・戦後日本の肯定と美化という歴史歪曲
従軍慰安婦問題はじめとする大日本帝国の犯罪行為について、必ず付きまとうのが当の日本による「歴史歪曲」の問題だ。「従軍慰安婦はただの売春婦であり、決して強制ではなかった」「強制連行はなかった」「関東大震災の時に朝鮮人による暴動は本当にあった。だから虐殺はやむを得なかった」「日韓併合は合法」「日本は植民地時代の朝鮮にいい事をしてやった」「南京大虐殺はなかった」「軍艦島は日本の輝かしい産業革命遺産」「日本はアジアをヨーロッパの植民地から解放する為に戦争した」などなど。こうした日本人自身による荒唐無稽な歴史歪曲と捏造話を誰しも一度は聞いた事があるだろう。そして今の日本ではこうした歪曲史観こそが、冗談ではなく本当に社会の主流となっている。テレビを見ればそうした番組が毎日のように放送されているし、本屋に行けばその手の本がどこでも山と積まれて非常に良く売れているという。帝国主義国家の中で日本ほど歴史修正主義の天国はない。
「日本の歴史家を支持する声明」に戻ってみると、この声明では「日本の多くの勇気ある歴史家が、アジアでの第2次世界大戦に対する正確で公正な歴史を求めていることに対し、心からの賛意を表明するものであります」としており、そうした歴史修正主義者達とは一線を画した「勇気ある歴史家」へのエールとなっている。なるほど。その「勇気ある歴史家」とやらが日本にどれだけいて、どんな人間達なのかは具体的に挙げられていないので分からないが、とにかくそうした歴史家を支持するのだと。日本帝国主義の被害者当人達ではなく、歴史家の側を支持するという回りくどい主客転倒な論理については前回指摘した通り大きな問題なのだが、それでも日本の歴史修正主義に対抗するという意味はあるように見えるだろう。
そう、この声明は日本の歴史修正主義に対抗するものなのだ、と。
では、この声明に込められた歴史観、具体的にはこの声明を作成した人間達の歴史観と言うべきだが、それは一体どのようなものであろうか?
「この声明は戦後70年という重要な記念の年にあたり、日本とその隣国のあいだに70年間守られてきた平和を祝うためのものでもあります。戦後日本が守ってきた民主主義、自衛隊への文民統制、警察権の節度ある運用と、政治的な寛容さは、日本が科学に貢献し他国に寛大な援助を行ってきたことと合わせ、全てが世界の祝福に値するものです。」
「今日の日本は、最も弱い立場の人を含め、あらゆる個人の命と権利を価値あるものとして認めています。」
この声明では上記のように述べている。戦後の日本は平和で、素晴らしい民主主義国家だった! 自衛隊もきっちり文民統制されており、警察も節度を持って治安を守ってきた! 日本は外国に多大な援助をしてきたし、社会的弱者の命と権利も認めてきたのだ!
…これは冗談や皮肉ではなく、この声明が真顔で主張する「戦後の日本国家像」である。これが戦後の日本だって? 何をどう見たら日本の戦後70年がこのように見えるというのか?
1945年の日本敗戦から2年後の1947年に「不戦・非武装」を謳う今の日本国憲法が出来たものの、1950年の朝鮮戦争勃発後には早くも自衛隊の前身である警察予備隊が創設され、わずか3年で憲法9条は反故にされている。1950年からの違憲状態が日本ではもう65年も続いているのだ。さらに日本は朝鮮戦争に海上保安庁(旧日本海軍をルーツに持つ、準海軍組織)の特別掃海部隊を派遣しているばかりか、いわゆる「朝鮮特需」と呼ばれる軍需景気によって莫大な経済的恩恵を受けた。戦後日本の経済発展が「朝鮮特需」と、その後再びベトナム戦争で同じような事を繰り返した「ベトナム特需」なしにあり得なかった事は誰もが知る所である。
戦後間もない時期だけではない。1991年中東湾岸戦争後の自衛隊掃海部隊のペルシャ湾派遣に始まり、その後は自衛隊のPKO海外派兵が常態化するようになる。しかもこれら自衛隊派兵(PKOであるかないか問わず)は決して「平和・人道」の為に行われたものなどではなかった事に留意せねばならない。2003年のイラク戦争の際にも米軍支援の自衛隊派兵が論議されたが、当時の小泉内閣の閣僚達は皆一様に派兵の理由を「石油の安定確保の為」と答弁していた。石油の為の海外派兵だ! 石油が欲しいから軍事行動するんだ! アメリカの石油資本をバックにしたブッシュ政権でさえ絶対に口にしなかった(と言うより、だからこそそんな事は言えなかった)欲望丸出しの本音を、ここまで平然と言ってのける日本! まさに、全てが世界の祝福に値するものであります!
さらに今や日本の自衛隊は他国に海外駐屯基地まで構えているではないか。アフリカのジプチには自衛隊の基地が作られ、基地の保護の為に自衛隊が「必要な措置」がとれる、あるいは刑事裁判権を日本が「すべての要員について行使する」ことを明記するなど、事実上の「治外法権」とも言うべき地位協定をジプチ政府と結んでいる。まさに米軍が日本や韓国に対して結んでいるのと同じ「不平等条約」を、日本は自分よりもさらに弱い立場の国に対して押し付けているのだ。果たして今後、米軍が沖縄や韓国で仕出かしている蛮行(婦女暴行、地元民への暴力行為、頻発するひき逃げ、危険物質の不法投棄、核兵器・生物化学兵器などの無断持込と秘密実験など)を、日本軍(自衛隊)がジプチで絶対に行わないなどと保障出来る者がいるだろうか? 韓国では今、駐韓米軍によって炭疽菌やボツリヌス毒が秘密裏に持ち込まれて基地で実験が行われていたという恐るべき事実が暴露されたが、細菌兵器の実験と言えばかつて日本の731部隊も世界的に悪名を轟かせた。そしてその研究データと引き換えに731部隊関係者を戦犯から免罪してやったのがアメリカであり、そのデータに基づいて朝鮮戦争で実戦にまで使用したのもアメリカであった。そのアメリカは南朝鮮にある基地で21世紀にまたしても細菌兵器の秘密実験を行っていたという。
731部隊の蛮行だけでなく、旧日本軍が中国各地で秘密裏に遺棄した化学兵器が戦後に多くの犠牲者を出した事も忘れてはならない。駐韓・駐日米軍が後にさんざんやらかす危険物の不法投棄を、日本軍はこの頃から先取りしていたのだ。
このように本国で出来ない危険な実験や不法投棄も、治外法権な外国駐留基地ならやり放題である。後は野となれ山となれ。果たしてジプチの日本軍基地は…。
元祖人体実験731部隊の日本軍! その731部隊の「研究成果」が、あるいは遺棄した毒ガス兵器が事もあろうに戦後においても旧植民地国や被侵略国の民衆を殺し続けた平和国家日本! まさに、全てが世界の祝福に値するものであります!
これが「戦後70年間守られてきた日本の平和」とやらの実態である。朝鮮戦争でもベトナム戦争でもイラク戦争でも他国の侵略戦争に積極的支持を表明するか甚だしくは軍事組織をも派遣し、軍需景気や石油確保といった経済権益確保に血眼になってきた。さらに侵略戦争の落とし子とも言うべき人体実験のデータや遺棄した化学兵器が、戦後も被侵略国の民衆を殺し続けてきた。それが戦後日本の真の姿である。これを平和国家と呼ぶのは勝手だ。だがそのような歴史観に基づいた声明を平然と発表して恥じる事のない者達を「歴史修正主義者」と断ずるのもこちらの勝手である。
自衛隊の文民統制だって? 1963年の三矢作戦研究を知った上でそういう事を言っているのか? 自衛隊の軍人達が秘密裏に行ったこの研究はシビリアンコントロールとは最もかけ離れたものであり、極めて攻撃的な軍事作戦内容から、専守防衛とも180度考え方を異にする。三矢作戦ばかりでなく、その後も自衛隊からはシビリアンコントロールを屁とも思わない軍人が度々登場しているではないか。イラクで勝手に「駆け付け警護」をして戦闘行為に自ら飛び込む事を目論んでいた佐藤正久(イラク派兵時に第1次イラク復興業務支援隊長)や、日本の核武装を主張している田母神俊雄(当時航空総隊司令官)などは特に有名な例である。佐藤は今や政権与党自民党の国会議員であり、田母神は売れっ子の軍事評論家として自衛官時代よりも羽振りが良いぐらいだ。自国軍人がシビリアンコントロールに平然と背き、それどころかその後もさらに乗勝長躯(승승장구 朝鮮語で「出世街道」の意)・好衣好食(호의호식 朝鮮語で「贅沢三昧」の意)していい目を見られる国・日本! まさに、全てが世界の祝福に値するものであります!
警察権の節度ある運用だって? 日本警察の代用監獄や転び公防を知った上でそういう事を言っているのか? 日本の代用監獄が国際的な人権組織から撤廃勧告を受けたのは1度や2度ではない。警察の密室留置所で威圧的・暴力的な取調べが行われ、してもいない犯罪の自白を強要される。冤罪の温床となってきたこの制度が21世紀になっても存続し続け、国際的な批難にも関わらず日本という国はこれを改善するつもりが全くない。「民主主義国家」に生まれ変わったはずの戦後日本においてさえも!
さらに日本警察が左翼や市民運動を弾圧する為の常套手段に「転び公防」がある。逮捕・拘束したい相手の前で警察官が自分から勝手に転んでおいて、「暴力を振るわれて転ばされた。公務執行妨害だ」と言って逮捕する。知らない外国人が見れば笑い話か冗談と思うかもしれないが、これは本当に日本警察が最も頻繁に使う常套手段だ。転び公防に似た例として、立件すら出来ないような言い掛かりによる逮捕も多い。例えば日本では5月28日に、経済産業省前で反原発の抗議活動をしていた市民3人が建造物進入容疑で逮捕された上に、12日間も拘留して家宅捜索まで行った(6月9日に不起訴・釈放)が、検察側がこれを立件する事すら出来なかった事からも分かるように、これは明らかに転び公防と同質のこじ付けによる不当逮捕であった。こういう無茶苦茶な不当逮捕と長期拘留による恫喝といった警察権の濫用が日本では常態化しているという典型例だ。
代用監獄制度が出来たのは1908年の監獄法以来であり、今年で107周年を迎える。この冤罪の温床、反人権の極みたる代用監獄が100年以上も存続し、「警察権の節度ある運用」を象徴するという日本! 転び公防やそれに類する不当逮捕が日常茶飯事と化しているほど「警察権の節度ある運用」が行われている国・日本! まさに、日本とその警察のあいだに107年間守られてきた代用監獄を祝うため、全てが世界の祝福に値するものであります!
…こうした事例は戦後日本の一部でしかない。実際にはもっと酷い例が不知其数(부지기수 朝鮮語で「無数」の意)にある。戦後日本は傍目には一見民主主義的・平和主義的な装いをしてはいたものの、実際には根本的な部分で変革はなされておらず、それどころか再軍備やファシズムへの回帰に時間を掛けて取り組んできたのが真の「戦後日本」であった。そうした視点を欠いた歴史観など全くもって有害でしかない。
「今日の日本は、最も弱い立場の人を含め、あらゆる個人の命と権利を価値あるものとして認めています。」
だと? これはまた一体何の冗談なのか? 声明ではこれに
「今の日本政府にとって、海外であれ国内であれ、第2次世界大戦中の「慰安所」のように、制度として女性を搾取するようなことは、許容されるはずがないでしょう。」
と続けており、「日本のような弱者の命と権利を尊重する国」が従軍慰安婦問題を解決しようとしないのはおかしい、とも読める一節だが、それは全く逆だ。日本は戦後も一貫して「最も弱い立場の人を含め、あらゆる個人の命と権利」を踏みにじって来た国だったから、従軍慰安婦をはじめとする日本帝国主義の被害者を救済せず、それどころか差別と抑圧を加えてきたのである。因果関係が完全にひっくり返っているのだ。
そればかりか、今の日本では中国・ベトナム・ミャンマーなどから外国人労働者を「技能実習生」の名目で呼び寄せて過酷な低賃金・長時間労働で働かせるという、事実上の奴隷労働・人身売買が国家的に公然と行われているではないか。「第2次世界大戦中の「慰安所や強制連行」のように、制度として人間を搾取するようなこと」は、戦後70年を経た21世紀の今でも平然と許容されている。
「日本の歴史家を支持する声明」が描写する「戦後日本像」、すなわち「戦後日本が守ってきた民主主義、自衛隊への文民統制、警察権の節度ある運用と、政治的な寛容さ」「最も弱い立場の人を含め、あらゆる個人の命と権利を価値あるものとして認めている」なるものは全く事実に反する。すなわちこの声明(及びこれを作成した者達)自体が歴史修正主義の権化という事だ。
ところがこの声明では驚いた事に「日本の多くの勇気ある歴史家が、アジアでの第2次世界大戦に対する正確で公正な歴史を求めていることに対し、心からの賛意を表明」すると同時に、「彼女たちの身に起こったことを否定したり、過小なものとして無視したりすることも、また受け入れることはできません」として日帝の犯罪行為を隠蔽する歴史修正主義勢力(便宜上、以下「日本極右」とする)を批判する素振りを見せている。敗戦後日本の歴史を歪曲した者が、敗戦前日本の歴史を歪曲している者を批判する? 歴史修正主義者同士の言い争いではないか。このような行為こそ、日本帝国主義の被害者にとって実に迷惑千万なものである。日本極右という歴史修正主義者が、別の歴史修正主義者に批判された所で痛くも痒くもない。「おまえ達も歴史をねじ曲げているではないか」と言われておしまいだ。それどころか日本極右勢力に「不当な攻撃にさらされた」という「正当化」の口実すら与える事になりかねない。
この声明は従軍慰安婦はじめとする日帝被害者には何のプラスにもならず、むしろ有害無益なものだ。それはこの声明自体が歴史修正主義の塊であるからに他ならない。
なぜこの声明ではここまで「戦後日本」を超美化しなければならなかったのか? 日本極右がそうであるように、あらゆる歴史歪曲には政治的動機がある。この声明の歴史歪曲はいかなる政治的動機に基づいているのだろうか?
一方で気がかりな部分は他にもたくさんある。この声明が歪曲して伝えているのは「戦後日本の歴史」だけではなく、現在の我々を取り巻く国際情勢についても同様だったからだ…。
(続く)
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