古龍作品ではよく変装が登場します。主人公側の人物であれ悪役であれ、いずれも変装して他者の目を欺くという描写が少なくありません。古龍作品は別名「推理武侠」と評される事が多いのですが、変装シーンの多さもそう言われる要素の一つでしょう。中国語の原典では「変装」の事を「易容術」と表記しており、日本版「楚留香」や「陸小鳳」「マーベラスツインズ」などの文中で「変装」とされている訳文も原典では「易容」または「易容術」となっています。日本語で「変装」と言うとカツラやメイクなどで化ける、推理小説などによくある手口を連想しますが、古龍作品原典の「易容術」という言葉は単なる変装という意味だけではなく「顔を変える術全般」を指す意味合いがあります。つまり…。
今で言う所の「整形手術」も「易容術」という言葉の意味には含まれるのです。そして整形手術の方の「易容術」を物語の大きな柱に据えた作品、それが「名剣風流」でした。時代設定がはっきりしないとは言えどう見ても中世が舞台のはずの武侠作品で整形手術をして顔を変えるというのはかなりやる事が無茶苦茶なのですが、それもまた古龍作品の破天荒な作風にして魅力と言えるでしょう。ではこの作品では整形手術の「易容術」がどのような役割を果たしているのでしょうか。
「名剣風流」では主人公の仇敵となる悪の組織がいるのですが、これは武林の各名門流派の掌門(総帥)達を人知れず暗殺してはそれそっくりに(顔だけでなくそれ以外の体の特徴や傷なども)整形した偽者を送り込んでその流派を乗っ取るのを繰り返し、それで江湖を支配しようという陰謀を企んでいる訳です。武侠小説というよりはどこかのスパイ小説かSF小説のようでもありましょう。
本作の主人公は兪佩玉という青年で、武林でも名門流派の誉れ高い先天無極派の跡取り息子です。彼は父にして一門の掌門である兪放鶴の元で修行に励んでいました。兪放鶴はすでに江湖の第一線からは退いていましたが、優れた武芸と高潔な人格で名高い名士です。ところがある日、正体不明の刺客団に急襲されて兪親子は応戦しましたが、悪辣な罠にかかって兪放鶴は殺されてしまいます。力及ばず父を失って悲嘆に暮れていた兪佩玉の所へ婚約者の林黛羽が訪ねて来たのですが、彼女によると自分の父・林痩鵑を含めてすでに何人もの武林大家達が正体不明の敵によって次々に殺害されているとの事でした。ところがそうした会話をしている矢先に突然兪家の屋敷にまた客が現れました。それは殺されたはずの林黛羽の父をはじめとする武林の大家達だったのです。兪佩玉が不審に思いながらも彼らに父・放鶴が死んだ事を告げると彼らは「放鶴殿は死んでいない」と言い、調べてみると屋敷から兪放鶴の遺体がいつの間にか消えてしまっていました。「おまえは疲れているからこの薬を飲んで休め」と彼らに言われて薬を飲まされそうになった兪佩玉は身の危険を感じ、全力をつくして生まれ育った屋敷から逃げ出すのでした。行く先は黄池大会。武林盟主の座を新たに決めるべく天下の英雄豪傑達が一同に会する場で事態を訴える事に一縷の望みをかけたのです。
(この項続く)
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