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「天外・名月・刀」未訳のその後

9622579590.jpg前にも指摘した事のある「天外・名月・刀」を訳しているブログですが、あれは作品全体の大体半分くらいまでしか訳されてません。この作品は全24章で、訳されているのは13章の途中までだからです。
「天外」は筆者もいずれ新訳したいと思ってますが、いかんせん現状では消化不良で気になる方も多いでしょう。そこで同ブログの「第13章 天王斬鬼刀」の残り部分だけでもとりあえず訳してお送りします。14章以降はまたの機会に同人誌化してのお楽しみという事で。
 
 


 
天外・名月・刀
第13章 天王斬鬼刀 ~翻訳ブログより承前
 
 
正午。
赤子達はようやく眠りにつき、卓玉貞が発ってすでに三刻が過ぎた後であった。傅紅雪は墓の後ろの物陰に座ったまま暫く動かずに、呆然と前の荒廃した墓を眺めている。
彼は内心で何を考えているのか?
――この打ち捨てられた墓の下に葬られた者達はどのような人間達なのだろう? その中には無名の英雄達がどれだけおり、寂しい流れ者がどれだけいただろう?
――生前に寂しかった者達は死後一層寂しかったのではないか?
――彼が死んだら葬ってくれる者がいるだろうか? 葬るとしてどこに?
――この問いに対して誰が答えてくれるのだろう?
誰もいない!
傅紅雪は長く溜め息をついてゆっくりとその場から立ち上がり、丘を越えて来る一頭の騾馬を眺めた。
 
痩せ細って疲れた騾馬の上には平凡ながら憔悴した夫人が乗っている。
傅紅雪は彼女を見て内心では己の変装術に対する満足感を禁じ得ずにいた。
卓玉貞は結局安全に戻って来た。誰も彼女に気付かず、追って来た者もいない。
傅紅雪と子供達を見た瞬間に彼女の目は即座に光を発し、この世のあらゆる賢母良妻同様にまずは子供たちの元へ走って口付けをし、再び油紙の包みを取り出して言う。「これは私が市場で買った鶏の燻製と牛肉です。私に分ける必要はありません。私はもう食事を済ませましたから」
傅紅雪は黙々とそれを受け取った。
彼女の指先にこっそり触れた彼の手は冷たく強張っている。
熱い陽射しの下で二・三時間を過ごした人の手がこれほど冷たいとは、これは明らかに心配事があるのだ。
卓玉貞は彼を眺めて優しい声で言う。「私はあなたが間違いなく心配しているだろうと思いました。それで消息が分かってからすぐに戻って来たのです」
傅紅雪が独り言をつぶやくように言う。「おまえはすでに杜十七の消息を…」
卓玉貞が彼の言葉を遮って言う。「杜十七が夜どこで眠るかは誰も知りません。知る者がいたとしても教えてくれる人はいませんでした」
杜十七が友を好む人間である事は明らかなので、当然友人も多いはずだ。
「ですが私は一つの事実を知りました」
傅紅雪は聞きいるばかりであった!
卓玉貞が今一度言う。「彼は友人も多いですが敵も少なくはなく、その中で最も恐ろしい人間は胡昆という者です。城内のあらゆる人達が知る事実ですが、胡昆は来月一日になるまえに杜十七を消すつもりで勝算も大きいようでした」
傅紅雪が言う。「今日はすでに二八日のようだが」
卓玉貞はうなずいて言う。「それで私は考えました。ここ二日間の杜十七の行動に関して言えば明らかに胡昆が誰よりも良く知っているだろうと」
――誰かについて知ろうとする時は彼の友を探すよりもその敵を探す方がはるかに早いものだ。
「胡昆を訪ねたのか?」
「いいえ」
卓玉貞は微笑みながら再び言う。「ですがあなたは彼を訪ねて行けるでしょう。それも非常に堂々と。公孫屠一行に気付かれる心配もありません。彼らが知ればひょっとしたら却って好都合かもしれません」
彼女はまるで柔らかくも愛らしい狐のように、優しく甘い笑みを浮かべた。
彼女を眺めていた傅紅雪は渾然として彼女の言わんとする意味を悟り、感嘆して目を輝かせる。
卓玉貞が再度言う。「城内で最も大きい茶楼は天香楼でなく登仙楼です」
「胡昆はそこへよく行くのか?」
「彼は毎日のようにそこへ行って、ほとんど朝から夜までそこにいます。なぜなら登仙楼は彼が開いた店なのですから!」
 
空が暗くなった後で傅紅雪は卓玉貞と子供達を岩の丘に残した。陰惨にして荒涼、暗く恐ろしい墓の間に残そうものなら、彼がどうして安心出来ようか? 恐らくそこがあまりに荒涼にして暗く、絶対に誰も彼女達をそこに残そうとは考えるはずもなかった為に却って安心しているのみ。
彼は本当に絶対的な安心をしているのだろうか? 違う。だが彼は必ずや彼女達の為に多くの手筈を整えて、彼女達が平安に暮らしていけるようにしなければならない。彼は己が決して彼女達と永遠にいられぬ事を知っていたのだ!
――この世の誰も一人の人間と共に永遠にいる事は出来ない!
――人と人との関係とはいかに長く共にいようとも、最後の結末は全て別れだ。
――死別でなければ生き別れの違いに過ぎない。
彼は俄かに名月心を思い浮かべた。
彼は今まで彼女の事を考えぬよう敢えて自らを抑制してきた。
だがこの人跡なき尾根の上、寂寞にして静寂たる暗闇の中にいては、考えてはならぬ事柄がむしろ一層よく思い出されてしまうものだ。
その為に彼は名月心を思い出し、再び燕南飛を思い出す事になり、彼らと別れる時に名月心が己を凝視した視線と燕南飛のあの渇いた咳の音、血の色のように赤い剣を思い浮かべたのである。
今彼らはどこにいるのか? 天の果てにいるのか、それとも巨大な溶鉱炉の中か?
傅紅雪には知りようもなかった!
彼はましてや己がどこにいるのかすら分からなかった。巨大な溶鉱炉の中か、それとも天の果てか?
彼は己の刀を強く握り締める。彼が知るのはこの刀が溶鉱炉の中から鍛えられて出て来た物だという事だけだ!
彼自身も今や溶鉱炉の中の刀と同じではないのか?

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