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南には強く出られるが北には弱腰な中国

杭州での韓中首脳会談で見られたこのシーンはどういう意味を持っているのだろうか。

http://japan.hani.co.kr/arti/politics/25101.html
韓中首脳会談、「飲水思源」成語を使った習主席の本音は…

 続いて習主席は首脳会談の冒頭発言で、杭州大韓民国臨時政府時代に中国国民が金九(キムグ)を保護した点に触れ、「金九先生の息子の金信(キムシン)将軍が、1996年に杭州近くの海燕を訪れ「飲水思源 韓中友誼」という書を残した」と紹介した。飲水思源とは「水を飲む時、その水がどこから出たのか根源を考える」という意味であり、習主席が朴大統領に抗日の歴史を強調し「中国の恩」に言及したものだ。これは最近、韓日政府が「未来」を強調して関係改善に乗り出し、THAAD配備を媒介に韓米日3カ国協力が強化される動きに対する不満を遠回しに表現したものと解釈される。


平たく言えば「侮辱と脅し」である。習近平は朴槿恵に対して面と向かって「おまえんとこが今日あるのは、うちが抗日戦争期に臨時政府の面倒見てやったからなんだぞ。それを忘れるな」と言い放った訳だ。実際それを言われるとグウの音も出ないのが「大韓臨時政府の正統を受け継ぐ(実に信じられないが、そういう事に一応なっている)大韓民国」という国である。臨時政府の業績を過小評価する訳ではないが、臨政が当時中国で世話になって大きな借りを作った事は否定出来ない歴史的事実であろう。中国がそうした「歴史問題」を切り出してまで朴槿恵を面罵したのは、THAAD配備がどれだけ中国を怒らせた致命的な事かをよく表している。
とは言え、最近韓国では「建国節制定問題」というのが起こっており、これは臨時政府結成の1919年4月13日ではなく、1948年8月15日の南朝鮮単独政府樹立日を「大韓民国建国節」にしようというものだ。これは今の韓国政府と臨時政府を完全に切断するものであり、今の大韓民国憲法にも違反する疑いが強い。ただしそうなれば、今の韓国と臨政は歴史的に断絶したという事になり、習近平から「金九先生の面倒を見たのは誰だと思ってんだ」と脅されても、胸を張って「知るか、ボケ!」の一言で堂々と反論出来るようになるという逆理も生じるが。朴槿恵ら韓国のニューライト勢力がしきりに単独政府樹立日を「建国節」にしたがっているのは、ひょっとして中国がウザいのでその影響を一掃する為なのではないかと思える時がある。「今日の自由大韓があるのは間違っても中国のおかげなどでなく、何もかもアメリカ様のおかげです! アメリカ様に感謝しましょう!」というのが新旧世代問わぬ韓国(日本もだが)右翼の共通認識だから、中国との縁が深かった臨時政府の痕跡を消したくて仕方がないのは確かであろう。何よりも朴槿恵大統領は間違っても大韓臨時政府の嫡流などではなく、その独立運動を弾圧するのを生業としてきた満州軍・高木正雄中尉の正統を受け継ぐ誇り高き血筋のお方なのですから! 今の分断体制を作り出した元凶である李承晩を「国父」とし、南朝鮮単独政府樹立日を「建国節」とする事ほど今の腐り切った韓国にお似合いなものはない。
そのくせ、中国との貿易がなければ経済が成り立たないのが今の韓国(日本もだが)の現実でもある。よく韓国(日本もだが)の「北朝鮮専門家」には「北の最大の貿易相手は中国。だから中国なしに北の経済は成り立たず、中国は北朝鮮に最も大きな影響力を行使している」などとしたり顔で言う者が腐るほどいる(上記ハンギョレの記事もだが)が、それは誤りである。朝鮮共和国の場合はある程度自立経済の体制が確立しているので中国との交易が絶たれても何とかやっていけるが、南が中国との交易を絶たれでもしたら致命傷だろう。実際には中国なしに経済が成り立たないのは北ではなく南の方である。日本もだが。

このように南に対しては「かつて大韓臨時政府を世話してやった」という大きな貸しがある中国だが、では北に対してはどうなのか? 習近平はそれをネタに朴槿恵を面と向かって侮辱したが、同じような態度を中国は金正恩に対しても出来るだろうか? 

出来ない! 

南とは逆に北は中国に大きな貸しがあるからである。中国共産党は金日成の助けなしには天下を取れなかった。それほど国共内戦で決定的な助けを与えたのが8.15光複後の北朝鮮だったからである。
1945年8月15日の日本敗戦のその瞬間から共産党と国民党の戦いはすでに始まっていた。一応8月末から10月にかけて重慶会談というのもあったが、これで結ばれた両者の合意が文字通り紙切れに過ぎなかった事は多くの人が知る通りである。毛沢東と蒋介石の間で10月10日に合意が結ばれたとは言っても、すでに両者は自軍を満州に派遣したばかりだったのだから。

毛「いつ始めますか」
蒋「もう始まっておる」

重慶会談というのはどこぞの実戦格闘家の野試合みたいなものだったと言って良いだろう。

1945.8.15日本敗戦直後の中国情勢とは「東北(満州)を制する者が全中国を制する」というものだった。東北はソ連・モンゴル・朝鮮半島と接する要衝の地であり、さらに旧満州国時代に日本が植民地統治の為に近代化させた都市など「日帝の遺産」も多い。加えてここを国民党が制すれば中原の北側に勢力を張る共産党を挟み撃ち出来るし、共産党が制すれば江南の国民党を後顧の憂いなく攻める事が出来る。国共内戦の前哨戦である東北の奪い合いは「東北戦争」と呼ばれるが、これが国共内戦の趨勢を8割方決める天下分け目の合戦だったと言っても過言ではない。ウィキペディアなど見ているとこの東北戦争の記述は恐ろしく簡潔で、「共産党が国民党をあっさり下した」程度の事しか書かれていないが実際はそんな楽勝なものではなく、東北戦線で当初共産党は連戦連敗だったのである。それが逆転出来たのは植民地光複後の北朝鮮が中国共産党を全面的に支援したからだった。国民党にやられっぱなしで焦った毛沢東は急ぎ平壌の金日成のもとへ特使を派遣し、軍事支援と共産党軍(八路軍・新四軍)の朝鮮領内通過を認めて欲しいと要請する。金日成はそれを一切拒絶せず快諾してやった。当時の北朝鮮地域には日本軍が撤退した後に残していった武器弾薬がかなりあり、それは本来新しい朝鮮人民軍を結成するのに欠かせないものだったが、金日成は周囲の反対をも押し切ってそれを満州の共産党軍に与えてやったのだから、これは大変な決断と言って良いであろう。このおかげで共産党軍はヤバくなったらいつでも鴨緑江と豆満江を越えて朝鮮領内に逃れては、安全地帯を移動しつつ国民党軍の虚を突く。あるいは負傷兵を安全な朝鮮領内で治療を受けさせられるようになるなど、極めて有利な「後方基地」を得て、戦況が俄然有利に流れ始めるのである。また、当時満州にはびこっていたのが土匪と呼ばれる山賊まがいの武装集団で、中国共産党はこれを鎮圧する事で東北の人心を得た。しかしながらこの土匪の鎮圧や帰順工作も朝鮮側の協力なしには極めて難しい事だった。東北戦争中に満州の土匪勢力の多くを壊滅または帰順させたのは抗日パルチザン時代からの金日成の腹心である姜健(後に朝鮮戦争で戦死)だったのだから。金日成にとっての姜健とは、毛沢東にとっての林彪のような存在だと言えば分かり易いかもしれない。それほどの戦略家であったという。
この他にも東北戦争で当時の北朝鮮すなわち後の朝鮮民主主義人民共和国が中国共産党に与えた物質的・人的援助は数知れず、それなしに共産党が満州を制する事はほぼ不可能であった。満州を制する事なく全中国を制する事もない。したがって北朝鮮と金日成の助力なしに中華人民共和国の成立もあり得なかった。「五星紅旗には朝鮮の同志達の血が染み込んでいる」という毛沢東の言葉は決して抽象的なものではなく、歴史的事実なのである。
抗日戦争期には朝鮮と中国の革命家は同志の関係にあり、それが東北戦争における中国共産党の支援という形につながった。中国が後に朝鮮戦争へ「抗米援朝」の大軍を派遣する事になったり、今でもこっそり統計にない原油支援しているのではないかと言われるのも当然の事である。もちろんその間の朝中血盟関係も単純なものでなく、朝鮮が中ソ対立を利用して二股をかけたり、文革期に中国との関係が悪化するなどの紆余曲折は多い。それでも互いの利害が一致する中で全体的には友好関係が保たれてきた。「張成沢処刑や核実験に端を発する「北朝鮮の後見国中国」の怒り」などというのはあまりにものを知らない人間の言う事であり、似たような事は過去に何度もあった。それでも朝中関係は切れないし、中国は世間で言われているほど朝鮮に大きな影響力を行使出来ない。韓国(日本もだが)がアメリカの言う事を召使いのように何でも聞いてくれるのとは根本的に次元が違う。
今やアメリカと張り合う世界の大国となった中国。その建国に朝鮮共和国は多大な「債権」を持っており、中国は今でもそれを完全には無視出来ない。

「我が共産党が国民党を下して新中国を建設するのに、あんな吹けば飛ぶような小国・朝鮮から決定的な恩義を受ける事になろうとは!」

しかしながら中国の高位人士達はこうしたかつての朝鮮の多大な助力を内心では体面悪く感じており、これを諸外国や自国民に知られるのを極度に嫌った。これは現在の習近平も例外ではない。革命第一世代の中国共産党元老らの回顧録など読んでみると、東北戦争期の北朝鮮と金日成による支援などを出来る限り小さく扱ったり無視したりする例が多いのはこの為である。中国が最近建てた抗日戦争記念館で、そこの朝鮮人革命家の展示で金日成の実名を挙げなかった事から「朝中関係の悪化」「金日成はやはり偽者だった」などと鬼の首を取ったかのようにはしゃぐ韓国(日本もだが)マスコミがあったが、そんな事を言う者は「自分は朝中関係史を何一つ知りません」と白状しているようなものだ。いかにも石丸次郎並みの低レベルと告白しているように聞こえる。中国の革命家達は朝鮮に対してあまりに大きな借りを作った事から都合が悪く、それを外部に極力話したがらないだけで、今に始まった話ではないのだ。だがそれでも金日成親子や崔庸健といった朝鮮の首脳達が中国を訪問した際には最上級の歓待を行った。さすがに当人達に直接会う際にはかつての恩義を決しておろそかにしなかった(出来なかった)のである。件の抗日戦争記念館で臨政系の独立運動家がやたらに大きく取り上げたのは、中国は彼らを世話してやった恩義がある、彼らの手柄は中国あってのものだ、と恩着せがましくアピールする側面が強く、南の人間にとっても決して手放しで喜べるものではない。
臨政系つまり南の連中にはたっぷり貸しがあるから、大きく取り上げてやっても構やしない。あいつらは中国の助けがなければ大した事は出来なかったのだから、その事を存分にアピールせよ。
けど、抗日パルチザン系の北には多大な借りがあるから、体面悪すぎてそれをあんまり知られたくない。俺らは朝鮮の助けがなければ東北で大した事が出来なかったのだから、その事は極力外部にアピールするな。

要するに韓国はアメリカや日本だけでなく、中国からも徹頭徹尾ナメられているのである! 

中国は南に対しては「われんとこが今日あるんは誰のおかげか分かっとんのか! 臨時政府を面倒見たわしらのおかげやぞ!」と凄む。
だが北からは逆に「われんとこが今日あるんは誰のおかげか分かっとんのか! 国共内戦を勝たせたったわしらのおかげやぞ!」と凄まれる。

国家間の外交関係というのは実に面白いものだ。
国共内戦で共産党が勝てたのは朝鮮共和国と金日成のおかげであるという史実は日本においてもあまり知られていない。だがその事を知らずに朝中関係を理解する事は出来ない。先日朝鮮共和国は5度目の核実験を行った。これまで朝鮮の核実験に対してとってきた中国の態度はもちろん、今回の核実験に対して今後中国がどのような対応をとるのかについても、こうした朝中関係史を知らずに中身を理解する事は不可能である。
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