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【翻訳記事】「文在寅の「戦略的曖昧性」を看破した朝鮮(北)」

今回は韓国の作家・金甲洙氏のフェイスブックより、ちょった時間が経ってしまいましたが先の朝鮮共和国によるICBM発射試験成功を受けての記事を翻訳してお届けします。


7月4日 16:49
文在寅の「戦略的曖昧性」を看破した朝鮮(北)
-燕山君に続き光海君とは?

労働新聞(7.4付)は「南朝鮮の現執権勢力は過去のいかなる政権よりも対話について多くまくし立てているが、一方ではアメリカなどの外勢と結託して共和国に反対する制裁と軍事的圧迫騒ぎに狂奔している」として「対話なのか対決なのかを明らかにせよ」と要求した。

文在寅はいつも南北対話を口にして生きてきた。だが彼の対話提議には誠意がないように見えた。文在寅がしばしば口にした言葉として「戦略的曖昧性」というのがある。彼は賛否両論が明確に分かれる敏感な問題には、大部分曖昧模糊な態度を執った。

それでいて訪米を前にした6月8日、「朝鮮がミサイル挑発を通じて得られるのは国際的孤立と経済的難関だけだ。国家安保、国民安否に関連しては一歩も譲歩出来ない。最大の友邦国であるアメリカを訪問してドナルド・トランプ大統領と確固たる韓米同盟を再確認する予定だ」と言った。ところが1ヵ月後に文在寅が自分の言葉通り「確固たる韓米同盟」を確認して来るやいなや朝鮮はICBMを打ち上げてしまった。

これは何を意味するのか? 朝鮮は文在寅の「対話提議」に込められた意図を看破したという事ではないか? 敏感な事案ほど、いつも矛盾する二つの主張の間でこれも良ければあれも良い、またはこれも違えばあれも違うという文在寅、良く言えばこれは黄喜(1)丞相の手法である。同時にこれはコウモリの手法でもある。

コウモリは最初は野の動物と飛ぶ動物両者にいずれも歓迎された。だが結局後で野の動物と飛ぶ動物両者いずれからもそっぽを向かれた。保守と進歩、二兎をどちらも得ようとした文在寅の手法は国内では相当に通じた。だが朝鮮当局は文在寅が野の動物でもなければ飛ぶ動物でもない「コウモリ」に過ぎないと最終判断を下したようである。

朝鮮国王27人のうち放伐された君主として燕山君(2)と光海君(3)がいる。だが前任者の朴槿恵はすでに燕山君のザマをさらけ出してしまった。不吉な事に今度は文在寅に光海君の体面が感じられる。

光海君は明・清交代期に始終一貫して明と清の間で機会主義的な外交形態を見せた。問題は彼の外交が国家の実利の為のものではなく、自分の実利の為のものであったという所にある。その上名分を打ち捨てた光海君の怪しい実利追求は毎回明と清に見透かされた。

光海君退位後4年目である1627年に朝鮮は丁卯胡乱(清の第1次侵攻)を味わい、1636年には丙子胡乱(第2次侵攻)を迎えた。結果論ではあるものの、彼が外交をうまくやっていたらこのような事が起こり得ただろうか? 彼の中立外交は清と明の両国から絶え間ない疑いと不信を招いて損害ばかり受けた。名前は中立外交であっても、それは「二股」であった。

我々は3人の暴君、李承晩と朴正熙と全斗煥を体験した。その上に燕山君(朴槿恵)まで体験したのに、さらに光海君の番だというのか? 実に運もなさ過ぎる民どもだ。もっとも民の水準が政治指導者を決定するという言葉もありはする。我々は文在寅が光海君のようになる事を放置しておいてはならない。

【参考】
光海君を良く思う人達が多い。時代劇映画またはドラマの為だ。だがこれらの背後にはほぼ全て植民史観が潜伏している事を知らねばならない。驚いた事に光海君に対する「朝鮮王朝実録」の否定的な評価が好意的に覆り始めたのは日帝植民地時代であった。

植民史学者として朝鮮史編修会幹事であった日本人・稲葉岩吉(4)がいる。彼が最初に光海君を「実用主義外交で民衆に恩恵を与えた君主」と解釈しながら、ガラッと変わり始めたのだ。また別の植民史学者・鳥山喜一らもこれに積極的に同調した。このように暗君・光海君を良き君主に歪曲したのは植民史観である。この背景には満州侵略を正当化する為の「満鮮史観」があった。

訳:ZED

原文記事URL
https://www.facebook.com/kimcapsu/posts/858507074300238

訳注

1)黄喜:ファン・ヒ 황희 1363-1452 高麗末から朝鮮王朝初期の大臣。円満な性格の人物であったと伝えられる。

2)燕山君:本名・李「忄隆」(正しくはりっしん偏に隆の字だが、パソコンにない字なので) 리륭 リ・リュン 1476-1506 朝鮮王国第10代国王。朝鮮王国史上最悪の暴君と言われ、在位中にクーデターで廃位された。

3)光海君:本名・李琿 리혼 リ・ホン 1575-1641 朝鮮王国第15代国王。日本の豊臣秀吉の侵略が終わって間もない国が荒廃した時代状況にも関わらず、巨大な王宮の新築工事を行う為に民衆から重税を取り立てるなどの暴政を行った。燕山君と並ぶ暴君(または昏君)と評価され、やはりクーデターで廃位される。最近韓国でも日本でも「隠れた名君」と再評価される事が多いが…その真相は本文記事の通り。

4)稲葉岩吉:1876-1940 朝鮮半島の史書破壊と歴史歪曲に邁進した、日帝御用学者の典型みたいなインチキ学者。この植民史学者の名は「いなばいわきち」と読むが、なぜか現代韓国の書物やマスコミでは大部分が「いばないわきち」と誤読されている。今回の原文記事でも同様。

訳者解説はまた次回にて述べます。
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