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【翻訳記事】韓国で現在進行中の重大な言論弾圧事件:ハンギョレに対する1億ウォンSLAPP訴訟:訳者解説

前回記事の訳者解説】

お読みになった通りである。
ほんの数日前に韓国ではまさに言論の自由を脅かすとんでもない事件が発生していた。与党セヌリ党の代表である金武星が、自身の父親の親日行為を書いたハンギョレに対して1億ウォンという巨額の民事訴訟を仕掛けてきたのだ。

一応日本の読者の為に、金武星という政治家の来歴について改めて簡単に述べておきたい。金武星の父親は日帝植民地時代の実業家で金龍周と言い、日帝の御用商人みたいな事をやって財を成した人間だった。金龍周は若い頃には民族主義的な傾向もあったらしい(だからといって独立運動までやったりそれを支援したという資料はない。飽くまで民族主義的「だったらしい」というレベル)が、1930年代以降は露骨な親日行跡しか見当たらない。今回の記事にあるように地元の有力者として「朝鮮の若者は天皇陛下の為に聖戦へ出征せよ!」みたいな扇動を熱心にやっていた訳である。誰がどう見ても明白な親日反民族行為者としか言いようがない。そして南朝鮮の親日派の例に漏れず8.15解放後も金龍周は何のお咎めもなく巨財を抱えたまま生き延び、1960年台には国会議員にもなっている。それの息子・金武星はこうした親父の財産ばかりか政治的基盤まで受け継いだ典型的な世襲政治家で、朴槿恵と並んで「韓国では今でも親日派の後裔達が既得権をつかんでいる」という事実を証明する生きたサンプルと言えるだろう。これまで韓国は日本に比べると世襲議員は少なかった(飽くまで比較的ね)が、こうした金武星や朴槿恵のような世襲政治家の例はセヌリ党・民主党問わず選挙の度に着実に増加しており、年々日本とそっくりな状況になっている。

日本ではこうした与野党問わぬ世襲政治家どもが靖国神社に参拝して愛国心を説き、挙げ句には「北朝鮮は権力を世襲している独裁国家。北朝鮮人権法で圧力を掛けろ!」と騒ぎ立てる。
韓国でははこうした与野党問わぬ世襲政治家どもが朴正熙の墓に参拝して愛国心を説き、挙げ句には「北は権力を世襲している独裁国家。北韓人権法で圧力を掛けろ!」と騒ぎ立てる。

結論:日韓仲良くしすぎだぜ!

それはともかく、今ではとても信じられない話だが、この金武星は政界に入って間もない頃(1985年)は金泳三の秘書みたいな事をして活動していた。金泳三も金大中と並んで民主化運動の巨頭とされていた時代の話である。それが今ではどうか? 歴史教科書国定化の強行、労働法改悪強行、さらに先日光化門で行われた民衆総決起デモ、例の警官隊が凄まじい暴力を振るって弾圧したこの平和的デモに対して金武星は「あのデモはイスラム国と同じテロだ」という妄言まで吐いて自分らの凶暴な弾圧行為を正当化し続けている。当初は民族主義者だった(らしい)が後に熱心な親日行為を働くようになった親父と同じで、息子の方も当初は民主化勢力に一応加担していた(らしい)が後に典型的な朴正熙型極右反動政治家になったという事だ。
金武星とはこういう政治家だという事を念頭に置いた上で前回の翻訳記事と今回の訳者解説をお読みいただきたい。なお、金武星の履歴(日本版および韓国版ウィキペディアなど)を見てみると「民族問題研究所創立理事」という一文があるが、ここにある「民族問題研究所」というのは「親日人名事典」の刊行で馴染みのある「民族問題研究所」とは同名の別団体なので注意されたい。

本論に話を戻すと、今回の件はまさに権力者による口封じの嫌がらせ訴訟、俗に言う「SLAPP訴訟」の典型例であろう。「韓国の言論の自由」がどうのこうの言うならば、直近の例としてはまず真っ先にこれを取り上げねばなるまい。しかしながらどうした事か、筆者が調べた範囲では今回の件は日本で全く報じられておらず、言及している者もいない。何よりもハンギョレ日本版が記事を翻訳掲載していない(2015.12.02現在)のだ! こんなに重大な記事を訳さないという、またしてもハンギョレ日本版の一番悪い部分が露呈した訳でもあるのだが、故に筆者がやらざるを得なくなった次第である。

筆者はこれまでハンギョレ新聞という報道機関を何度も批判してきた。ハンギョレというと「軍事独裁政権時代に弾圧された韓国の反権力ジャーナリスト達が結集して作った、韓国を代表する革新系新聞」というイメージが根強くあり、今でもここは「6月抗争の精神」に則って素晴らしい報道をしているかのような「美しい誤解 by 伊勢崎賢治」をしている者が内外に多くいる。だがそんなのは遠い昔話に過ぎず、現在のハンギョレの実態は創刊時の精神からは遠くかけ離れた堕落の極みだ。その間にハンギョレはずいぶんと右傾化し、信じられないほど酷い論調に加えて、金さえ積まれればどんな酷い広告でも平気で載せる総会屋体質を持つに至った。ハンギョレのそうした点を批判してきた筆者でさえ、今回の訴訟は重大で深刻な問題を持っており、決して看過出来ないと考える。

韓国で時の与党代表が一新聞社に対して巨額の損害賠償請求訴訟を起こして恫喝してきた。今回の件は日本で言うならば、かつて安倍晋三が従軍慰安婦報道でNHKを恫喝したのと全く同質な言論弾圧行為である。金武星は与党セヌリ党代表すなわち日本の自民党で言えば総裁であり、韓国では大統領に次ぐ実力者と言って良い。そんな権力者が自分の父親の親日前歴という公然たる事実が嘘だといって因縁をつけているのだ。

安倍晋三(&故・中川昭一)
「従軍慰安婦などというありもしなかった事を放送しやがってぇぇぇぇッ! 番組内容改編して謝罪せえやぁぁぁぁぁッ!」
金武星
「わしの親父の親日行為などというありもしなかった事を書きやがってぇぇぇぇッ! 1億ウォン出して謝罪せえやぁぁぁぁぁッ!」

結論:日韓仲良くしすぎだぜ!

…冗談はともかく、権力者による「言論の自由を弾圧」というなら、これは近年でも上位に数えられる酷い典型例であるのは誰が見ても明らかだろう。そう、日本の愚かな知識人達が抗議声明を出した朴裕河の起訴とは全く違って! 大江健三郎や村山富一らが

「権力が特定の歴史観をもとに学問や言論の自由を封圧する挙に出た」
「何を事実として認定し、いかに歴史を解釈するかは学問の自由の問題。言論には言論で対抗すべき」
「韓国の健全な世論が動き出すこと」を期待し、「民主主義の常識と良識に恥じない裁判所の判断」を求める。

と言うならば、まずはハンギョレに巨額のSLAPP訴訟を仕掛けた金武星に対してこそ抗議声明を出さねばならない。朴裕河を訴えたのは「従軍慰安婦」被害者、すなわち何の力もなく、解放後も何の補償もなく苦痛を受けて来た老人達だ。このような弱者が、大学教授で日本の名だたる有名知識人からはモテモテ(笑)で本が売れて話題の「人気作家」という「みなし公人・みなし権力者」に侮辱の限りを尽くされて、やむを得ず訴えたというのが朴裕河に対する訴訟ではないか。これのどこらへんが「公権力による言論弾圧」なのか。本当の「言論弾圧」は同じ韓国ですぐ近くに、同じく日帝時代に起因するテーマで発生しているではないか。朴裕河自身も著書で言っていたはずである。「従軍慰安婦問題は日本軍よりも、朝鮮人業者や娘を売った親や村長(要するに「親日派」)達の方が悪い」みたいな事を。金武星の父・金龍周は植民地朝鮮の大実業家にして道会議員まで務め、(朴裕河が言う所の)朝鮮人業者などとは比較にならぬほど親日派としても大物だ。連中(朴裕河並びにその支持勢力)の論理で考えても、金武星とその父親の親日問題を糺す事の方が歴史問題的にもはるかに重要ではないか。

ここで一つ、極めて朴裕河流に則った「理論展開」を以下にしてみたい。

1)権力が特定の歴史観をもとに学問や言論の自由を封圧する挙に出るのは大変問題だ。
2)韓国与党代表という高位にある金武星という権力者がまさにそれをやっている。
3)従軍慰安婦問題は日本軍よりも、朝鮮人業者や娘を売った親や村長(要するに「親日派」)達の方が悪い。by 朴裕河
4)金武星の親父は「朝鮮人業者」などよりも親日派としてはるかに大物であり、当然責任も重い。
5)従軍慰安婦問題が「親日派」のせいだというなら、当然より大物をこそ追求すべきではないのか?
6)「朝鮮人業者」などという小物しか追及しない朴裕河ごときよりも、堂々たる親日巨頭・金龍周の事を追求する方が「韓国の学問・言論の自由」にとっても、「従軍慰安婦問題」の「解決と和解」にも有益である。
7)結論:朴裕河が起訴されたなどという、ちっぽけな事なんかどうでもいい。あんな奴ほったらかしときなさい。ハンギョレを訴えた金武星に対して抗議声明出すのが優先だ!

我らが親愛なる友人にして従軍慰安婦問題の「論議に深みを与えた」朴裕河教授自身の流儀に従って理論展開すれば、彼女が起訴された件なんかどうでもいいという事になるのです! 大江健三郎や若宮啓文(笑)をはじめとする「日本を代表する良心的知識人軍団」は今すぐ彼女を擁護する声明を即座かつ永久に撤回し、ハンギョレを擁護する声明を出さなければならないのです! それがすなわち「慰安婦の方々の哀(かな)しみの深さと複雑さ」を「韓国民のみならず日本の読者にも伝」えた、21世紀韓国が生んだ偉大なる伝道師・朴裕河教授自身の御心にも適う行為なのです! 何と素晴らしき朴裕河教授の自己犠牲精神ではありませんか!

…冗談はともかく、朴裕河が自著でさんざんやってる得意技、すなわち「特殊な事例を過大に取り上げて、それがあたかも普遍的な事例であったかのように言う」「事実関係に対する極度に恣意的な解釈」「論理的な飛躍」「論理のすり替え・ねじ曲げ」といった強引な「朴裕河流」に従って解釈すれば、こういう結論しか導けない。「朴裕河がどうなろうが知ったこっちゃねえ。どーでもいい。あんな女の擁護声明なんか出さずに、ほったからかしときなさい!」と。

冗談抜きで真面目に考えても、「権力による言論の自由の弾圧」という観点からすれば、ハンギョレが訴えられた事の方が真に驚異的で不当な提訴である。
大江健三郎は今回の朴裕河擁護で、これまで彼が積み上げてきたものが全て一気に崩壊(実際にはそれ以前から相当部分崩れていたが)したと言っても過言ではない。だが、名誉挽回にまだ何とか間に合うかもしれない。朴裕河擁護の声明から抜けるなり撤回し、今韓国で進行している本当の言論弾圧にこそ抗議する事だ。わずかな残滓でしかなくとも、己の名誉を回復したければそれしかない。その日を全く期待せずに待っている。

一方で今回の記事を翻訳しなかったハンギョレ日本版は一体何を考えているのか? 今回の記事が出た日、ハンギョレ韓国本家ではこの記事を当然デカデカとトップに載せた。本家が直面したこれほど大きな言論弾圧訴訟トップ記事を日本語版が完全に無視して載せないとか、本当にあり得ない話だろう。自社の記事を特落ちとか、ジャーナリズムとしてそれ以前の問題ではないか。筆者がハンギョレ本社の社長だったら、日本語版を統括してる日本特派員と日本語版スタッフを全員クビに、良くて厳重戒告だろう。こんだけあり得ないヘマをやっているのだから。
しかしながら、別の見方も出来る。つまり日本語版スタッフ衆にとってこの記事はよほど都合が悪かったのではないか、と。今回の件が知られれば、当然朴裕河の在宅起訴とそれに対する日本側知識人の抗議声明と比較されるのは避けられない。そうなれば朴裕河に大義がない事は誰の目にも明らかになるし、当然そんなロクでもない声明を出しながら本当に抗議すべき対象に抗議せず勝手な「和解」の為の歴史認識を振りかざす日本側知識人達の愚劣さも露になってしまうだろう。それに配慮したのではないか、という事だ。もちろんこれは筆者の推測に過ぎない。だがあり得る話だと思う。それはハンギョレ日本版が今後「ある記事」を訳すかどうかではっきりするだろう。その「ある記事」とは、韓国側の朴裕河擁護声明だ。日本の知識人達の声明が出てから、韓国でもそれに同調した声明を後日出すという話がこの間ちらほらと韓国の新聞で散見された。その韓国側声明がハンギョレに載った際、同日本版がそれを訳して掲載するかどうかに掛かっている。もしハンギョレ日本版が韓国側の朴裕河擁護声明を掲載したなら、筆者の仮説はほぼ当たりだろう。そしてその可能性は非常に高いと考える。大江健三郎の場合とは違い、その日を大いに期待して待っている。

【追記】
…と、ここまで書いたら、案の定ハンギョレ日本版に朴裕河の起訴に反対する韓国知識人の声明(朴裕河擁護派)を取り上げた記事が載った。

http://japan.hani.co.kr/arti/politics/22674.html
『帝国の慰安婦』著者の起訴に韓国知識人が反対声明
登録 : 2015.12.03 00:58 修正 : 2015.12.03 07:19   

この朴裕河擁護声明に名を連ねた連中は本当にどーしょーもない奴らばっかりで、特にチャン・ジョンイル(蔣正一)という小説家は「帝国の慰安婦」が出た直後から朴裕河の擁護記事をあちこちで垂れ流し、とりわけハンギョレはそれをずいぶんデカイ扱いで掲載してたほどだ。延世大学教授のキム・チョル(金哲)も同様である。この両人はもはやほとんど朴裕河を神と崇める狂信者と言っても過言ではない言動を、これまでずっと繰り返してきた。そういう韓国のどーしょーもない進歩派くずれのクズ知識人どもの集大成が、同じく日本のどーしょーもないクズ知識人と「国際連帯」するという訳だ。
結論:日韓仲良くしすぎだぜ!

こういう知識人ぶった連中が「慰安婦」被害者達をセカンドレイプするような真似を、国境を越えて大々的に行っている。本当に終わっているとしか言いようがない。このハンギョレ記事には「帝国の慰安婦」に批判的な立場からの別の声明についても触れられているが、こちらの賛同者は約70人程度。対して朴裕河擁護派は190人と3倍近い。一応は「慰安婦」被害者の立場に立った声明がやっと出て来たのはいくらか救いだが、それでも韓国知識人の世界はやはり暗澹たるものがある。ハンギョレの記事ではその性格が異なる二つの声明を「起訴に反対」として一緒くたに扱っており、これまた酷いものではあるが。

余談だが、上記ハンギョレ日本版の翻訳記事は韓国語原文記事リンクのアドレスまで間違えていた(12月3日11時現在)。正しいアドレスは以下である。いくら何でも仕事が杜撰に過ぎるのではないか。

http://www.hani.co.kr/arti/society/society_general/720101.html?_fr=mt2
“박유하 책 문제 많지만, 기소는 사상·학문 자유 옥죈다”
등록 :2015-12-02 19:43수정 :2015-12-02 21:56

一応ハンギョレには鄭栄桓氏のインタビューも載っているので、そちらをこそ読んでいただきたいと思う。

http://japan.hani.co.kr/arti/international/22669.html
[インタビュー]『帝国の慰安婦』著者を告訴したのはハルモニたち、弾圧ではない
登録 : 2015.12.02 23:46 修正 : 2015.12.03 07:17   

http://www.hani.co.kr/arti/international/japan/720103.html
“할머니들이 고소한 것… 탄압으로 보는 것은 적당치 않아”
등록 :2015-12-02 19:47수정 :2015-12-02 21:55

それと本人による補足。
http://kscykscy.exblog.jp/25144573/
朴裕河氏の在宅起訴問題について――『ハンギョレ』インタビューの補足

鄭栄桓氏のインタビューは良い。だがハンギョレはこれで「両論併記したからオッケー」などとは考えない事だ。これまで蔣正一はじめとする朴裕河擁護派(信者)の記事をさんざん載せてきた罪はどうなるのか。それに対して猛省すべきだろう。さもなければ金武星を批判する資格を失うだけだ。ハンギョレはこの際、金武星の鼻持ちならない提訴と「慰安婦」被害者達の血を吐くような訴えのどちらが本当の言論弾圧なのか、言論機関として旗幟鮮明にしなければならない。Show the Flag!
その日を、これまた大江健三郎の猛省と同じで全く期待せずに待っている。
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【翻訳記事】韓国で現在進行中の重大な言論弾圧事件:ハンギョレに対する1億ウォンSLAPP訴訟

父・金龍周の発言が一番長くて鼻持ちならなかったぞ
登録:2015-11-27 20:09 修正:2015-11-29 09:52


セヌリ党・金武星代表の亡父・金龍周の親日問題を扱った「ハンギョレ」8月1日付土曜版カバーストーリー。金武星代表は該当記事が根拠に打ち出した日帝植民地時代の「毎日新報」と「全鮮公職者大会」記録が虚偽だと主張し、「ハンギョレ」を相手に損害賠償訴訟を提起した。


「土曜版」ニュース分析 なぜ?
金武星、「ハンギョレ」に1億ウォン損害賠償
 
▼セヌリ党の金武星代表が父・金龍周の親日論争に対して大々的な反撃に乗り出した。記者会見と資料配布を通じて積極的に釈明に乗り出し、ついに「ハンギョレ」を相手に1億ウォンという巨額の損害賠償訴訟を請求した。金龍周の親日を立証する資料は山のように積まれている。息子としてただ認定して通り過ぎては、問題にする者が面映いだろう。だが一体彼はなぜ無理押しをするのか? あの多くの証拠達を何としても伏せてしまおうというのか?

セヌリ党金武星代表が、父親の親日行跡を報道した「ハンギョレ」を相手に1億ウォンの損害賠償と反論報道を請求する民事訴訟を提起した。執権与党の代表にして有力な大統領候補である金代表が父親の親日論争を正面対応してもみ消そうという意に解釈される。

「ハンギョレ」は8月1日付土曜版に「金龍周の息子金武星」(オンライン版題名「『親日』金武星の父が愛国者に変身している」日本版未訳:訳者注)という記事を載せ、その根拠に日帝植民地時代に発行された「毎日新報」記事と1943年の「全鮮公職者大会」記録を挙げたこれらの記録を見れば金代表の父である金龍周慶北道会議員は「徴兵を送る半島の父母として…可愛い息子が護国の神として靖国神社に捧げられて祀られる栄光を十分に認識せねばならない」と主張した。

だが金代表は訴状を通じて「毎日新報は朝鮮総督府機関紙で、虚偽・誇張報道はもちろん歪曲・捏造まで事とした新聞」であり「信じられない」と主張した。全鮮公職者大会記録も「強制的に公職者を招集してこれらの発言を事前に作り上げ、強圧的に朗読させた事が確実」で「信憑性がない」と語った。金代表はこれに続いて、ハンギョレ1・3・4面にA4用紙4枚になる分量の反論報道文を載せ、1億ウォンの損害賠償をせよと要求した。

鐘が鳴ったのに5分ほどさらに忠誠発言

民事訴訟に先立って、金代表は去る11月3日に同じ内容で言論仲裁委員会に調停申請を出した。言論仲裁委員会(ソウル第8仲裁部 仲裁部長・金秀鎰)は13日に金代表とハンギョレ双方の代理人を呼んで調停を試みたが、双方の主張が平行線をたどって調停に失敗した。ハンギョレ代理人は「金代表側の主張が事実関係とあまりに違い、受け入れられない」と明らかにした。言論仲裁委員会11月18日「調停に代える決定」を下したが、ハンギョレが20日に異議を申請した事によって、最終的に言論仲裁委の調停は成立しなかった。

言論仲裁委員会関係者は27日「言論仲裁委員会の決定が無効となった事により、この事件は自動的に民事訴訟が提起される」とし「言論仲裁委員会は金代表側が管轄裁判所を決定した通りに今回の事件記録一切を裁判所に送る事になり、続いて民事訴訟手続きが進行する」と語った。

金武星代表の主張を要約すると、日帝時代「毎日新報」と「全鮮公職者大会」記録の二つともみな「虚偽」という事だ。二つの記録が嘘ならば「『親日』金武星の父が愛国者に変身している」というハンギョレ記事も「誤報」になる。だが二つの記録は歴史学者だけでなく、政府の公式文書も認定する重要な史料だ。

毎日新報は朝鮮総督府機関紙として1910年から1945年に解放される時まで発行された韓国語日刊新聞だ。金代表は毎日新報に対して「日帝の植民地支配を正当化する為の虚偽・誇張報道はもちろん、歪曲・捏造まで事とした新聞」なので「決して信頼できないもの」だと語る。


金武星代表の亡父・金龍周の親日発言が載っている「親日反民族行為関係資料集Ⅷ」表紙。李明博政権時代に大統領直属機関である「親日反民族行為真相究明委員会」が著した資料だ。


だが李明博政権の時に発刊された「大統領所属親日反民族行為真相究明委員会」の「親日反民族行為関係資料集Ⅷ」を見ると毎日新報を全く違って評価している「総督政治の宣伝機関と植民地言論の前衛的役割を遂行したこの新聞は日帝植民地統治はもちろん、植民地言論の性格を究明するのに重要な意味を持っている」(29頁)というのだ。

また裁判所の判決も毎日新報を重要な史料と認定している。ソウル行政裁判所5部は2011年11月判決を通じて「毎日新報は朝鮮総督府の機関紙ではあるものの、当時全国的に発行された日刊紙として日帝時代史研究における重要な一次資料として、国内外の歴史学者達によって歴史研究の為の資料に活用されている」と明確に釘を刺している。当時の裁判は東亜日報設立者・金性洙が親日反民族行為者と決定されるや、東亜日報側が政府を相手に訴訟を提起したものだ。金代表の主張通りならば、執権与党代表が裁判所の判決はもちろん李明博政権が公式的に認定して発刊した資料集の論理を否定する形になってしまう訳だ。親日問題を掘り下げて来た民族問題研究所側も「国家機関である親日反民族行為真相究明委員会が親日人士1006人名簿を発表した時も毎日新報を主要史料とした」と明らかにした。金代表の主張通りならば、李完用も親日派名簿から逃れる抜け穴が生じる事になる訳だ。

全鮮公職者大会は1943年に朝鮮の公職者428人が参加して日帝の徴兵制施行に感謝を捧げ、米英を打ち破る事を決議した大会だ。金代表はこの大会に対して「強制的に公職者を招集してこれらの発言を事前に作り上げ、強圧的に朗読させた事が確実」だと主張する。だが「親日反民族行為関係資料集Ⅷ」に載ったこの会議録を見ると、この大会がどれだけ自発的に開かれたかが露になる。「1943年8月中旬、京城府会議員若干名が会合をする頃…みな熱烈な賛成の下に全朝鮮の悩みを共にする同志である我ら公職者が一ヶ所に集まって徴兵制実施に対する感激を共にして同時に、米英を撃ちてし止まぬ決議を新たにする事に意見の一致を見る事になったもの」(552頁)という経過報告がある。

また当時の公職者達がどれほど競争的に忠誠を誓ったか生々しく表れている。司会者が「時間の関係で一人辺り15分以内に」発言する事を要求したのに時間を超える場合があり、聴衆達も拍手を送って「良かった」や「賛成」「よく分かりました」「分かった、分かった」と積極的に呼応している。特に金代表の父親である金龍周慶北道会議員の発言は著しい。二日に亘って進行されたこの大会で発言者は全16人だったが、金龍周の発言が最も長い。15分が過ぎて鐘が鳴ったのに5分ほどさらに忠誠発言をまくし立てる。春川出身の公職者も15分を超えたが、鐘が鳴るとすぐに言い終えたのと対照的だ。

「父の親日」報道が間違いだと
「ハンギョレ」1・3・4面にA4で4枚分
反論報道を載せて1億出せと要求
言論仲裁委調停成立せず
民事訴訟手続き進行する予定

巨額損害賠償訴訟を出したのは
亡父の親日を「紛争領域」に
移して引き伸ばそうという意図に見られ
本当に無念ならば民事訴訟でなく
記事を書いた記者を検察に告訴せねば


総督府機関紙だから信じられないと?

内容も発言者の中で最も鼻持ちならなかった。彼は拍手を受けて登壇し「それぞれの面(村)に神社を建立し…日本精神の真髄に徹底して染み入る事が出来ます」とし「これから徴兵を送る半島の父母として、息子を国の創造神に喜んで捧げる心構えと、可愛い息子が護国の神として靖国神社に神として捧げられて祀られる栄光を十分に認識し、全ての物を神に帰一する信念を持たねばならないと思います」という。さらにひどいのは、新羅時代の花郎・官昌と朝鮮時代の死六臣・成三問の事例を挙げて「我々はこのように義勇忠烈なる先祖を持っています。その子孫である者が奮闘して固い覚悟を持つのが非常に重要だと思います」という論旨を繰り広げる。我々の先祖の忠誠心と意気を今日に甦らせ、日本天皇の為に決起しようという話だ。

何よりもこの大会記録に対して政府が出した史料集は「韓国人公職者をはじめとする支配層が持つ徴兵制認識と時局認識、戦争観など多様に提示されている」とし「親日協力者達が競争的に『いかに栄光ある皇軍となれるか』方法を提示し『忠烈な皇国臣民になる為に何をすべきか』を目に見えるよう紹介している資料」(26頁)と評価している。その為手続き上で見るならば、金武星代表はハンギョレ報道を問題にする前に政府の史料集が誤っていると訴訟を提起して然るべきであろう。政府が撒いた報道資料をそのまま引用しただけの記事に対して、報道資料を問題にせずにマスコミばかり責めている始末だ。

金武星代表はなぜこのような無理押しをするのか? 日付順で振り返ってみると理由を推察出来る。「『親日』金武星の父が愛国者に変身している」は記事が出たのが8月1日付だ。野党も「亡父の人生を美化するな」と後続攻勢を続けた。金代表は8月14日「対応するつもりはない」と断言した。記者達が質問を続けるや「やめよう」と言って座を立ちもした。9月17日、民族問題研究所が親日を裏付ける決定的な資料達をぶちまけた。軍用機募金献納、日帝植民地時代末期の出征皇軍に対する感謝状発送主導、徴兵制実施礼賛などだ。それでも金代表側はさしたる反応がなかった。争いの拡大を望まないという明らかな意思表示だ。

だが1ヶ月余過ぎた10月25日に態度がすっかり変わった。金代表は汝矣島の食堂で行った記者懇談会で「親日ではない」と強弁した。「うちの父は日帝に気付かれないように独立軍へ活動資金をやったりした」と主張までした。この日の懇談会は亡父の問題が主題ではなく、記者達が聞きもしないのに突然話を切り出して昼食の場でずっと父の話ばかりした。翌日厚ぼったい釈明資料を出し、29日には金龍周会長が設立した慶北浦項永興初等学校を訪問した。取材陣の前に立って「聞きたい事はあるか」と言い、積極的に対応する姿を見せもした。大々的な反撃が始まった訳だ。

その間に何があったのか? 10月12日教育部の国定教科書行政予告を除いて説明は出来ない。金代表は国定教科書強行の最先鋒に立った。「歴史学者の90%が左派だ」と規定した。また「左派達によって父が親日派と罵倒されている」と語った。二つの主張をつなげれば「父を親日派と罵倒する勢力はみな左派だ」という結論につながる。あたかも解放政局で親日派達が自身を攻撃する勢力を全てアカ扱いしたのと同じ論理だ。次期有力大統領選候補として障害物を片付ける為、国定教科書論争の渦中に亡父の親日問題を左右論争にすり替えようという戦略と解釈される。


彼はじりじりと時間稼ぎがしたい

そんな大きな絵図の大統領選青写真の中にも「ハンギョレ」を相手にした訴訟は別途の目的があるように見える。まず1億ウォンという巨額の損害賠償訴訟を出して記者の口を封じようという一次的目的があるようだ。だがそれよりは、亡父の親日問題を「真実の領域」ではない「紛争の領域」に移してしまう事ではないかという推論が可能だ。民族問題研究所の朴秀炫研究室長は「金武星代表の訴訟論理は、現在裁判が進行中である東亜日報・朝鮮日報の訴訟論理と同一だ」とし「法的な論理だけで見れば裁判所の確定判決が出なかった為に、両新聞社設立者の親日行為が明確にも関わらず、依然として争いが進行中の事案として残っている」と語った。実際2009年に親日反民族行為真相究明委員会が東亜日報設立者・金性洙、朝鮮日報元社長・方応謨を親日反民族行為者と規定するや、子孫達がこれを取り消せと訴訟を出した。裁判は6年過ぎても依然として進行中だ。金性洙の場合は1審裁判所であるソウル行政裁判所が金性洙を親日派と認定したが、控訴後の裁判は紆余曲折の連続だった。ソウル高裁は事件をじりじりと引き伸ばした。事件は同裁判所の行政6部→行政3部→行政5部→行政7部→行政7部を経て6度目の裁判長にまで渡った。方応謨親日裁判は最高裁で4年近く眠っている。裁判所が巨大マスコミ会社の顔色をうかがっているのだ。ある前職最高裁判官は「法理が複雑であったり争点が多い事件はは時間が長く掛かり得るが、それでも1年余りあれば全て整理出来る。裁判が2年越えたら、それは単に『自分が裁判長でいる間は判決したくない』という意味」と語った。

金武星代表に必要な時間は2年あれば十分だ。2017年12月の大統領選挙までだ。これから2年間亡父の親日問題に対して無数の質問があふれる事だろう。山のような証拠の為に答弁に苦しむだろうが、裁判が進行中であれば話は変わる。「まだ裁判所の判断が下らないので待ってみよう」と言える逃げ道が生じたのだ。

これに対して刑法が専攻であるソウル大の曺国教授は「民事訴訟は数年ずつじりじりと引っ張るが、刑事法は国家の刑罰権脅威から人心を早く解放させるのが目標で、裁判の進行速度が違わざるを得ない」とし「金武星代表が本当に無念だというなら、新聞社を相手に民事訴訟をするのではなく、記事を書いた記者を検察に告訴しなければならない」と語った。

金宜謙専任記者 kyummy@hani.co.kr

訳:ZED
朝鮮語原文記事はこちら
http://www.hani.co.kr/arti/politics/politics_general/719453.html

※またしてもハンギョレ日本版では訳されなかった重要記事です。朴裕河を擁護して声明まで出した「日本の良心的知識人」どもは、上記のような権力者によるモノホンの言論弾圧事件にはなぜ反対しないのか? 御都合主義にもほどがある。この件は普段ハンギョレに批判的な筆者も看過出来ない重大な問題だと思います。
取り急ぎ訳文を。訳者解説はまた後で追加します。しばしお待ちを。

「金甲洙近現代史特別講座」より

韓国の作家・金甲洙氏が自身のフェイスブックで連載した記事「金甲洙近現代史特別講座」の内容を所々翻訳して以下に抜粋する。強調部分は訳者による。


https://www.facebook.com/kimcapsu/posts/370641403086810
「朝鮮が滅びた理由を捏造するべからず!」
「日本は西洋覇道の手先に過ぎず」
金甲洙近現代史特別講座(2)

我々の近現代史において最も大きく歪曲された歴史は、近現代史ではなく朝鮮(王朝)史という事を常々私は強調してきた。朝鮮が劣っていて滅びたなどという。やや訳知りに言うなら「朝鮮は矛盾によって滅びた」ともいう。でなければ「日本が優れていて朝鮮を食った」などという。もう少し訳知りに言って「日本は近代化に成功した為に朝鮮を征服出来た」という。断言するが、この中でどれ一つとして正確な歴史認識ではない。

朝鮮は東学と義兵戦争で50万人近い戦死者を出した。朝鮮の官吏・学者達の中に自決で抗日した人の数は数え切れないほど多い。朝鮮の最後の皇帝・高宗は日韓併合を告示した詔勅についに署名しなかった(日本人達は強奪した国璽を押しただけだ)。俗な言葉で言って、朝鮮は決して「与し易い国」ではなかった。

一例として、身分社会という理由で朝鮮を批判する人達がいる。だが皮肉な事に「身分 신분」という言葉自体が朝鮮にはなかった言葉だ。我々はこの言葉が日本から輸入された語彙だという点で、身分社会をという事を理由に朝鮮を批難する論理がどのように作られたか暗示を受ける事が出来る。世の中に身分社会でない国がどこにあるのか?

もう一つの例を挙げてみよう。朝鮮統監・伊藤博文は朝鮮に近代的法制度を移植する為に梅謙次郎を送り、民法などを制定する事前措置として旧慣調査を実施させた。その意図は、近代法である日本民法をそのまま朝鮮に適用したら様々な問題が発生するだろうと予想し、近代法に適合しない旧慣を調査した後に朝鮮独自の民法を作ろうとしたのだった。

だが実際に調査を進行してみるとこうした予想は外れ、近代的所有権と極めて類似した土地所有権がすでに朝鮮には存在していたという事が確認された(宮嶋博史論文、「日本史認識のパラダイム転換のために」)

以下は梅謙次郎が伊藤博文に送った報告書の一部だ。

「現在としては、一般的に土地所有権を人民に認定しているという事は疑いようがなく見え(中略)要するに所有権と言える権利が朝鮮の人民には少なくとも数百年前から認定されてきたという事は否定出来ません」

これはアメリカの東アジア専門家ブルース・カミングスが朝鮮を「農業官僚社会」と規定した事とも脈を同じくする。


https://www.facebook.com/kimcapsu/posts/371500416334242
「優れた朝鮮」は初めてという方々の為に
金甲洙近現代史特別講座(3)

今日の私の文は「優れた朝鮮とは初めて」という方々の為に急ぎ掲載するものだ。最近になって朝鮮を正当に評価する良い文章達が多く生産されているが、その中でも今日は三星経済研究所刊「韓国と日本方程式」に収録された韓永愚教授(한영우 ハン・ヨンウ ソウル大国史学科)の論文「法古創新と東道西器の道」を一部だけ抜粋して紹介する事にしたい。

「一流国家になろうという夢は今日の我々だけでなく昔の祖先達も同様に持っており、実際にあの時代の水準から一流国家を不断に生産してきた事が我々の歴史である。

中国人達が我が国を「君子之国」または「東方礼儀之国」と指して言い、我が国の使臣を周辺各国の使臣の中で最も上席に配置しながら手厚く優待したのは、国際社会で一流国家として認識されていた事を端的に証明するものだ。我が国の通信使が日本に行けば国力を傾く程に厚遇されたのも、我々が一流国家であったからだ。実に我々は20世紀100年を除けば常に一流国家として生きてきた。

朝鮮王朝は特に各王朝の中でも最も模範的な国家と言える。伝統文化の韓国的特性が最も洗練されて発現したのがこの時代であり、中国文化を情熱的に受容したのもこの時代であり、朝鮮後期には西洋の天主教と科学技術に対しても最初は比較的友好的に受け入れた。相手が我々の伝統文化を正面から破壊しようという侵略性を露にしない限り、常に心の扉を開いて外来文化を摂取してきたのが我が祖先達の基本姿勢であった。

我が国は儒教の為に科学技術が発展出来なかったという俗説は根拠のない話だ。むしろ日本人達が持てなかった人文的教養と全人的思考力は、これから我々が日本を凌駕する一流国家になれる潜在力であるとみなさねばならない。

朝鮮王朝が果たして日本の武力によって国恥を受けたといえども、侵略者を批難すべきであって祖先を責める事ではない。紳士が不良の輩に殴られたからといって、紳士を咎める事が出来ないのと同じ脈絡だ。我々は国恥以後100年間、朝鮮王朝を恨みながら生きてきたが、これからは朝鮮王朝の名誉回復の為に努力すべき時だ。それが歴史に対する虚無主義を克服して新文明を創造する活力素となる事だろう」


https://www.facebook.com/kimcapsu/posts/371545222996428
昨今の大韓民国、朝鮮末期よりもましなのか
金甲洙近現代史特別講座(4)

国が滅びるのには二つがある。一つは自ら滅びる「破亡」であり、もう一つは外部勢力の侵略によって滅びる「敗亡」だ。朝鮮は日本によって敗亡した王朝である。それならば、もし日本が侵略しなければ朝鮮はどうなったろうか?

朝鮮が末期に入って急速に衰退の道に入った事は否定出来ない史実だ。表現を変えるならば、朝鮮は19世紀に入って破亡の道を歩んでいたといえる。だが人類の歴史で滅びなかった国はない。ましてや朝鮮は518年という最長寿の王朝寿命を維持した国だ。

日本が朝鮮を侵略しなければ、朝鮮はどのようになったろうか? 自己内部の改革または革命で生まれ変わり、次の寿命をつないでいった事だろう。この過程で国号を変更する事になって、「朝鮮」という名は歴史の裏道に押し出された可能性もある。

我々には滅び行く朝鮮を再生させる事も出来た歴史がなかった訳ではない。私はそこで東学を挙げるのを躊躇しない。東学は実に偉大な「挙事」であった。そして東学は革命へと昇華させられるハードウェアとソフトウェアをあまねく備えていた。

東学軍は最低でも朝鮮半島の60%以上の地域で挙兵した。東学軍が掲げた「弊政改革案(日本では「秕政改革案」と記述される事が多いが、正しくは「弊政」である:訳注)」は非常に革新的であり、特に東学軍の対民指針は50年後にも興起する中国共産革命軍のものよりも優れていた。

最近になって、当時の東学軍指導者達がどれだけ優れた人格体であったかを証言する日本側の記録が大量に発見されている。その記録達は一様に東学軍指導者達を「見識ある者達だ」「朝鮮国民の中の先覚者だ」と語っている。(日本「香川新報」など)
だが東学軍は日本軍によって殲滅された。当時日本軍が打ち出したスローガンは「匪徒掃滅」というものだった。1890年に東学軍が殲滅された事によって朝鮮は再起の機会を喪失し、1910年代義兵の壊滅によって朝鮮はそのものが台無しになってしまった。

朝鮮に正規軍がなかった訳ではない。日露戦争と乙巳勒約を体験した1905年の時点においても3500名の官軍が残っていた。日本は朝鮮の官軍を解体させた。すると彼らは義兵に変身して抵抗したが、やはり日本軍によって制圧された。

重要なのは、もし日本軍がいなければ東学革命は間違いなく成功していただろうという点だ。文治を志向した朝鮮は伝統的に民乱に寛大であった為である。これは日本軍が入って来て、東学軍対処レベルを調整する為に調査した報告書にも表れている。反乱民軍に最も野蛮的に対処したのは、自分達が精一杯近代化だと自称していた明治維新以後の日本政府である事を知った日本人達は、当惑を隠す事が出来ない。


https://www.facebook.com/kimcapsu/posts/372006292950321
一体アメリカは何をしたのか
朝鮮は「滅びた」のではなく「してやられた」のだ
金甲洙近現代史特別講座(5)

日本が朝鮮を強奪するのにアメリカの果たした役割はどの程度であったか? これまでは黙認・幇助したというのが定説だった。我々は桂・タフト密約を知っている。ここで桂とは1905年当時の日本首相であり、タフトとはアメリカ陸軍長官で3年後にアメリカ第27代大統領になる人物だ。

最近になって、日本が朝鮮を強奪するのに(米国は)黙認・幇助する程度ではなく積極的に周旋して駆り立てたという主張があちこちで提起されている。日本の朝鮮独占が決定付けられたのは日露戦争だったが、まさにこの日露戦争に天文学的な戦費を支援したのがアメリカであった。

(中略)

ならばなぜ西欧帝国主義国家達は日本を支援したのであろうか? 中国大陸を征服したがっていた西欧帝国主義国家達は、中国と日本の連合戦線を未然に防止する必要があったのだ。ここに付和雷同してアジアに裏切りをうったのが日本であり、それが初めて結実した歴史的事件が明治維新というものであった。

このような状況で亡ばない国がどこにあろう? こうして見た時、朝鮮は「滅びた」のではなく「してやられた」のだった。なぜなら当時の朝鮮は騙されたあまりに日本を除く西欧列強の侵略下心を知る事が出来ず、特に開化知識人達の場合むやみに西欧を憧れて羨望する愚かさまで露出したからだ。

列強も列強だが、問題はまさに「銃」にあった。東学軍は竹槍と火縄銃を手にしていたが、日本軍は最新式ライフル小銃で武装した軍隊だった。数十万の東学軍と義兵を殲滅したのは、わずか4000人の日本軍が所持した現代式兵器だった。

ここにもう一つの疑問が提起され得ると思う。「いかに日本軍が新式兵器を持っていたとしても、数十万の兵力と1000万の人口があった朝鮮がやられたのは問題ではないか?」だがこれは旧式武器に対して「銃」が持つ恐るべき威力を知らない為に言う言葉だ。

(中略)

朝鮮が劣っていて滅びたのか? それならば次の論理に承服せねばならない。

一人の少女がいる。少女がどこにいようと関係ない。男が近寄ってナイフを突きつけ、スカートを脱げという。少女は拒否する。すると男はガス銃で少女を気絶させた。男が汚れた欲望を満たしている間、少し遠くでは警察達が見張りをしてやっていた。

この少女は劣っていてやられたのだろうか? 行いが悪くて、あるいは服装がけばけばしくてやられたのだろうか? そうでなければ、少女が男のようにナイフとガス銃を持っていなかった為にやられたのだというのか? このように答える人間は、朝鮮が劣っていて滅びたのだろうと言っても差し支えないだろう。ただその者は帝国主義的な人格を持っているか植民史観に染まった人間だ。


https://www.facebook.com/kimcapsu/posts/374435452707405
西欧崇拝日本を他山の石とせねば
「間抜けな奴」がうようよしている大韓民国
金甲洙近現代史特別講座(7)

21世紀に入って日本はアジアにおいて周辺国へと押し出されている。シンガポール・香港・台湾の国民所得は早々に日本を抜き去っており、韓国も日本の国民所得の90%ラインまで肉迫して入った。日本の国家競争力が中国に押されて久しく、遠からずインドにも遅れる事が確実視される。

日本は韓国との関係が円満ではなく、中国とは疎遠で、朝鮮共和国との関係はほぼ敵対的な水準だ。のみならず、日本は地震・台風・火山噴火など自然災害の恐怖から一時も自由になった事がない国だ。

(中略)

事実日本の後退は全くおかしな事ではない。歴史の目で見た時はなおさらそうだ。日本は明治維新以前である19世紀中頃までアジアの中心国家だった事がない。したがって周辺国家であった国が再び周辺国家に戻る事をおかしく思うなら、それこそまさにおかしな事ではないか?

宮嶋博史教授は論文「日本史認識のパラダイム転換のために」で、「現在日本は経済的にはどうだか分からないが(それも相当におかしくなっているが)政治的にも社会的にも周辺各国に遅れている」と語るが、こうした観点は日本の学者達の間でもはや広範囲に共有されている。

断言するが、私は日本が再びアジアの中心国家となる可能性はないと見る。


https://www.facebook.com/kimcapsu/posts/375137185970565
先烈達の尊姓大名を呼ばわせよ
南満州の抗日烈士達
金甲洙近現代史特別講座(7)

李紅光(리홍광 リ・ホングァン)を知っているか? 1910年に京畿道龍仁で貧農の息子として生まれた彼は、1931年に南満州で初めて抗日武装闘争隊伍である赤衛隊を組織した人物だ。同時に彼は卓越した武装闘争の指導者であったばかりか、農民運動の指導者でもあった。

「李紅光は抗日武装闘争の輝ける指導者の中の一人にして革命軍首領であり、共産党員であった。強烈に日本に抵抗し、艱苦奮闘した彼の業績は誰もがよく知る所だ」(1938年 毛沢東)

「東北抗日連軍の参謀長であり、第1軍第1司長であった李紅光同志は抗日連軍の中でも一番高位の首領の一人だった」(1946年中国「解放日報」【南満州を揺るがした李紅光同志】)

李紅光烈士は1935年5月、華子区黒瞎子望近辺で26歳の若い歳で戦死した。

似た名前の李東光(리동광 リ・ドングァン)を知っているか? 1904年に咸鏡北道慶源郡で生まれた彼は、1936年東南満州省委員会組織部長を歴任した。彼は群集事業の卓越した指導者だった。彼は南満州で農民達から最も厚い信望を得た。祖国光復会南満州代表として猛烈に活動していた彼は、1937年に黄土江山突破戦で戦死した。彼は名前の似た李紅光と共に南満州抗日闘争史に赫々と記録された先烈である。

許亨植(허형식 ホ・ヒョンシッ)を知っているか? 1909年に慶尚北道亀尾で生まれた彼は、哈爾浜メーデーデモで投獄され、満州事変以後出獄した。1930年序盤から反日遊撃隊に加担した彼は、抗日第3路軍総参謀長などを歴任しながら柳樹河子村戦闘、拉拉屯戦闘、五道崗戦闘などで優れた軍事的能力と自己犠牲精神を見せてくれた。日本軍の大討伐によって小部隊遊撃戦に転換して以後も彼は現場を離れず最後まで闘争し、1942年8月壮烈に戦死した。当時の先烈の歳は33歳であった。

楊林(양림 ヤン・リム)を知っているか。楊林の名になじみがなければ彼の本名・金勛(김훈 キム・フン)を記憶しているか? 3.1抗争以後中国に入った彼は、モスクワ東方労力者大学に留学した後、1930年に遊撃闘争の指導者となった。以後中国共産党に抜擢され、江西ソビエト地域に転勤した彼は、紅軍大学教官職を遂行しながら大長征に参加、多くの武功を立てた。惜しい事に彼は大長征を終えた直後、毛沢東の直接率いる東征戦闘で38歳の若さで戦死してしまった。

友らよ 備えよ 手にした武器
帝国主義侵略者を打ちのめし
勇進勇進 進めや 勇敢に
億千万回死のうとも 敵を討とう
(遊撃隊行進曲)

李秋岳(리추악 リ・チュアッ)を知っているか? 彼女の本名は金錦珠(김금주 キム・グムジュ) 、1901年に平安南道の貧しい農民の家庭で生まれた彼女は、7歳の時に父を失って母と友に片や勉強、片や労働して育った。彼女の学習熱は大変なものだった。彼女は国内独立運動の渦中でも大変な読書をした。3.1抗争以後指名手配されて中国に渡った彼女は楊林と夫婦の縁を結ぶ。彼女は行く先々で抗日演説を敢行、朝中人民が連合して抗日武装隊を組織して帝国主義の侵略に反撃しようと訴えた。

1932年秋、李秋岳は中共珠河中心県委に派遣された。彼女は県委委員、婦女部長、鉄北区委書記などの職務を務めた。彼女はすでに反日遊撃区の著名な抗日女性英雄となっていた。1936年8月27日、彼女は敵達に逮捕されて酷い拷問を受けるが、最後まで屈服しなかった。日本軍は1936年9月3日通河城西門外で彼女を銃殺した。その時の烈士の歳は35歳だった。

東満州第2軍パルチザン女性大将・金确実(김확실 キム・ファッシル)を知っているか? 第6師団不死鳥裁縫隊長・崔姫淑(최희숙 チウェ・ヒスッ)を知っているか? ならば第4師団機関銃女性班長・許成淑(허성숙 ホ・ソンスッ)を知っているか? 彼女が間三峯戦闘で轟かせた威容を覚えているか?

「残酷な刑罰は革命戦士の筋肉と骨を削る事は出来るが、女性英雄の確固たる意思を屈服させる事は出来なかった。敵は何とかする事が出来なくなるや、許成淑同志に死刑判決を下した。許成淑は死を少しも恐れなかった。ただ戦友達と共に民族の解放を戦い取れなかった事が惜しまれるだけであった」(満州抗日烈士列伝)

許成淑は叫んだ。「私は朝鮮民族の娘です」瞬間、銃声が響き、烈士の歳は24歳であった。

名前のみ羅列するにも紙面が足りない抗日烈士達、ここへ無名の烈士達まで合わせて夜空の星ほどにも数多く、そして玲瓏と輝くべき先烈達の名を我々は覚える事が出来ない。いや、彼らの名を呼ぶ事すら禁句視されている現実で、我々はせいぜい梨花学堂出身の柳寛順(류관순 リュ・グァンスン)烈士の名について何だかんだと言い争うだけだ。我々に先烈達の尊姓大名をまともに呼べるようにしてくれ。


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「朝鮮革命が完成する前には、私にとって平和は苦痛なだけ」
三分法で見る朝鮮独立運動勢力
金甲洙近現代史特別講座(9)

我々の独立運動は大きく三つに分けて見る事が出来る。上海から重慶に至る臨時政府中心勢力、広東蜂起から大長征そして延安に至った中国人民革命参加勢力、最後に間島すなわち満州反日武装闘争勢力だ。

便宜上上海派・延安派・満州派と呼称するならば、まず上海派は光復軍、延安派は朝鮮義勇軍、満州派は朝鮮人民革命軍を組織したという点が最も重要だ。最近北朝鮮で言われる「白頭山血統」は満州派に属する。

ただこのように単純に三分法のみだと、早くからソウル都城で義兵を起こした旺山・許蔿(허위 ホ・ウィ)、沿海州へ行って闘争した安重根(안중근 アン・ジュングン)、北路軍政署総裁・徐一(서일 ソ・イル)、青山里の主役達である洪範図(홍범도 ホン・ボムド)金佐鎮(김좌진 キム・ジャジン)李範奭(리범석 リ・ボムソッ)などと、いわゆる北京派として無政府主義と関連する李会栄(리회영 リ・フェヨン)などを外してしまうかもしれない。


https://www.facebook.com/photo.php?fbid=375522402598710&set=a.126958834121736.27678.100004228604235&type=1
「歴史の神」を冒涜する朴槿恵政権
最善の独立運動勢力は「満州派」だった
金甲洙近現代史特別講座(10)

独立運動の第3列、3列とは言うがこれら満州派こそ最も純粋で熾烈で体系的で自主的に武装闘争を展開した勢力であった。李紅光、李東光、許亨植、崔庸健(최용건 チウェ・ヨンゴン)、金策(김책 キム・チェッ)、金日成(김일성 キム・イルソン)、崔賢(최현 チウェ・ヒョン)、姜健(강건 カン・ゴン)などが代表性を帯びる。これらのうち生き残った崔庸健、金策、金日成、崔賢、姜健らは朝鮮民主主義人民共和国の権力核心となった。

これらは東北抗日連軍という名で中国軍と合作して抗日闘争を展開した。だが朝鮮人達の資質が何分にも抜きんでいた為、別に朝鮮人民革命という呼称が付与されもした。抗日遊撃戦の中で普天堡戦闘と間三峯戦闘は特に有名だが、この二つの戦闘はみな金日成が指揮したものだ。金日成は論理的ながらも親和力とリーダーシップがあり、中国共産党とソ連共産党からいずれも認められた。


金甲洙氏のこの連載は全72回にわたって連載されたもので、近日書籍化の予定もあるという。今はとても全てを翻訳する余裕がないので、とりあえず必要な部分だけ翻訳抜粋して御紹介した。以前に御紹介した「徐仲錫の現代史の話」と並んで、ぜひ同胞はもちろん日本人にも一読を進めたい。もちろん徐仲錫教授の記事と同じで一部細かい部分で筆者とは歴史観や見解を異にする部分はあるが、朝鮮半島の近現代史を知る為の読み物・入門書としては優れた内容であろう。
とりわけ金甲洙氏は、日本の右翼や韓国のニューライト勢力が主張する「朝鮮王朝は何もかも劣っていた国だから植民地化された」という植民史観の誤りや、日本のアジア侵略の背後でアメリカが果たした極めて重要な歴史的役割などを度々強調する。これらは意外に見過ごされがちだが、極めて重要な歴史的視点である。特にアメリカが日本の朝鮮侵略において共犯・教唆犯であったという史実は、「日本の歴史家を支持する声明」を考える上でも重要なポイントだ。日帝の被害国である朝鮮半島や中国の研究者を排除し、加害国側であるアメリカと日本側が勝手に自分らの都合ででっち上げて一方的に押し付けてきた声明に正義はあるのか? 
「桂・タフト密約」と「日本の歴史家を支持する声明」にどれほどの違いがあるというのか?
帝国主義列強が裏で手を組んで植民地の分け前を話し合う。それは今も昔も本質的に変わらない。
金甲洙氏のこの記事に関する詳しい推薦と紹介はまた改めて後日書きたいと思う。

今回これら金甲洙氏の記事を翻訳して取り上げたのは、例の関川夏央の酷過ぎる民族差別主義と歴史修正主義へのちょっとした反証でもある。関川という作家の差別暴言や歴史歪曲・捏造について筆者は前々から問題と思っていたのだが、最近はそれに拍車が掛かっているようだ。しかもそれを岩波書店の編集者が幇助・教唆している。朝鮮侵略・攻撃の現場犯と幇助犯。これではまるで日帝と米帝の関係ではないか(笑)!

・関川夏央
「韓国がそれ(ナショナリズム)にすがるなら、北朝鮮の愚行と蛮行を恥じなくては平仄があいません。韓国がそのあたりをあえて無視しているのは、やはり「物語」だからだね。――というようなことを岩波書店の坂本政謙さんに話したところ、それをぜひまたやってください、といわれました。」

・日露戦争当時の日銀副総裁・高橋是清
「韓国がロシアにすがるなら、日本は愚行と蛮行を厭わず戦争しなくては領土拡大が出来ません。日本がロシアと戦争するのにそのあたりで障害になっているのは、やはり「戦争資金」が足りないからだね。――というようなことをアメリカはクーン・レーブ商会のジェイコブ・シフさんに話したところ、金貸すからそれをぜひやってください、といわれました。」

…冗談はともかく、関川の民族差別主義は桜井誠・野間易通・石丸次郎・橋下徹らの、歴史歪曲・捏造は八木秀次・藤岡信勝らのそれとほとんど同じレベルの酷さだろう。桜井・野間・石丸・橋下・八木・藤岡の特に酷い部分だけを一身に寄せ集めて出来上がった不細工なキメラが関川夏央の人間性という事だ。
そもそも「日本時代の韓国には、事実上独立運動はなかった。独立は日本の敗戦によって自動的に得られたもので、解放後も新政府樹立を名のり出るものはいなかった。」とか言ってる時点で、一般常識レベルの歴史すら知らないか嘘をついているのは明白だろう。それを積極的に駆り立てている岩波の坂本とかいう編集者も凄いが、そもそも関川の嘘など韓国の作家の記事をわざわざ翻訳引用するという面倒なことをせずとも、他ならぬ岩波自身が刊行した雑誌に載っている宮嶋博史の論文一つで完膚なきまでに粉砕されるレベルのものではないのか。坂本という編集者はこうした自社刊行物の中身すら十分に把握していないと見える。それとも宮嶋教授は「岩波書店の著者」ではないとでも言いたいのだろうか。
関川とそれを喜んで起用する編集者。これはまさに現在の岩波書店の惨状を象徴する事例に他ならない。
さらに言うと関川と坂本は、アジア各国に古くからある民族主義や、ナセル時代のエジプトやカダフィ時代のリビア、今ではキューバやベネズエラなど南米左派政権諸国の反帝民族主義というのを全く理解出来ていない。それらを欧米日帝国主義諸国の国家主義とごちゃ混ぜにするという重大な誤謬を犯している。アジアや第三世界の民族主義と帝国主義国家の国家主義は根本的に別のものだ。いや、関川らもこれらの区別がついていない訳ではないだろう。これらの差異にちゃんと気付いており、自分ら「日本鬼的軍国主義」の邪魔となるアジアや第三世界の民族主義を抹殺せねばならない必要性から、ああいう誹謗中傷を言っているに過ぎない。
こうした被侵略国や弱小民族の民族主義に対する先進国の攻撃性という観点もまた、「日本の歴史家を支持する声明」を考えるのに重要なポイントである。

関川にせよ坂本にせよ、安倍晋三と同じで呆れるほど帝国主義的人格と植民史観に染まった人間である。それこそ「レイプされた少女が悪い」と平然と言ってしまいそうなぐらい、骨の髄まで「日本鬼的軍国主義者」だ。


「笑壊人、日本鬼的軍国主義就是不死!」
(笑わせるぜ。ジャップの軍国主義は死なずって事か!)


「関川夏央・坂本政謙・安倍晋三都是面皮極厚、対嘲諷置若罔聞」
(関川夏央・坂本政謙・安倍晋三はいずれもツラの皮が分厚く、嘲笑われても聞き捨てている)

【翻訳記事】金甲洙氏の「帝国の慰安婦」書評記事

韓国の作家・金甲洙(キム・ガプス 김갑수)氏が自身のフェイスブックで3月6日に、「帝国の慰安婦」の書評を発表した。要点を突いた分かり易い内容なので、日本の読者にも訳して御紹介したいと思う。


金甲洙氏フェイスブックより「帝国の慰安婦」書評

知的無能、歴史的無知、論理的誤謬で点綴された駄々と偏見
「帝国の慰安婦」とは朴裕河、まさにあなたの事だ

本来見向きもすまいとした。だが論争が意外にも大きく飛び火した上に、一部の友人達の要請もあって遅ればせながらも本を求めて読んだ。「帝国の慰安婦」は予想していたものよりもはるかに低級な本であった。

この本の持つ非歴史性と非人間性の他に、この本の低級な水準を即座に指摘する文章がほとんどないのはどういう理由か気掛かりだ。おそらく「慶応」と「早稲田」という著者の学歴、それに現職大学教授という外ヅラの為ではなかったろうか?

時間を節約する為に簡単に核心のみ指摘しようと思う。一々分析せずに、この文章に込められた核心的主張達をそのまま提示しても読者が簡単に理解出来るだろうからだ。

この本は「慰安婦問題が解決しないのは解決を要求する側に誤りがあるという事を語ってくれる詭弁」(序文)で始まる。

― 慰安婦は日本だけの特殊な問題だ。だが軍国主義やファシズムの為ではなく、早くからあった遊郭という公娼制度を持っていた所に求めねばならない。

― 慰安婦募集は強制ではなく騙されたものであり、募集者は日本軍警ではなく売春業者であり、朝鮮人面長(村長)が帯同した事から見て、我々内部の協力者もいた。

― 挺身隊であれ慰安婦であれ、彼女達がそのように動員された過程に朝鮮人が深く介入していた事実を黙過した事が「慰安婦問題」を混乱に陥れた原因でもある。

― 日本大使館前の少女像は歪曲・創作されたものだ。実際の慰安婦は大部分が20歳以上の年齢だった。

― 小説「春婦伝」を見ると慰安婦達が希望地へと移動する場面が出て来る。これは日本軍の深い関与・管理の事実と共に、慰安婦の「自由」も見せてくれるものだ。

― 軍人達と慰安婦達が連れ合って馬や自動車に乗っては「大人が子供のように」遊んだ体験を、このお婆さんは楽しく幸福な追憶のように記憶する。(だが遺憾な事に)こうした類の記憶達もやはり公的記憶になる日はない。

― 彼女達が仮にある程度余裕を持った生活を出来たとしても、彼女達は依然として日本軍慰安婦であり、そうである限り彼女達を作ったのが植民地支配構造だという事は明らかだからだ。

― 実際に朝鮮女性の賃金は日本女性に次ぎ、中国女性はその次だった。

― 植民地朝鮮の貧困と人身売買組織の活性化の為に朝鮮人慰安婦が多かった。

― 慰安婦が20万人おり、そのうち80%が朝鮮人であったとするなら2012年現在まで登録された234人という数字はあまりに少ない数字と言わざるを得ない。

― 私(著者)は日本軍と分け合った切ない愛の話を聞かせてくれるお婆さんに会った事がある。

― 日本人・朝鮮人・台湾人慰安婦の場合、奴隷的ではあっても基本的には軍人と同志的な関係を結んでいた。

― 慰安婦は性奴隷ではなかった。むしろ彼女達の微笑は売春婦としての微笑ではなく、兵士を慰安する役割を付与された愛国乙女としての微笑と見なければならない。

― 2011年12月14日に水曜集会1000回を記念してソウルの日本大使館前に慰安婦を象徴する少女像が建てられたのは、日本の否定派達の反発を一層加速化させた。

― だが成功する可能性の希薄な運動を20年間も続けながら、病気になって歳をとった慰安婦達に韓国の自尊心を代表させたのは果たして当事者の意思を尊重した事だったろうか? これは民族の抑圧だ。

― 慰安婦募集は「罪」ではあっても「犯罪」ではない。

― バルガス・リョサの小説「パンタレオン大尉と女たち」(原題「Pantaleón y las visitadoras」韓国では「판탈레온과 특별봉사대 パンタレオンと特別奉仕隊」という題で出版:訳者注)を読むとペルーにも軍人慰安所があった。

― 宗主国(日本)に対する協力と従順の記憶は我々自身の顔として認めまいとした。「自発的に行った売春婦」というイメージを我々が否定してきた事も、やはりそのような欲望の記憶と無関係ではない。

このようにこの本は自己撞着、論点逸脱、相身互い、性急な一般化など全て取り上げる事が難しいほど多くの誤謬一色だ。論理的誤謬を行使するのには二つの理由がある。誤謬である事を知りながら駆使すれば欺瞞をする為であり、誤謬である事を知らずに駆使すれば無知の為だ。朴裕河は後者に属するものと見られる。

一つだけ例を挙げるなら、朴裕河は「だが実際は日本は戦争自体により深く介入した。米軍の要請による通訳や運転などの軍属業務にとどまらず、直接参戦して命を失う人間までいた」(259頁)だとして日本の朝鮮戦争介入を主張しては、いくらもしないうちに「アメリカと韓国は徴兵制を維持して他国に軍隊を送りもしたが、日本はそのような事がなかった。もちろん日本が平和憲法を守ってきたからだ」(300頁)だとして日本の朝鮮戦争介入を否定する。

こうした矛盾現象は自分の声だけで紙面を全て埋めるのが難しい、知的能力の欠如した筆者にこそ表れるものだ。実際にこの本は3分の1以上が日本右翼執筆者達の著書をそのまま取って来て移した引用文で埋められている。

もう一つ驚くべきは、大学教授だという著者が韓国憲法が優越するのか日韓協定が優越するのかも知らずにいるという点だ。そこで「慰安婦賠償問題を韓国政府が解決しようと努力しないのは違憲」という2011年憲法裁判所の判決も誤ったものと強弁する。

呆れた事に朴裕河は水増し式「従北狩り」まで試みる。

「軍国主義を批判するならば北から批判すべきではないか? だが慰安婦問題に積極的な韓国の進歩派が北の軍事主義を大声で批難する事はない」(300頁)

朴裕河は、お婆さん達は強制募集された軍隊慰安婦ではなく「自発的売春婦」だったという挑発的な発言をためらわない。これに対しては朴裕河の知人と見られる日本の和田春樹教授(「金日成と満州抗日戦争」著者)も「一部に人格冒涜的な酷い表現がある」と指摘した。こうした点でこの本が慰安婦のお婆さん達の名誉を毀損したという韓国裁判所の判決は正当である。

この本に対して最も正確な評価をした人は日本・明治学院大学の鄭栄桓助教授のようだ。彼は「(帝国の慰安婦は)検討の対象が曖昧なうえ、用いられる概念が理解可能なかたちで定義されていない」本だと評価した。彼の言う通りこの本は曖昧なだけでなく、互いに相矛盾する主張達がいたる所に散在している。だが一つだけを以って問題を提起すれば、別の一つを以っていくらでも逆攻撃を加えられるように出来ている。

朴裕河がこの本で言わんとした核心は、「日本は慰安婦問題に道義的責任はあるが、法的責任はない」という日本政府の立場を代弁する為のものと見られる。だが能力もない著者がいざ本を書いてみると、所々で駄々ゴネに等しい発言達が露出したのではないかと思う。この本に込められているのは「プロクルステスの寝台(Procrustean bed)」のように、一般的な基準に他の人間達の考えを無理矢理合わせようとする我執と偏見だけだ。

例を挙げると朴裕河は、「朝鮮の慰安婦達は明らかに被害者だったが、それでいて日本帝国内で第2の日本人的地位を享受する事が出来た」だと駄々をこねた。前にはお婆さん達が自発的売春婦だったと言っておいて、不意に日本人に次ぐ2等国民の地位を享受したと語る。これは要するにお婆さん達が「帝国の慰安婦」達だったという言葉と類似する発言だ。真に帝国を慰安する人は誰なのか? 朴裕河、まさにあなた自身ではないのか?

訳:ZED

韓国語原文記事はこちら
https://www.facebook.com/photo.php?fbid=450177308466552&set=a.126958834121736.27678.100004228604235&type=1


御覧になった通りである。多言は必要あるまい。「帝国の慰安婦」とはまさに、自発的売文行為で日帝を慰安する朴裕河自身の事に他ならなかった!
金甲洙氏も今回の書評を書くにあたって鄭栄桓氏の記事を参考にしたようである。鄭栄桓氏の一連の記事は朝鮮語に訳された事もあって、向こうの人々にも良き影響を与えた(と思う)。訳した方がどのような方かは存じないが、その方の労苦には敬意を表したい。

もう一つ、朴裕河は「慰安婦問題が解決しないのは解決を要求する側に誤りがある」「ソウルの日本大使館前に慰安婦を象徴する少女像が建てられたのは、日本の否定派達の反発を一層加速化させた」という事をしきりに言い、問題が解決しないのは韓国の方、とりわけ「韓国側の過激行為」こそ元凶のように言っているが、このような詭弁と言うか無茶苦茶な論法は今の韓国で流行っているのだろうか? 他の運動でもこういう事を言う奴は珍しくない。そう、またしても例の「日本平和憲法9条ノーベル平和賞推薦韓国委員会(以下、9条ノーベル賞運動韓国側と称す)」である。同運動の推薦人となっている「韓国社会元老」の一人に李富栄(イ・ブヨン 이부영)という元民主党国会議員がいるのだが、この男はこの運動について最も熱心に色々なメディアに出てはしゃべりまくっているスポークスマン的立場と言って良く、この男の発言が事実上9条ノーベル賞運動韓国側の公式的立場とみなして問題はないであろう。李富栄は先日こんな事を言っていた。

http://www.nobelpeace9.kr/%EC%9D%B4%EB%B6%80%EC%98%81-%EC%9D%BC%EB%B3%B8-%ED%8F%89%ED%99%94%ED%97%8C%EB%B2%95%EC%97%90-%EB%85%B8%EB%B2%A8%ED%8F%89%ED%99%94%EC%83%81%EC%9D%84/
元議員に聞く。李富栄「日本平和憲法にノーベル平和賞を」

安倍を糾弾して日本大使館前に行って日章旗を燃やしたりする過激な抗議行動が、むしろ安倍と日本の政権を助けてやる結果をもたらすというのを大いに知る事になりました。

こいつ朴裕河とおんなじ事言っとる! 韓国側の「過激な抗議行動」が安倍と日本の政府を助けたんだと。慰安婦少女像のような「過激行為」のせいで日本が反発し、従軍慰安婦問題が解決しないという朴裕河の屁理屈そっくりそのままの詭弁ではないか。朴裕河の言ってる事というのは日本の極右、すなわち日本の戦争犯罪や植民地支配責任を認めようとしない連中の代弁なのだから、それと同じ事を平然と言っている9条ノーベル賞運動の正体も明らかなのではないか。どいつもこいつも…。
ちなみに李富栄はかつて金大中の側近だった事がある。またかよ…。何で金大中や盧武鉉の元側近衆てのはどいつこいつもこういう豚や猿以下の連中しかいないんだ? 親分だった金・盧大統領が死んだ後、みんな揃って汚い本性を表わすか変節している。

朴裕河と9条ノーベル賞運動のもう一つの共通点は、「日本の良心勢力(笑)」とやらと密接な関係を持っているという事だろう。知っての通り朴裕河は和田春樹とベタベタな関係(国民基金つながり)であるし、韓国の9条ノーベル賞運動は大江健三郎や9条の会と密接な関わりを持っている。いずれも日本側の「権威」をバックにしてでかいツラをしている訳だ。歴史の歪曲、日本を見習うべき偉大なる先駆者と崇め奉る事大主義、それによって韓国民衆を誤った方向へミスリード。朴裕河と9条ノーベル賞運動の向かう先がそんな地獄でしかない事は明らかだろう。
朴裕河と9条ノーベル賞運動韓国の両者はいずれも典型的な「21世紀の金玉均」であると筆者は思う。日本を見習うべき偉大な先駆者的国家だと惚れ込んでそれに取り入り、福沢諭吉ら日本の実力者の力を借りて(利用されて)政権を握ろうとした。己の個人的野心の為に外勢を引き入れて国を売り飛ばし、自国民衆を苦しめる。当時の朝鮮人の多くは、いかにも「開化派」ぶって時代の最も先頭を走っているかのようなポーズをしている金玉均の詐欺師的本性に気付かなかった。同様に、いかにも「日韓和解」「手本とすべき偉大なる国家・日本の良心勢力がマブダチ」というポーズで気取っている朴裕河と9条ノーベル賞運動の正体に、もっと多くの人々が気付かねばならないと思う。両者とも「韓国民衆による日本への反発・抵抗」を骨抜きにする宣撫工作の役割を担っているのだから。

【翻訳記事】朝日修交協議を通して見た日本の東アジア支配戦略(社会進歩連帯機関紙 季刊社会運動 2000.10.9号より)

以前の記事で御紹介したハンギョレの韓承東(한승동 ハン・スンドン)記者が書いた記事を翻訳してお届けする。
特に余計な解説は不要であろう。実際に以下の記事をお読みいただきたい。朝日協議と拉致問題再調査や修交といった懸案が話題になっている今、この記事は多くの示唆を与えてくれるものと思う。驚くべきは、この記事が今から14年前の2000年に書かれたものであるという事だ。小泉第1次訪朝の2年前、金正日と金大中の南北首脳会談があった少し後の事だ。当時は南北首脳会談の流れで朝日関係も好転するだろうという見方が支配的だったが、日本人拉致を朝鮮側が認めた途端に日本は挙国一致総動員体制で「北朝鮮許すまじ」一色に染まって、修交どころでなくなったのは多くの人々が知る通り。続く2004年の第2次訪朝も同様であった。当時の報道など今見てみると、韓国の北朝鮮研究家の多くは2002年の9.17以降も「朝日関係は好転し、アジア情勢も平和に向かう」といったあまりに能天気過ぎる予測を垂れ流していた。2004年の時もそうだ。こいつら日本という国の事を知らないにも程があり過ぎる。日本がどれだけ右傾化しているかを知っていれば、そんな「新生・大日本帝国」が朝鮮のレジームチェンジを狙いこそすれ、それと修交を結ぶなどあり得ない事は自明の理であったのに。日本という国にとっては拉致問題さえケリがつけば、朝鮮民主主義人民共和国などという国に用はないのだ。もちろん日本は植民地支配の謝罪や賠償などするつもりはないし、ましてや朝鮮を戦勝国として認める事など絶対にない。そうした歴史を踏まえて考えれば、十分に予想出来た事態だろう。
当時と今とでは南北関係が破綻に近いほど悪化した事と、韓日関係が経済や文化面のみならず軍事・安保面でも著しく密接になったのが非常に大きな違いだ。だがそうした当時との違いを踏まえて読んでも、十分に今でも示唆する所は大きい。
結局日本(とアメリカ)が狙う所は何なのか、その汚れた野欲の本質を決して忘れてはならないだろう。

とりあえず筆者のお伝えしたい事はこれで区切りがついた。今回の資料を皆さんで活用していただける事を願う。


社会進歩連帯機関紙 季刊社会運動 2000.10.9号より

朝日修交協議を通して見た日本の東アジア支配戦略
韓承東 ハンギョレ新聞東京特派員

編集者注)
2000年8月23日付ハンギョレ新聞特派員リポートで韓承東記者は韓国の交戦国地位喪失(併せてこれを認定してしまった韓日国交正常化)による民族の悲哀が今も進行中であり、これは朝日修交過程でも現れていると指摘しました。
我々はこの記事を通じてアメリカの東アジア支配戦略とそれに基づく日本の支配戦略(あるいは地位)に対して具体的に討論すべき必要性を再び確認し、併せて朝日修交を取り巻いて惹起された日本の東アジア支配戦略が単純な問題ではない事を、読者達に生々しい話で伝達すべき必要があると見ました。そこで社会進歩連帯編集部はこの問題について韓承東記者に問い合わせました。
以下は韓承東東京特派員が送ってくれた答弁です。この文を通じてアメリカの東アジア支配戦略下で日本が目論むものが何であり、その結果は何なのか、多くの事を示唆される事でしょう。
お忙しい中にも何の私心なく原稿を送ってくれた韓承東記者にこの場を借りて、再びお礼申し上げます。


・1951年サンフランシスコ講和条約-韓国の地位

サンフランシスコ条約に特に関心を持つ事になったのは、当初この条約では南北朝鮮を含む朝鮮半島が連合国の一員として戦勝国の地位を持つ事になっていたという点の為です。米日両国は日帝の敗北で終わった太平洋戦争を清算して以後、両国関係を新しく設定するこの条約を1951年末に締結して1952年から発効させました。当時すでに朝鮮戦争が進行中であった為に北朝鮮がその条約に参加する可能性はありませんでしたが、アメリカ支配下にあった南側だけでも戦勝国の地位を付与されていれば、以後の歴史はかなり変わっていた事でしょう。
そうであれば今進行中の朝日国交正常化交渉も交戦国同士の戦後処理及び講和条約締結形式になっていたはずです。当然日本は今彼らが主張する請求権や経済協力などという次元でなく、交戦国に対する戦争賠償をせねばならず、それを土台に両国関係を新しく確定する講和条約、または平和条約を結ぶ形式になったでしょう。もちろん以前の韓日国交正常化も姿が相当に変わった事でしょう。


・アメリカの戦後対日政策と韓国/在日同胞の地位

当初アメリカは明白に1949年12月に作成された草案に韓国を戦勝国として明記しておきながら(最近機密解除された米国立公文書館保管資料によれば、1953年のアイゼンハワー政権期に国務長官に抜擢されるジョン・フォスター・ダレス米条約草案担当特使-国務省顧問-(当時)がそのように明記)当時の吉田茂日本総理などの要求でそれを削除します。ダレスは1951年7月に当時の梁裕燦駐米韓国大使にその事実を通報しました。それに対して梁大使は強力に抗議しますが、すでに事はアメリカの一方的決定で終わった状況でした。日本側はその時韓国を戦勝国に含ませてはならない理由の一つとして在日同胞の地位問題を挙げました。在日同胞達が戦勝国国民になれば、日本は彼ら全員に莫大な賠償をせねばならないばかりか、彼らを統制出来ないだろうとアメリカを刺激したのです。吉田は在日同胞を全て左翼、すなわちアカだと断言しました。

吉田のような保守右派政客達の目には、在日同胞達が当時左翼に映ったのは当然だったでしょう。知っての通りアメリカは日本占領後、最初は日本をアメリカに二度と挑戦出来ない国家に改造しようとし、軍隊保有と集団的自衛権及び戦争遂行(交戦)権も認めない今のいわゆる「平和憲法」を作成して事実上強要したのにもそうした意図が含まれていたと見れるでしょう。日帝敗戦直後に在日同胞達は相対的に自由を謳歌し、日帝が強要した全ての抑圧体制を自ら除去しながら日本改造にも主体的に対応する、言うならば戦勝国国民の資格で行動しました。戦犯にして敗戦国である日本としては当時100万を超える彼らの組織的対応は簡単な問題ではなかったでしょう。

こうした状況が続いていたならばまた状況が違っていたかも知れませんが、1946年からすでに米ソ対決体制が輪郭を現して1947年のトルーマンドクトリン以後アメリカは対ソ対決体制へと確実に方向を定めます。その後アメリカが後押しした蒋介石が毛沢東に敗れて1949年の中国大陸共産化にいたるまで、アメリカの対日政策は変化します。その過程でダレスなど後にアメリカ政府の中枢となる国務省・国防省勢力達は日本を対ソ冷戦体制確立の為の橋頭堡として育成せねばならないと主張し、実際に日本に米国市場を完全に開放する反面で大規模経済支援にも乗り出します。

それはソ連の対ヨーロッパ膨張阻止の為に西ヨーロッパへ大規模に実施したマーシャルプランと同じ性格でした。こうした変化する状況で在日同胞達は日本にはもちろんの事、アメリカにも非常に煩わしい存在になりました。すでにアメリカは当時から在日同胞達が建てた民族学校などの教育施設をはじめとし、同胞社会の独自な施設や組織達に対する大々的な弾圧に入って、その過程で衝突が起こって死傷者まで発生します。
彼らは共産党・社民党など日本の左派政治勢力と労組などの主要支持者にして構成員でもありました。米占領軍はこうした在日同胞の武装解除ないし解体を推進したのに他なりません。在日同胞達があの時、以前から対日抵抗及び民族解放の方法として1917年ボリシェビキ革命以後に被抑圧民族達の心を捕らえた社会主義思想に傾倒していったのは、あるいは自然な事だったでしょう。同胞達が以前の抑圧者達や彼らの直系子孫達に反感を持つ事になったのは当然だったでしょう。

こうした事情とアメリカの弾圧は、後に90%以上が南出身である在日同胞が総連という組織を結成して北朝鮮に同調する事になる過程へと連結する事とも関係があります。


・朝鮮戦争、冷戦対立構図以後の日本の地位

1950年に朝鮮戦争が勃発して状況は極端に至ります。すでに韓国内でも同様な時期に米占領軍はアメリカが支配する南朝鮮単独政権を、日本というアメリカのアジア冷戦橋頭堡を防御する為の軍事的拠点として育成しようという戦略下に、広範囲な左翼及び民族主義勢力弾圧に入りました。金九や呂運亨などが除去された事もそうした状況を背景にしています。済州4.3事件や大邱10.1抗争も同じ脈絡で察する事が出来る事でしょう。やはり韓国内でも戦争は全てのものを極端に追いやりました。補導連盟などを通じた良民大虐殺は、植民地時代と解放空間を通じて広範囲に拡散していた(当時各地方毎に結成されていた人民委員会などを想起してみれば事情を推測出来る事でしょう)外部勢力排撃・単独政府拒否・親日派除去・即時独立と統一政府樹立を志向していた左派性向の民族主義勢力の組織的除去政策とも無関係ではないでしょう。今振り返ってみると、当時の犠牲者達多数を左派または左翼と呼べるかどうかすら曖昧です。左翼というよりは米占領軍(形式上は1948年の南朝鮮単独政府樹立後に米軍政は終わりましたが)と彼らが支援した右派勢力に対する反対勢力だと見るのがより正確でしょう。
朝鮮戦争を契機に全世界にわたるアメリカの対ソ冷戦対決構図は完成します。当時そのような状況で在日同胞を左翼不純分子に追いやりながら韓国に交戦国の地位を付与してはならないという日本側要求は、アメリカとしても拒否する理由はなかったのです。

アメリカにとっては日本がはるかに投資価値があり、日本の戦争犯罪というのはその段階ではすでに何の意味もありませんでした。アメリカは朝鮮戦争が起こる前に公職から追放された日帝犯罪者達(彼らこそ現代日本保守右派支配グループの源流達)をほぼ全ての公職に復帰させます。戦犯達の公職復帰は1952年初頭にサンフランシスコ条約が発効される中で完了します。

アメリカにとっては、冷戦橋頭堡としての日本の地位を受け取りながら自身達の戦略を効果的に実行していくのに、彼らは大変な価値を持った存在でした。彼らは自身達の弱点の為にもアメリカの政策に積極同調するしかありませんでした。あたかも韓国内で親日派達がアメリカ式民主主義や反共を押し立てて一朝のうちに徹底した親米主義者に変貌したかのようにです。


・悲劇の始まり-交戦国地位の喪失と分断固定化

韓国の悲劇はアメリカよりも長らく日帝に抵抗してきた被植民国が、日帝敗戦後に戦犯国日本よりもさらに凄惨な戦犯国扱いを受けた事にあります。その明らかな象徴こそ分断です。アメリカはソ連の東北アジア掌握を防ぐ為にあわてて38度線を引いて、ソ連軍の朝鮮半島完全占領を防ぐ事にのみ汲々としました。その後の歴史はよくご存知の通り、朝鮮半島は再び第2次大戦よりもはるかに過酷で長い冷戦と対決時代の最前線防御壁として機能します。同じ被害者である同族を相手にしてです。朝鮮戦争に限っても日帝が第2次大戦時に受けた全ての人命被害とほぼ同じ程の人々が殺傷され、分断など想像すら出来なかった朝鮮民族は半永久的に分かれて敵対的な対決を半世紀以上持続しています。

再び本来の話に戻って、もし占領軍アメリカが韓国だけにでも戦勝国地位を付与していたなら、もちろんだからといってアメリカの対日及び対韓政策や戦略が根本的に変わりはしなかったでしょうが、1965年の韓日国交正常化は過程自体が根本的に違っていたでしょう。韓国は当然交戦国としての戦争賠償を堂々と、そしてはるかに有利な条件の上で受け取る事が出来た事でしょう。そうなっていればおそらく独島問題もいまのように残ってはいなかったはずです。


・朝日修交過程で露になった争点達

朝日国交正常化と関連して朝鮮が韓日国交正常化過程を繰り返さないようにする問題を、南北対決観点から眺めてはならない理由もここにあります。北側も中国八路軍またはロシア側、あるいは単独で東北地方、そして咸鏡・平安道地方など国内外で日帝敗亡まで抵抗を続けて来た歴史を正当に評価されて交戦国としての地位を認められる事は、将来の統一朝鮮半島の為にも重要な歴史的手続きだと思います。
日本は補償額規模などの問題とはまた違う次元で、そうした事実とその事実が持つ重大性をよく知っているので、朝日国交正常化を韓日正常化交渉に準じてしなければならないという自らの原則を決して放棄しようとはしないでしょう。挑戦もまたその事実をよく知っていますが、朝鮮は現在弱者としての不利さを甘受するしかない立場です。去る(2000年)8月に開かれた朝日国交正常化第10次本会談ですでに朝鮮は日本の食糧支援と経済支援を強力に要求しながら、日本人拉致疑惑などそれこそ疑惑だらけの日本側の主張に正面から反駁出来ませんでした。朝鮮は今、日本に対して自分達が主張して来た一部原則を放棄してでも、彼らから必要な早期支援を引き出さねばならない立場に置かれています。日本が最近大規模対朝米支援に乗り出すとしたのも、朝鮮のそうした弱点に突っ込んだ戦略の一環だと言えます。

あたかも5.16クーデター直後に政権の正当性確保を、経済開発早期達成に求めようとした朴正熙・金鍾泌が、急いで日本の有無償経済支援(総5億ドル)に屈服するしかなかったようにです。日本は当時ロクな植民地支配の謝罪すらもしませんでした。請求権という概念で見るならば、双方が得失を勘定して互いにやる物をやってもらう物はもらうという事です。言うなれば、日本は朝鮮半島支配の正統性・合法性を依然として放棄せず、したがって日本が建ててやった工場・鉄道などの施設と教育などを自分達が計算して受け取るべき資産とみなしていました。現在自民党を中心とする日本右派支配グループ達が持っている対朝鮮半島観はその延長線上にあり、しばしば沸き起こるいわゆる「妄言」というのも、その土台によって可能なものです。彼らの思考方式では当然「妄言」ではなく「真実」を言っているのでしょう。今の歴史教科書改悪の動きも同じ線上にあります。

アメリカはもちろん韓日国交正常化過程にも深々と関与しました。その事実も機密解除された文書の中に明記されています。韓日国交正常化は対ソ冷戦対決体制を安定化させようとしたアメリカが慫慂したものだと言えます。その結果は当然日本にとってはるかに有利に回ったでしょう。そこからアメリカが支配する日本、その日本が支配する韓国(安保・経済など全ての側面でそうです)という序列体系が作られました。もちろん安保・軍事面でアメリカは日本・韓国を同時に統括しており、日本が一時アメリカに挑戦する程の経済成長を成し遂げはしましたが、2次大戦直後に設定された基本構造は冷戦体制が終わってから10余年が過ぎた今も根本的に違う所はありません。それを破壊する道は南北接近・南北連合・南北統一を通じた朝鮮半島の主体的対応しかない事でしょう。


・日本の過去史に対する基本的立場

日本の支配グループは先述の通り日帝の戦犯達、言うなれば大東亜共栄圏を夢見て大陸侵略を敢行した者達の直系子孫達で、根っこは1868年明治維新前後の日本開国論者達にまで遡ります。西郷隆盛・吉田松陰・伊藤博文など現代日本の建国英雄達があの頃から唱えた征韓論を想起して下さい。彼らは阿片戦争(1840-42年)で中国が張子の虎に過ぎなかったという事実を知って、自分達の生きる道を西欧列強の追従・模倣に求めます。以後西欧列強の一員になる事に全力をつくし、中国の崩壊で意外にも簡単にその列に加わります。無主空山と化した朝鮮は列強達の領地分割密約(アメリカが日本の朝鮮支配を認めてやる代わりに、フィリピン支配を認められる桂タフト条約など)によって日本の手に落ちます。アメリカ・イギリスの一方的な応援と支援の中で日本が日露戦争に勝利した事により、唯一の妨害勢力であった帝政ロシアまで除去されます。

西欧列強達は中国略奪の為に日本を利用してロシアを除去すると思い通りの目的を達成しましたが、日本にも朝鮮と中国東北地方を与えてやりながら、日本が成長を繰り返しつつ中国全体に対する独占・支配的地位を狙うようになるとそれにブレーキを掛けます。これに反発した日本が東南アジアとビルマに至る、いわゆる南方侵略を敢行して資源を確保しながらハワイ真珠湾のアメリカ太平洋海軍基地を急襲した後、時間を稼ぎながら汎アジア日本ブロック(大東亜共栄圏)を安定化させようとしたのがまさに太平洋戦争でした。元はと言えば、アメリカが日帝敗亡後に東京軍事裁判で日帝を戦犯として追い込んだのも喜劇的な事でした。彼らもやはり略奪者という点では同様だったのですから。

今の日本保守右翼達がまさにその点に食らい付いて離さず、自分達の戦争挑発がアジア民族解放戦争だったと強弁する理由もここにあります。彼らが見るにはおまえも俺も同様という事でしょう。
日本保守右翼達が悪いのはそうした自分達の正当化の為に、朝鮮をはじめとする当時の被害者達に対する反省と謝罪はおろか、日帝が彼らを支配したのは純理であると強弁する所にあります。被害者達がみな無能力であったり支配される以外にない運命または条件を生まれついた時から持っていたと言うのです。日本保守右翼達はそうした主張を裏付ける為に、日本の歴史をとんでもなく誇張して美化しながら新しい文明圏論まで登場させています。この間ポール・ケネディという人が「大国の興亡」という本で、日本を独自的な文明の一つとみなした時、これら保守右翼達は歓呼雀躍しました。

ポール・ケネディはアメリカに挑戦するほどの経済大国である日本が中国のものでもなく西洋のものでもないという意味でそのように言ったのであり、彼の頭の中には韓国または朝鮮という存在はありません。ケネディは冷戦以後にアメリカが主導してきた西洋文明が今後主に中国とイスラム圏の強力な挑戦に直面するだろうと予測しつつ、基本的にはどうしたら現在の西欧優位を引き続き維持出来るかに関心を持った人と思えます。ケネディのみならず、近代以後日本という眼鏡を通じて眺めたほぼ全ての西洋人達は同様の認識水準を持っていると言えます。

彼らが見るに韓国または朝鮮は中国の一部であったり、日本の一部です。日本保守右翼達はそうした西洋の東洋観をはるかに積極的に活用しています。例えば独島が元より自分達の地ではないという事実を、日本はよく知っています。それなのに彼らはそのように主張して事実上ほぼ自分の土地のように作り上げました。それは国際舞台であらゆるものが韓国式ではなく日本式で通じるようになっている現実を、そのまま反映しています。あたかも全ての西洋地図で東海が日本海に変身したように、世の中は日本を通じてアジアを眺めるようになります。こうした状況では韓国のどの歴代政権も独島問題を解決出来ません。


・冷戦後アメリカと日本の東アジア支配戦略-ナイ・イニシアティブと変数

冷戦が終わるやアメリカは東アジアに対するアメリカの地位を維持する為に新たな戦略を作り出します。1995年に出たジョセフ・ナイ(現在ハーバード国際関係大学院であったかはっきりとは覚えていませんが、いずれにせよそこの学長ですが)当時国防長官でしたか? いずれにせよ彼が中心となって作成した東アジア戦略報告書(よくナイ・イニシアティブと言いますが、正式名称ではありません)が発表されます。ここには中国が21世紀中盤までにアメリカと競うほどの超大国に成長するものと想定して、アメリカがこれに対してどのように対応するべきかが主内容になっています。主敵ソ連がいなくなったその場所に、中国を潜在敵国あるいは競争国として座らせたのです。1980年代にアメリカを脅かした日本経済のバブルがはじけて冷戦橋頭堡としての役割すら揺らいだ日本は、1990年代初頭にアメリカの寵愛が消えるのに対する不安感が増幅しました。1991年に湾岸戦争が起こった時、日本は100億ドル以上の金を出しながらアメリカの要求通りに軍隊を派遣しなかったという理由で、馬鹿な国扱いを受けもしました。

クリントン政権登場以降アメリカは、1980年代の屈辱を挽回する為に組織的に日本を叩く政策を執ります。日本の市場を開かせて規制緩和措置を要求するなど、アメリカ的市場秩序を強要します。それが今日のいわゆるグローバリズム旋風とも無関係ではありません。グローバリズムはアメリカニズムの別名でしょう。
日本の危機感は、数年前にクリントンが中国を10日も訪問しながら同盟国を自称する日本には寄りもしなかった時、いわゆる日本通過・日本無視・中国との直取引論で日本をひとしきり揺さぶった不安感の中にもそのまま反映されています。しかしそうした冷戦崩壊後の慌しい雰囲気は、まさにナイ・イニシアティブが登場する1990年代中盤に中国警戒論と共に日本重視論が再び登場して向きを変えるようになります。1996年クリントン・橋本の日米共同宣言(安保条約再解釈)と1997年日米防衛協力指針(ガイドライン)改定、1999年ガイドライン関連法制定、日本国旗国家法制定などはそうした背景の中でなされたものです。

この過程で日米安保同盟再強化論者達が待っていたかのように100%活用したのが、1998年8月31日に朝鮮が発射したテポドンミサイルです。その真相はさておき、日米両国はその事件を契機に北朝鮮脅威論を言いふらしながら自国内世論をそちらに追い込んで行きます。駐韓・駐日米軍存続とNMD・TMD構想を本格的に推進し始めたのもその時からです。東アジアにおいて日本という存在は、アメリカにとってのヨーロッパ北大西洋条約機構(NATO)と同じ存在であり、駐日米軍・駐韓米軍はまさにアメリカがリードするNATO軍と同じ存在だと言えます。
日本の支配グループは過去に西洋列強の一員に仲間入りした時の日英同盟と同様に日米同盟も、特定時期に世界を左右した最強大国と同盟関係を結んだ時に日本は強盛大国として存続した、という観点で眺めるのです。

今左右を問わず多くの日本の識者や為政者達が一様に、21世紀の日本国家戦略に日米同盟を根幹として据えている理由もそこにあります。石原慎太郎東京都知事のような極右に近い右翼達の一部がアメリカを攻撃しているように見えますが、それは一種のエディプスコンプレックスのようなものと見る人達もいます。いわばアメリカを攻撃するのは、アメリカから対等な者と認められる為に振りまくおねだりや駄々のようなものであって、決して反米ではないという事です。右派であれ極右であれ彼らが望むのは最強大国アメリカが認めるアジアの覇者、覇権国家としての日本または日本ブロックであり、それをアメリカも認めて対等に繁栄を満喫しようという事です。太平洋戦争の時にハワイ真珠湾を攻撃してアメリカに楯突いた結果がどうであったかを良く知る彼らとしては、十分に取り得る二重的態度だといえます。

これは徹底して既得権者の論理です。すでに既成の強者である彼らが組み上げた秩序を、21世紀にもそのまま延長して維持しようという戦略です。
こうした構図は不幸な事に朝鮮半島にはいつも不利に作用しました。西欧がアジアを侵略して戦略的パートナーと想定した唯一のアジア国家。日本の成功はまさに西欧のアジア侵略形態を同一次元で繰り返した事に始まり、それはすなわち他のアジア諸国の悲劇に直結するしかありません。一言で言って彼らはアジアの犠牲を前提に立ち上がったのです。日本右翼達は常に自分達に成功をもたらしてくれたその構図に深い郷愁を秘めているのです。

日本の支配グループ達が現在最も不安視しているのは、中国の超大国化と統一朝鮮の登場です。これら隣国達が持つ共通の特徴の一つは、いずれも日本に徹底してやられた経験を持っているという事です。そしてこれらは、日本が自らの過去の過ちを認めず、したがって本心から反省してもいないという事実をあまりにも良く知っています。アメリカなど海外観察者達でさえ、21世紀東アジア最大の不安または重要な変数がまさに日本の過去清算失敗、中国の超大国化と統一朝鮮登場と見ています。そうした不安の為に日本はアメリカの安保保護が不確実になった場合、核武装まで含めた軍事大国(すでに軍事大国ですが)の道へへ駆け上がる事に救いを求めるでしょう。日本左派の一部と市民団体などは日本の出口を過去清算を通じたアジア共生に求めていますが、彼らでさえ巨大中国の登場に対しては不安視しています。

これは言い換えると、巨大中国が日本には決して好意的でないだろうという考え、またはそれとは関係なく巨大中国が日本の利害と一致しなかったり、日本の覇権的地位を容認しないだろうという事に由来します。右翼または極右達はこの問題について非常に神経質です。彼らはそうであるほどなおさら日本国家主義を刺激して内部結束を過去の栄光に求めるようになり、それは結果的に排外主義的趨勢の強化として発現されます。これは見方によっては、一時可能性を見せた世界国家としての日本という地位獲得が不可能になった事から来る挫折感とも関連があり、右翼達は結局その出口を自分達同士で固く群れ集まる事に求める形勢だと言えます。


もし日米同盟が中国を潜在敵とみなしながら韓米同盟を土台に韓国を日米同盟の従属体制に縛り付けようとした場合、朝鮮半島には再び悲劇的歴史が再演される可能性があります。もし南北朝鮮がどのような形態であれ接近して共同対応体制を確保出来ない中でそのような状況が固まったら、朝鮮は朝鮮なりに生存戦略を中国・ロシア側に求める事になるでしょう。
韓米日陣営と朝中露陣営の対決構図、まさに新たな東アジア冷戦対決構図です。そのようになるとは誰も断言出来ませんが、そうならないという保障もまたどこにもありません。辛く悲惨であった近代100年の歴史によってやつれた被害妄想に過ぎなければ、私も良いと思います。南北朝鮮の和解と接近、早期統一は朝鮮民族死活の問題である事をこれを通じても感知する事が出来ます。


・朝鮮半島を取り巻く日本・アメリカの戦略

日本右翼達が特に親密感を感じる国は台湾です。そして韓国の保守右派達です。シンガポールやマレーシアも好きですが、戦略的価値において韓国や台湾に及びません。日本右翼達が日本中心のアジアブロック(大東亜共栄圏の変形形態)を想定する時、韓国と台湾が一時的対象になります。マレーシア・シンガポール・タイ・インドネシアも対象に含まれますが、韓国と台湾は日本がそれらを取り込む為にも必須的な同盟勢力にせねばなりません。日本右派達は台湾をほぼ沖縄と連結された自国ブロック圏(こうした概念が許されるのであれば)内とみなす傾向があります。日本の伝統的な韓国観も似た点があります。韓国に対する最近の日本の好感は、1998年に金大中大統領が日本を訪問してこれ以上政府次元で過去史問題を取り上げないとした時から急接近しました。

もちろん金大統領としてもそれなりの戦略があるでしょうが、日本右翼達は金大統領のその宣言的約束にそれこそ歓呼しました。それ以降は両国間の訪問者数が急増して、今両国は投資自由化をほぼ実現する段階まで進捗させ、一般関税をなくす自由貿易協定協議まで行っています。関税障壁をなくす自由貿易協定とは、結局アメリカ・メキシコ・カナダ(NAFTA)のような一種の経済ブロックを形成する事で日本中心のアジア的経済分業体制が完成する事を意味します。そうした観点から見ると、最近における南北朝鮮の関係改善は決して日本右翼達にとって望ましくない変化でありましょう。日本ブロック下の分断された南北朝鮮ですら次善にはなるのに、南北の接近はその可能性すら脅かし得るからです。

のみならず、統一した南北朝鮮は日本よりも中国側に傾く可能性すらあります。もし統一朝鮮が中国へと傾斜して日本に敵対的になった場合、それは日本が想像し得る最悪の状況である事でしょう。日本はそういう点で南側だけでも確実に日本の経済的・文化的磁場の中へ確実に取り込んでおく事が、国家戦略上の死活問題たり得ます。我々の南北統一戦略もこうした点を十分に勘案せねばならないものと考えます。下手をすれば再びやられますが、上手くやれば南北朝鮮は各自朝鮮半島と関連して強弱点を持つ日本・中国全てを動かしてもいけるという事を意味するからです。

これと関連し、アメリカが最近駐韓米軍問題に大変な執着を見せているのも興味深くあります。駐韓米軍はそれ自体でアメリカの東アジアでの存在感、言い換えれば支配力維持に重要な要素ですが、沖縄を根幹とする駐日米軍維持の為にも存続させねばなりません。駐韓米軍が撤収する状況とはすなわち駐日米軍の配置根拠も喪失されるという事を意味するからです。駐日・駐韓米軍配置が弱まったり、元より米軍基地が撤収する場合、アメリカの西太平洋(アメリカを基準に見た時は西側)戦略は根拠地を喪失する事になります。駐日・駐韓米軍の維持は安保軍事上観点のみならず、21世紀全世界最大の生産基地となる東アジアの経済への関与の為にも大変重要です。それこそ死活的な問題だとアメリカ自らも明らかにしています。

しかしながらもう一つ、アメリカが東北アジアに対する統制力を喪失する場合は日本の再武装可能性が高まるという点も気がかりです。極端な場合、数千年間東アジア史のパターン通りに結局日本は中国の磁場の中に吸い込まれるものと見る視点も西欧には少なくありません。アメリカが韓国を喪失すれば日本も喪失する可能性が高まります。極端な場合は韓中日・東南アジアの巨大ブロックが、米・西欧ブロックに対抗する体制再編を想定して御覧なさい。アメリカとしてはそれこそ「肝」とも言うべきアジアを丸ごと喪失するのです。その時ロシアとインドはどちら側に付くでしょう?

なぜアメリカが朝鮮半島統一問題と直結する北朝鮮問題にあれほど執着して、駐韓米軍問題に神経を使っているのか? それはまさに朝鮮半島の変化がそうした爆発的な連鎖反応の起爆点になり得ると見ているからでしょう。
我々が顔を寄せ合わせて共に悩むべき理由がここにあるという事です。

訳 ZED
韓国語原文記事はこちら
http://www.pssp.org/bbs/view.php?board=journal&category1=10&nid=348

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