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「報国活動」としての社会運動

文科省前で朝鮮高校無償化除外に抗議する座り込み(数ヶ月前に筆者も時間を見てシュークリームの差し入れを持って行った事があるが)をしている方のツイッターにこういうのがあった。

https://twitter.com/r_i_m_y_o_n_g/status/380892300521394176
packoon 今だけ「きた・まもる」‏@r_i_m_y_o_n_g
警察が多いと思ったらデモ隊ですね。学生のひとたち主体の消費税増税反対デモみたいで、おおそうかそうかと見てましたが、なんだか「日本の繁栄を共に創りましょう」とか、日の丸デザインのプラカードとか、果てには「北朝鮮の人に自由を」と書かれたものまであり、思わず「クソが…」と漏れました
2013年9月19日 - 20:12

この消費税反対デモとやらは典型的な「3.11以降の日本の社会運動」であると思う。消費税に反対する、つまり日本という国の悪政に反対する示威行動のはずなのに、同時に「日本の繁栄」だとか日の丸だとか「北朝鮮の人に自由を」などという日本政府が泣いて喜びそうなプラカードを掲げてしまう。こうしたプラカードを掲げるという事はすなわち、日本という国の体制権力に「恭順の意」を示す行為に他ならない。つまりこんなデモ、例え参加者が100万人になろうとも日本政府にとっては恐くも何ともなく、消費税増税を止めさせるのにクソの役にも立たないという事だ。反原発デモで日の丸を掲げるのと全く同じ意味合いである。上記デモはまさに「亜流反原連・亜流首相官邸包囲デモ」という事だ。このデモをやってる団体が何者かは知らないが「消費税増税反対報国会」とでも呼ぶに相応しい。反原連が日本の社会・市民運動に及ぼした悪影響は本当に甚大である。この団体はそのうちどこぞの大学院の研究科長のように「私は消費税増税には反対です。それは今も変わりません。しかし、『ことここに至っては』増税もやむを得ないと思います。」と言い出すのではないか。

「私は何々には反対です。それは今も変わりません。しかし、『ことここに至っては』何々するのもやむを得ないと思います。」というフレーズがこれからエセ学者・御用学者・ブラックジャーナリスト・反動政治家・報国会的社会運動の世界で流行りそうな気がする。上記フレーズの「何々」に「シリアへの軍事介入」を入れると例の大学院研究科長になるし、「朝鮮高校無償化除外」だと石丸次郎や川崎の市長が一丁上がりだ。もちろん「原発再稼動」が入ると原子力資料情報室共同代表の伴英幸になる。東京オリンピックもそう。「私はオリンピックには反対です。それは今も変わりません。しかし、『開催が決まった以上は』五輪協力もやむを得ないと思います。」とか言う連中がかなりいましたねえ。
実に便利なフレーズですね。上記のような言い方をする奴はほぼ100%インチキだと分かって見分け易いという意味で(笑)。
ちなみにこれがどこぞのカメラマンだと「私は従軍慰安婦に同情的です。それは今も変わりません。しかし、『ことここに至っては』朴裕河式の「日韓和解」するのもやむを得ないと思います。」ってとこでしょうか(笑)。

もう一つ、「北朝鮮の人に自由を」などというプラカードを掲げる者とそれを許容する運動体というのは、自分らが「飢えている独裁国家北朝鮮」とは正反対な「豊かで自由な日本国」に住んでその幸せを享受しているという偉そうな思い上がりがあるという事だ。明治維新以来の朝鮮に対するレイシズムと「飢えている独裁国家北朝鮮」というイメージのすり込みによる、優越感と民族差別が一体になった極めて醜悪な増上慢である。今やこういう連中が「消費税増税反対運動」をしており、こいつら結局日本社会の強者(と連中は思い込んでいる)としての立場から運動をしているに過ぎない。こうした運動が消費税増税や原発再稼動を止める事は絶対にないだろう。「飢えている独裁国家北朝鮮」を見下す事で自分ら日本の悲惨な現実から逃避している者が、どうして社会を変革出来るのか。
上記のデモは消費税増税を止める為のデモに全くなってない。デモ参加者達が日本国家への忠誠と帰属を誓い、自分達が「日本の社会的優位者」の立場にある事を確認して優越感に浸る為のお祭りに過ぎないのである。

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