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「何をどのように報じたのか」と、日本人の「阿Q精神」と、死者を「英霊化」する事こそが問題だ。

先日のイスラム国による日本人人質殺害事件を受けて色々な意見が出ているが、中でも特に酷い例として野中章弘のそれが上げられる。言うまでもなく野中章弘という男はあのアジアプレスの代表つまり石丸次郎の上司であり、日本における北朝鮮報道で最も悪質なデマを垂れ流してきた総本山とも言うべき報道機関(?)の社長だ。米軍が今にもシリアを空爆しそうな時に「アサド政権が化学兵器使用」という怪しげな記事を自分とこのサイトトップにデカデカと掲載し、米軍による空爆を正当化して煽ってるとしか思えない活動を平然と行った。こんな輩が言う事など見るまでもなく想像がつくかもしれないが、一応突っ込みを入れておきたい。問題の記事は以下リンク先参照。

http://thepage.jp/detail/20150213-00000010-wordleaf
危険地帯での取材を考える ~紛争地でも取材は許されるのか~ ジャーナリスト・野中章弘

http://thepage.jp/detail/20150213-00000010-wordleaf?page=2
危険地帯での取材を考える ~紛争地でも取材は許されるのか~ ジャーナリスト・野中章弘

野中という男、己の行いを棚に上げてよくもまあこれだけキレイ言をペラペラと並べ立てられるものと呆れ返る。さすがは石丸次郎の親分だけの事はあろう。

 2003年3月20日、米軍によるイラク攻撃が始まったとき、日本の新聞、テレビの記者たちは全員、首都バグダッドから撤退しており、残ったのは10名前後のフリーランスのみ。中には「自分の責任で残りたい」という記者もいたが、新聞、テレビ各社は、「記者の安全を確保できない」という理由でバグダッドからの退去を命じた。これにより、マスメディアは空爆にさらされるイラク市民の惨状を自らの手で報じることはできなかった。

 4月9日、米軍のバグダッド占拠により、フセイン政権は崩壊。翌10日の新聞には「バグダッド陥落」の大見出しで、フセイン政権崩壊を喜ぶ市民の写真などが大きく掲載されていた。イラク戦争は「独裁者からイラク市民を解放する戦争であった」という米国の主張を正当化するような論調が目立った。

 しかし、現地で米軍のバグダッド入城を目撃したフリーランスからのリポートは、「米軍を歓迎する人はごくわずかです。歓迎する人はほとんどいません」(2003年4月9日、テレビ朝日「ニュースステーション」)というものであった。マスメディアの記者は現場におらず、欧米の通信社やテレビ局から流れる情報を下敷きに記事を書いたため、結果的に戦争を仕掛けた側の「情報操作」に踊らされてしまった面があることは否めない。もし日本の記者たちがバグダッドに残り、取材を続けていれば、イラク戦争報道のスタンス、伝え方も変わっていたと思われる。


このように野中は言っているが、その「米国の主張を正当化するような論調」「戦争を仕掛けた側の「情報操作」」を日本人ジャーナリストで最も熱心に広めてたのが他ならぬ山本美香ではなかったのか。山本は元アジアプレス記者であり、退社後も古巣とは仕事上深い関係を続けてきた。その山本の本ではアフガニスタンの凶暴な略奪軍閥でしかない北部同盟の司令官達が高潔な英雄のように描かれ、イラクでサダム・フセインの銅像がさも地元住民の意思によって引き倒されたかのように書かれている。まさに「米国の主張を正当化するような論調」そのものだ。しかもその山本が死んだ際にアジアプレスは社を挙げて追悼した。あたかも山本美香がどれだけ素晴らしい勇気あるジャーナリストと言わんばかりに。「バグダッドに残り、取材を続けてい」た日本人記者でありながら「米国の主張を正当化するような論調」ばかり必死に送り続けた山本美香を、死後最大限にヨイショして利用しまくった会社の社長が何を言ってるのか。
さらに今のシリア情勢でもアジアプレスは「アサド政権が化学兵器使用」と騒ぎ立て、シリア問題においても「米国の主張を正当化するような論調」を相も変わらず垂れ流し続けている。アメリカを正当化してるのは誰よりもアジアプレス自身ではないか。
山本美香を生前死後問わずヨイショしてきた連中はアジアプレスだけではない。防衛省の広報誌で一緒に仕事した同僚記者だの、毎年8月15日になると靖国神社へ参拝するアナクロ右翼の上杉隆だの、挙げ句は桜井よし子だの、どいつもこいつもどうしようもないタカ派か右翼ばっかりだ。これらを総合して考えれば、山本美香が取材先で殺され、死後もこうしたタカ派・右翼連中に利用され続けたというのは当然の展開であり、山本本人にとっても冗談抜きで本望・本懐であったろう。アメリカの侵略戦争正当化とそれに追従する日本の軍拡化政策に、日本人として恥ぢざるだけの精神と気迫とをもって一死御奉公した山本美香ほど模範的な日本鬼的軍国主義英霊はいないのである! 上杉隆が感動しちゃうのも無理はない(笑)。
これはイスラム国に殺された湯川春菜とかいう自称・民間軍事会社社長とやらにも言える。湯川は心の病気を患ったいわゆる「変な人」だったというのが本当らしいが、それでも生前は田母神だのチャンネル桜の社長だのとの交友を自慢し(冷酷な事に、事件が起こってから田母神らは我関せずと真っ先に「絶縁宣言」して逃げたが)、「民間軍事会社(実態はミリタリーショップに毛が生えたレベルのものだったらしいが)」を作ってわざわざシリアの紛争地帯に乗り込むという軽率な行動をした以上、どんな目に遭っても文句は言えないだろう。「自己責任」と言うよりは「自業自得」であり、その死は「阿Q正伝」の阿Qが最後処刑される場面を見るかのようである。もっとも確信犯の山本と違い、湯川の場合はイスラム国に拘束されて見苦しい命乞いに走った事からも分かるように、土壇場になって「こんなはずじゃなかった」という後悔の念に襲われた間抜けな勘違い野郎に過ぎなかったようだが。だからこそ哀れではあるが、同時にその滑稽で軽率で間抜けすぎる「阿Q精神」が際立つのである。この哀れな阿Q湯川をまともに助けようとせず事実上見殺し(身代金払えない by高村 空爆でイスラム国壊滅を by安倍)にしておきながら、それでいて本当に殺されたら一転「テロリストに償わせる」とまるでブッシュみたいな事を口走って利用したのが日本・安倍政権だった。湯川もまた「英霊」にされたのである。

だが後藤健二については山本や湯川とは根本的に立場が違っていたようだ。山本のような「確信犯」、湯川のような「勘違い」と違って、アメリカや日本の軍事政策正当化に加担する活動をしていた訳ではないらしい。動機が人情なのか職業的使命感に発したものなのかは分からないが、湯川を救出に行って自分も捕まる破目になった。イスラム国側も後藤については当初殺したくなかったというものの、結局日本政府の「見殺し策」によって処刑に追い込まれたと言える。後藤健二という記者は山本や湯川とは違い、日本政府の立場からすればどちらかと言うと好ましくないスタンスの人間だった。にも関わらず、安倍は後藤の死を湯川のそれとセットで「テロリストたちを決して許さない。その罪を償わせる」とばかりに利用した。日本・安倍政府は自分の好ましくない人間をも、死後は「英霊」に仕立て上げて己の軍事的野欲の為にしゃぶりつくそうとしているのである。

こうした野中章弘&アジアプレス並びに日本・安倍政権の本質は何であろう。勘の良い方はすぐに気付くだろうが、これはまさに靖国の作法そのものである。侵略戦争の尖兵や戦犯を「英霊」として奉り上げ、今なお侵略戦争の美化と正当化に利用している戦争神社 War Shrine 靖国神社。挙げ句の果てに「彼らの尊い犠牲のおかげでアジアの植民地は解放され、日本の平和がある」とまでぬかす。その靖国は、日本によって無理矢理戦争に狩り出されて戦死させられた朝鮮や台湾の植民地出身者をも勝手に「英霊」に合祀して利用し続けている。植民地被害者をもこのような侵略神社に祀るなど、これほどの冒涜はない。山本美香や湯川春菜はまだしも、日本政府とはスタンスの食い違う後藤健二の死までも「英霊化」して軍拡化の口実に利用しているのも全く同じだろう。

今回の人質殺害事件でジャーナリスト(のみならず紛争地へ赴く日本人全てに当てはまるが)が心しておかねばならないのは、野中章弘の言う「決意」などという大和魂的精神論ではない。もし自分に万一の事があったら、問答無用で「英霊」にされて日本の戦争政策に徹底して利用されるという恐るべき社会の現実である。日帝の最たる被害者である植民地出身者が立場の全く対立する靖国神社に無理矢理合祀されているように、安倍政権の戦争政策に賛成していた訳ではなかったらしいジャーナリストまでもが勝手に「英霊化」されて日本の軍拡化に利用される。例え日米やNATOの軍事政策に反対する活動や取材をしていても、死ねばそれと180度逆の目的に悪用されてしまう「21世紀型靖国システム」がすでに組み上がっており、その凄惨な状況の中でどのように取材活動をしなければならないか、それが問われているのだ。
「国家による情報コントロールを打ち破るためには、ジャーナリストたち自ら戦場に足を踏み入れ、自分の目撃した戦争の実相を伝える必要がある」
野中章弘はこのようなおためごかしを言うが、ベトナム戦争の時と違って今の日本では戦死したジャーナリストは自動的に「英霊」にされ、それに対して為政者が「テロリストに償わせる」と不可解な宣言をした挙げ句に日本の軍拡化の口実にするという体制がすでに整ってしまっている。もうすでに時代は変わったのだ。ジャーナリストが戦場に自ら足を踏み入れる取材も重要(と言うか基本)だが、それだけでは済まない厄介な時代に突入している。この「21世紀型靖国システム」こそ「国家による情報コントロール」の最たるものだ。何度も言うように、野中とアジアプレスこそ山本美香のような米軍礼賛ジャーナリストの死を美化して利用してきた「靖国的手法」の先駆者なのだから。

今回の件にせよ、山本美香の件にせよ、彼らが「何をどのように報じたのか」が全く問われず、ただ「テロリストを許さない」という戦争の口実に使われるのは極めて恐ろしい事である。例え悲惨な死に方をしても、その者が「何をどのように報じたのか」は厳しく問われねばならない。山本美香のような輩は死後も徹底した批判に晒されねばならないし、後藤健二のような人間の死を戦争や軍拡化の口実にするのも論外だ。死者の「英霊化」こそ問題であり、それがある限りどんな「戦争の実相」も伝える事は出来ない。あらゆるジャーナリストの死をも「英霊化」して戦争の口実にする「21世紀型靖国システム」ある限り、どんな反戦ジャーナリズムも無力化される。だからこそ野中章弘はこの問題を無視し続けて語らないのだ。次の「英霊」とすべき生贄こそ野中とアジアプレス、それに日本国家は待ち受ける…。

冷酷な事を言うようだが、湯川春菜の死は戦争に突き進む今の日本と日本人全体の未来を象徴していると思う。勇ましいタカ派ぶって「民間軍事会社社長」だの「積極的平和主義」だの「テロリストに償わせる」だのと調子に乗って戦争に突き進み、いざ命の危険に直面して「こんなはずじゃなかった。助けてくれ」という阿Qや湯川春菜のような死に目に遭う日本人が今後続出する事になるのは明白だ。「日本人的阿Q精神」が己の身を滅ぼし、何よりも「日本鬼的軍国主義」が他国の民衆を殺戮する。

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