というか、近現代史に対する基礎的な知識に他なりません。
上記「風速計」で佐高は、福沢諭吉が「朝鮮独立運動のリーダーである金玉均を、自らの身に危険が及ぶのを覚悟で助けた」としていますが、この発言には見過ごせない重大な詭弁が含まれています。それは金玉均(キム・オッキュン)を「朝鮮独立運動のリーダー」としている事です。これは実はかなり珍妙な言い方で、現在の朝鮮・韓国では一般的に彼とその仲間達は「開化派」と呼ばれ、「独立運動家」と呼ぶ人はほとんどいません。確かに金玉均や朴泳孝(パッ・ヨンヒョ)といった人脈達は自らを「独立党」と称していましたが、それでも彼らを現在では「独立運動家」とはあまり言わないのです。なぜか? 現在、朝鮮半島の近現代史を語るにあたって「独立運動(家)」と言うと一般的には日帝植民地時代(現在の韓国では日帝強制占領期、略して強占期と言われる事が多い)の抗日独立運動を指すからに他なりません。ではそれより一世代前の金玉均ら開化派の言う「独立」とは何だったかというと、当時の李氏朝鮮が服属していた清(中国)からの独立を指していたのです。もちろん服属とは言ってもこれはかつて中国の歴代帝国と周辺諸国の冊封関係であって、多少の内政干渉はあったにしても朝鮮がれっきとした独立国である事に変わりはありません。日帝時代のような完全な植民地状態や、現在の日米関係(笑)とは全く違う訳です。「清から独立して朝鮮の近代化を図る。その為に日本の明治維新を手本にし、同時に日本からの助力を得てそれを達成する」という「反清・親日路線」が開化派の思想でした。ただし日本の協力を仰ぐといっても、後の庚戌国賊(日韓併合に賛成・調印した朝鮮の高官8人)のようにあからさまに国や民族を日帝に売り渡そうとするのではなく、飽くまでも近代化の為に日本の協力を取り付けて利用しようという程度のものでした。とはいえ、金玉均についてはズブズブの親日派であったという評価をする人もかなり多く、実際に彼らのあまりに日本を頼りすぎる体質・言動が後に大きな禍根を残す事になったのもまた事実です。彼ら開化派・独立党のクーデター(甲申政変)は三日天下で終わりましたが、それを思想的にも人脈的にも受け継ぐ「独立協会」という党派が後に結成されます。ところがその独立協会の委員長を務めた中心的人物が他ならぬ庚戌国賊の総理大臣・李完用(リ(イ)・ワニョン)でした。朝鮮を日本の植民地にした、朝鮮側で最大の責任者・犯罪者として指弾されている人物です。李完用らの言う「独立」もまた先達の金玉均らと同じく「日本からの独立」では決してなかった事は言うまでもありません。
金玉均自身には国や民族を日帝に売り飛ばすほどの考えはなかったとしても、その後継者達はそうではなかったのです。確かに金玉均は朝鮮の近代化を図った先駆者としての評価は出来ますが、同時に日本を頼りすぎるという大きなマイナス面がありました。金玉均が活躍した時代には、すでに日本による朝鮮への軍事的・経済的な侵略が始まっていたのですから。その思考を受け継いだ者達がさらに日本寄りになってとんでもない売国奴や民族反逆者と化した訳です。
(ちなみに李完用については、朝鮮語の読める方はウィキペディアの韓国版と日本版双方の記述を読み比べてみる事をお勧めします。記述内容の極端な違いはもちろん、質・量ともに雲泥の差があり、日本版ウィキペディアがいかにひどいネット右翼や歴史修正主義者の巣窟であるかが良く分かるでしょう)
http://ko.wikipedia.org/wiki/%EC%9D%B4%EC%99%84%EC%9A%A9
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%8E%E5%AE%8C%E7%94%A8
 
福沢諭吉が援助した「朝鮮独立運動のリーダー」はこのような人物であり、歴史的背景がありました。金玉均ら「開化派・独立党」人脈を現在の朝鮮・韓国で「独立運動家」とあまり言わないのは当然でしょう。後の日帝植民地下の独立運動とは「独立」の方向性が180度違うばかりか、「開化派・独立党」系統の人脈は抜き難い親日派的性格の為に朝鮮を日本の植民地化へと導く原因を作ってしまった訳ですから。それらを後の抗日独立運動と紛らわしい言い方で呼べるはずもありません。
 
福沢は近親者に朝鮮の経済・軍事侵略上の利権者が山のようにおり(詳しくは広瀬隆の「持丸長者 国家狂乱篇」参照)、そんな彼が日本を頼りにしようとした金玉均を助けたのは当然過ぎる話です。
 
「朝鮮独立運動のリーダーである金玉均を、自らの身に危険が及ぶのを覚悟で助けた」
のではなく
「反清・親日の朝鮮開化派リーダーである金玉均を、自らの一族の利権の為に助けた」
というのが歴史の真実です。
 
「自らの身に危険が及ぶのを覚悟で助けた」? 貪欲な利権屋である福沢が利権の為に多少危険な橋を渡った所で何の不思議もないでしょうに。利権の為に危ない橋を渡る事などいつの時代にもある事です。今をときめく小沢一郎や鈴木宗男だって…。
 
当然、金玉均ら開化派に利用価値がなくなればいとも簡単に切り捨てました。金玉均らのクーデターが失敗に終わってからの福沢は「脱亜論」を著して朝鮮に対する軍事侵略を積極的に鼓舞するようになりますが、それは一族の朝鮮侵略利権の擁護・援護射撃を穏健的な「文化政治」から強権的な「武断統治」へと、情勢に合わせて変化させたに過ぎません。
 
さて、佐高信が金玉均という「親日的な開化派」についてわざわざ「朝鮮独立運動のリーダー」と紛らわしい言い方をした魂胆がこれでお分かりいただけたでしょう。福沢が朝鮮侵略思想家でなかったという事を強調したいが為の詭弁に他なりません。何も知らない人がこれを読めばまるで福沢諭吉が「日帝植民地下の独立運動を助けた」かのような印象すら受けかねないでしょう(実際には、この頃の朝鮮は日本によって様々な軍事的・経済的侵略を受けてはいましたがまだ完全な植民地ではなく、どうにか独立を保っていた状態なので、なおさら誤解を受け易い)。しかしながら現実の史実とは符合しないのです。何よりも福沢は金玉均は助けましたが、甲午農民戦争の指導者で日本の侵略に抵抗した全奉準(チョン・ボンジュン 奉の字は正しくは王へんが付く)は助けなかったという歴史的事実こそが最も雄弁に福沢の本性を語っているのではないでしょうか。それどころか、福沢にとって全奉準のような人間は「匪賊」、今風に言えば「テロリスト」であり、一族の朝鮮侵略利権の為には「対テロ戦争」で撲滅すべき対象でしかなかったはずです。
佐高信という男が明らかに日帝による朝鮮侵略史をまともに知らないか、あるいは捻じ曲げて語って(騙って)いるのは明らかです。全ては慶応閥にとっては唯一の「先生」たる大福沢諭吉先生の名誉の為に。そんな事の為にこの男は歴史をも捻じ曲げようとしました。
アジアと福沢を秤に掛けりゃ、言うまでもなく先生が重い。いや、多分彼にとっては「福沢先生」はアジアどころか宇宙よりも重いでしょう。もはや救いようがありません。
 
とは言え、それに反論しようというのが漫画原作者の雁屋哲というのもお寒い限りです。筆者も昔の雁屋哲原作漫画は好きでしたし、今読んでも痺れるような革命的バイオレンスアクション作品は少なくありません。が、最近の雁屋はすっかりふやけて駄目で、今や完全に老害と化しました。
雁屋哲と佐高信にどれほどの違いがあるでしょう。
彼のブログや著作を読めば分かる通りですが、雁屋哲は日本国憲法について「アメリカの押し付け憲法だから気に入らない」という憲法観の持ち主であり、共産党を嫌っており、西松事件の際には小沢一郎を擁護しており、民主党支持者であります。最近流行り(?)の「反共左派・民主党支持者」という奴でしょう。
佐高も週刊金曜日やマガジン9条の首脳である事から事実上の解釈改憲論者である事は明白ですし、共産党に対する誹謗中傷は当たり前、昔と違って今では小沢一郎とのベッタリぶりは見ての通りで、当然現・民主党政権のサポーターみたいな役どころにあります。
ほとんど政治的には一緒じゃありませんか。違うのは福沢諭吉に対する評価ぐらいでしょう。それどころか雁屋哲という男は、共産党転向者にして拉致問題の強硬派(言うまでもなく今の日本では拉致問題や北朝鮮に対して強行である事が極右の必須条件の一つ)の一人である有田芳生(現在は民主党参院議員)を最も熱心に応援しており、太平洋戦争に関しても「日本はアメリカに対して乏しい物資の割には善戦した」という「旧日本軍はがんばった論者」である事から、ある意味佐高信以上に危険な側面を持った人間である事を忘れてはなりません。
佐高の福沢諭吉礼賛は確かに頑迷で愚かな限りではありますが、それに雁屋のような人間が噛み付いた所でねえ…。ま、小林よしのりと佐藤優が潰し合いをした時と同じように、シャモや闘犬でも見るような感覚で両者の「論戦」を嘲笑しつつ拝見する事にしましょうか。爆笑・哄笑・酒の肴くらいにはなるでしょう。
「敵から見たら」ではなく、「アジアや朝鮮から見たら」「侵略された側から見たら」という視点の欠如した佐高信も雁屋哲も「敵味方論」で言えば、いずれもアジアや在日朝鮮人にとっては少なくとも「味方」では絶対にないからです。
 
いずれにせよ、かつて支持・愛読した本や雑誌の著者・編集者である佐高信、雁屋哲、本多勝一、岡留安則といった面々の今日のような醜態だけは本当に見たくありませんでしたね。それだけは返す返すも残念ではあります。
「これ以上俺の中にある、あんたらの伝説を汚さないでくれ」
 
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