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自民党のバカ世襲議員を勘違いさせて天狗になってる劣化コピー3流漫画家

安倍晋三や石破茂など自民党には脳味噌にシワのないツルツル政治家が沢山いる訳ですが、それらに多大な影響を与えてきたのがかわぐちかいじです。少なくとも日本の漫画家で彼らに最も大きな影響を与えたという点では弘兼憲史と双璧を成すのではないでしょうか。昔の自民党政治家といえば安岡正篤だの四元義隆といった一応「右翼思想家」(が、実態はただの恐喝殺人暴力屋かペテン師)の著作などを読んで影響を受けてきた訳ですが、それよりも世代が下ると愛読書ももっとレベルが下がってかわぐちだの弘兼だのになる訳です。
で、件のかわぐちセンセイは長年連載してきた「ジパング」の最後の単行本が出て御満悦な様子ですが、この作品の内容を一言で言い表すと「出来の悪い戦国自衛隊」そのもの。こんな半村良の焼き直しを堂々と発表して恥ずかしくないのでしょうか。しかも半村良が若い頃に書いた作品で軍国主義の復活を警告した「軍靴の響き」をかわぐちは漫画化した事があるのですから、なおさら半村に対する冒涜です。その半村良は晩年にSF作家として行き詰って売れなくなってから極端に右翼的な方向に行ってしまいました(かの新しい歴史教科書をつくる会の賛同人にもなっていた)が、彼の作品をパクって代表作にしたかわぐちかいじはそれと違って若い売れない頃から右翼的な漫画家でした。
70年代のかわぐちは今と全然違っていて非常に泥臭い絵をしており、少なくとも女性ファンは絶対つかない、およそビジュアル系とはかけ離れた絵でした。今ではジャンル的にほぼ絶滅して想像も出来ませんが、「沈黙の艦隊」が連載を始めた80年代末の一時期には同作のやおい(ボーイズラブ)同人誌を出している女性同人サークルがコミケやコミックシティでかなりの数存在していた程です。今ではかわぐち作品の女性向け同人誌を出してるサークルなどコミケでもかなり数が減り、同人誌の世界での人気は一時に過ぎませんでしたが、それなりに女性にウケる男前のキャラは描けていた訳です。しかしながらそれよりも大分前、70年代のかわぐちの絵柄はこの時代特有の泥臭い売れない陰鬱な劇画タッチそのものであり、少なくとも当時の絵柄で「沈黙の艦隊」を描いていたら絶対にやおい同人誌のネタにするサークルなど現れなかったでしょう。それほど違います。
まあ、絵柄はともかくとして、70年代のかわぐちかいじは2.26事件などの「国家を憂う右翼的青年将校の叛乱」(笑)をネタにした作品をやたらと描いていました。筆者はこれらの作品を認めていませんが、それでもこの頃のかわぐち作品では主人公の青年将校らが最後は「朝敵」扱いされて鎮圧されたり自殺するなどといった描写をしていた訳です。「自分達は天皇の為に決起したのになぜ鎮圧されるのだ?」という青年将校が当時のかわぐち作品に多く見られたテーマでした。あるいは日本敗戦で天皇が人間宣言したのに絶望する右翼とか。早い話この頃のかわぐちかいじとは「出来の悪い三島由紀夫」だった訳です。ま、中二病だね。
その後80年代前後期にかけてはさすがに売れなきゃ食ってけないという事に気付いたか、絵柄を大改造して勝目梓などハードボイルド系小説家の原作を漫画化したり、麻雀劇画(「プロ」「はっぽうやぶれ」など)や俳優の漫画「アクター」などエンターテイメントに特化して政治色を封印した作品で売れっ子になります。
で、80年代末に「沈黙の艦隊」という安倍晋三や石原慎太郎らに絶賛・愛読される非常に右翼的な作品に先祖帰りして今の地位を獲得する訳ですが、「沈黙の艦隊」以降のかわぐちは単純な右翼漫画家への回帰ではなく、ある部分が変質して先祖帰りしたと言って良いでしょう。つまり安倍や石原・石破・麻生太郎などの政治家が喜びそうな派手な描写をするようになったという事です。昔のかわぐちであれば泥臭い絵柄で2.26事件の青年将校が岡田啓介や高橋是清らを「天誅!」とか叫んで陰惨に襲撃したり殺した挙げ句、最後に自分達も天皇に対する叛徒として扱われて陰惨に鎮圧されたり自殺する漫画を描いていた訳ですが、こんなあまり景気の良くない暗い話ではさすがに大衆ウケしませんし、石原だってシンパシーは感じてもあんまり派手にお勧めはしたがらないでしょう。安倍晋三や麻生太郎に至っては知能が低すぎてそもそもお話の時代背景すら理解出来ないんじゃないでしょうか。ところが「沈黙の艦隊」以降のかわぐち作品の主人公はやはり昔と同じ青年将校かそれに類するキャラばかりなのですが、かつてとは全然違って皆一様にカッコ良くなる訳です。しかも派手にドンパチをやって大活躍、少なくとも2.26の青年将校のように泥臭い陰惨さは全然ありません。物語の中で演じてる役割が「血染めの紋章」なんかの頃と全く同じでもです。根っこの部分は同じでも描き方はまるで変化したという事ですね。
つまり安倍や石破のような頭の悪い人間でも理解の出来る水準まで表現レベルを落とし、彼らが作中の主人公になったかのような妄想にひたれるような構成をし、それでウケた訳です。かつて噂の真相の記事に書かれていた事なのですが、安倍だの石破だの麻生だのは口を開けばかわぐちかいじや弘兼憲史の漫画の事ばかり話しており、しかもその話を聞くと他人を思いやるという思考が全く感じられなかった。要するに児童殺人事件を起こした酒鬼薔薇や長崎の中学生と何の違いもない、と。間違いなく安倍や石破はかわぐち作品を読みながらその主人公である海江田四郎や柳舷一郎を自分だと思い込んで精神的な自慰行為に浸っていたのでしょうね。ああ、気持ちが悪い!

かわぐち本人も度々賞を取ってそうした右翼政治家達に支持されて大きな影響を与えたのですからさぞかし鼻高々でしょう。しかしながら「ジパング」など実際には「戦国自衛隊」どころか一時期大量に出てた仮想戦記の三文小説と何の違いもありません。仮想戦記というのは要するに「昔の戦争で史実と違う結果になっていたらどうだったか」というのを描いた物語で、特に旧日本軍がアメリカに勝っていたらというネタを扱った「紺碧の艦隊」などが有名でしょう。今ではその多くが廃れましたが、かわぐちの「ジパング」はそれらが凋落した間隙を突くかのように浮上してヒットしました。しかし双方にどれほどのが違いがあるのでしょうか。両者共に侵略されたアジアの視点が皆無という点と、それをごまかして免罪する為かナチスドイツを悪役にして日本側がそれの攻勢を食い止めたりヒットラーを暗殺しようとする描写のある点が驚くほど共通しています。要するに彼ら作者達も大日本帝国を美化しすぎる事に多少の後ろめたさはあるのでしょう。だからこそ当時同盟国だったナチスドイツを悪役にして、それに日本が対抗するという設定でごまかそうとする。でもね、それは歴史を直視する勇気のない卑怯な臆病者だという事を自ら告白しているようなものですよ。

昔のかわぐちかいじが「出来の悪い三島由紀夫」なら今の彼は「それをフォトショップ加工して見た目を良くした」ものと言えるでしょう。多くの自民党政治家(民主党にもかわぐち作品のシンパはもちろんかなりの数いる訳ですが)に大きな影響を与えて売れっ子の大作家になっても本人の中二病は決して変わってはいないのです。

「ジパング」最終巻刊行 漫画家、かわぐちかいじさんに聞く
 

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