最近韓国である日本の書籍が翻訳出版(2013.04.20発行)された。そのタイトルは「アメリカは東アジアをどのように支配したのか 미국은 동아시아를 어떻게 지배했나」という。よくある話ではあるものの、翻訳に際して原書とは全く違うタイトルが付けられており、これを見て日本語原書が何か当てられる方はいるだろうか。おそらくこれだけではほとんどの方が分からないだろう。筆者もこれだけでは原書が何か分からなかった。題名だけ見ると、アメリカがアジアで行なってきた様々な戦争や内政干渉といった歴史を述べた、しごく真っ当そうな本のように見える。が、しかし…。
正解を述べよう。この本の著者は孫崎享、日本語原書のタイトルは「戦後史の正体」といった…。
そう、あの孫崎享のトンデモ本が韓国でもついに翻訳出版されてしまったのだ。しかも「発行即時20万部販売 2012年日本アマゾンベストセラー」という仰々しい売り文句まで付けて。出版元もかなり力を入れて売り出しているらしく、宣伝用動画までYouTubeで公開している。下記リンク先参照。一応、動画の字幕も訳して載せておきたい。ただしこの動画はのっけから日の丸がデカデカと登場するなどかなり凄絶な内容となっており、くどいようだが閲覧は飽くまでも自己責任でお願いします!
韓国語版「戦後史の正体」である「アメリカは東アジアをどのように支配したのか 미국은 동아시아를 어떻게 지배했나」の公式宣伝動画
http://www.youtube.com/watch?v=dx7OVMa7KlI
日本の外務省国際情報局長が打ち明けた屈辱的な日本の歴史
アメリカの覇権主義に奉仕してきた日本
韓国も違わない
敗戦後アメリカは
どのように日本を統治したのか?
連合軍最高司令官マッカーサーが日本政府に命令を下し、
日本政府は最高司令官の指示に従って政策を実行する。
日本の自主的な統治が存在すると思うならこれは錯覚だ。
東アジアを支配して
世界覇権を狙うアメリカの戦略を
日本の現代史を通じて確かめる
「アメリカは東アジアをどのように支配したのか」
日本の事例、1945-2012年
孫崎享 著/文正仁(ムン・ジョンイン) 解題/梁起豪(ヤン・ギホ) 訳
何と言うか頭の痛くなってくる煽り文句だが、呆れたのは同書の解題つまり解説文を文正仁(延世大学教授)が寄せている事であろう。あの「日本の最高戦略家に話を聞く」と称して国分良成だの竹中平蔵だの添谷芳秀だの船橋洋一だの白石隆だの、その他諸々くだらない連中のインタビューを集めたトンデモ本「日本は今何を考えているのか? 일본은 지금 무엇을 생각하는가?」を出したあの文正仁教授である(この本の書評も以前書いたが、旧ブログの凍結で今は見られない。これもまた後日復活させるのでしばらくお待ちを)。正直言って「また文正仁かよ」と呆れ果てた。自分がトンデモ本を出すだけでは飽き足らず、今度は日本の御同類を解説ですか? 文教授は本当にトンデモ本を自ら書くのも、他人のそれを解説するのもお好きなんですね。大学教授辞めてトンデモ本ライターに転進した方が大成するのではないかと冗談抜きで思う。
それはともかく、それ以上に頭痛がしてくるのはこの本が韓国では結構高い評価を受けてしまっているという現実だろう。韓国にはアマゾンが進出していない代わりに、国内書店による有力な書籍ネット通販会社がいくつもある。それらをざっと見てみると、どれもこの「戦後史の正体」韓国語版である「アメリカは東アジアをどのように支配したのか」に高評価が付けられていた。レビューを見てみるとどれもこれも最低星3つ、ほとんどが4か5という高評価だ。空恐ろしくなってくる。
韓国のインターネット書籍通販「インターパーク」の該当ページ
http://book.interpark.com/product/BookDisplay.do?_method=Detail&sc.shopNo=0000400000&dispNo=&sc.prdNo=212197833
同じくyes24のページ
http://www.yes24.com/24/goods/8727001
さらに絶望的になるのは統一ニュースまでもがこの本に対して肯定的な書評記事を載せている事だろう。
http://www.tongilnews.com/news/articleView.html?idxno=102715
日本がこのザマなのに、韓国はどうか?(韓国語記事)
ここは南北統一関連ニュースでそれなりに貴重なニュースや論評が少なくないものの、それにしたって孫崎本の礼賛はねえだろうという話だ。上記書評記事ではこの本に対して
「統一の主軸は民族自主でなければならず、東北アジア協力は非同盟中立化を基盤にすべきであり、地球村の繁栄は覇権構造を打破してこそ可能だという事をこの本は確認させてくれるようだ」
「最後に、アメリカに対する自発的隷属主義者達で一杯に見える南の外交・国防高位官僚の中にも、こうした類の本を出せる強くて正義感にあふれて自主志向的な「第2のウケル」を期待してみる」(引用者注:この書評記事ではなぜか著者名を「マゴザキ・ウケル」ではなく単に「ウケル」とだけ表記している)
と最大級の賛辞を送っているのだから。馬鹿馬鹿しいアメリカ陰謀論とその著者が、韓国の統一運動家の目にはこのように映ってしまうのかと思うと、本当に暗澹たる気分だ。頼むからもう少し日本の正しい現状を、それも日本社会の特に邪悪で汚れた部分をこそ知る努力をして警戒して欲しい。それこそがこれからの韓国人の身を守り、真の平和統一に近付く道であろう。そう、大事なのは日本の最も汚れた部分の本質をこそ把握する事なのだ。 「サザンオールスターズ(李明博・安田浩一でも可)的日韓未来志向」なぞ有害極まりなく、まさにクソ食らえである。
それにしても、孫崎の本を読んで「目から鱗が落ち」てしまうような馬鹿は日本だけでなく韓国にも一杯いたという事実は悲し過ぎる。これまたサザンオールスターズ曰く「歴史を照らし合わせて 助け合えたらいいじゃない」という事なのだろうか。腹立ちしか感じない。
孫崎のこの本の内容を一言で言ってしまえば「アメリカ陰謀論」に尽きる。日本の首相で政権が短命な例が多いのは、「自主独立派」がアメリカによって失脚させられたからだ。日本に原発がこんなにたくさん出来たのもアメリカの陰謀だ。だから日本は悪くないんだ。という根拠不明なトンデモ話を延々書き連ねたのがこの本に過ぎない。
そもそも「戦後史の正体」では日本に原発が大量に出来た理由を「第5福竜丸の件をなだめたいアメリカと、それに便乗して一口乗ろうとした日本人が合作して『原子力の平和利用』をぶちあげたから」と説明している。さらに「今でも日本では反原発は左翼、推進は右翼という等式が存在する」ような事まで言う。確かにそうした面もない訳ではないが、かつては共産党も「原子力の平和利用」を肯定していた(共産党はいつから急に原発反対に回ったのか? 少なくともチェルノブイリの頃までは明確に原子力の平和利用を肯定していたはずなのだが。そうした党中央と原発立地の地方組織の食い違いもあっただろうが)し、今では多くの右翼団体が自分達のイメージ向上の為に「脱原発」を口先だけ言うようになった事はどうなのかという話だ。しかも最も重要な事実、日本が原発を始めた最大の理由は、自前で核武装をする為だったという事を孫崎は完全になかった事にしている。こんな重大な歴史的事実を黙殺して「アメリカとその追従者の陰謀」にするのだから、これはもはや犯罪的ですらあろう。
日本がアメリカの属国である事自体は確かだが、それを逆用して日本が自らの意思で行なった悪事も山ほどある。日本の国連外交などはそうした事例の宝庫だろう。アメリカに言われなくても日本は自ら進んでODAなどを盾に第3世界諸国を恫喝し、アメリカの対テロ戦争に協力するよう仕向けた。それこそが自衛隊海外派兵などの日本軍拡化に利する行為だからであり、その姿は「自主的軍事・安全保障外交」そのものだ。それを問題視されても「アメリカのせい」と言い訳すれば通ってしまう。孫崎の言う「アメリカに逆らうと消される」というアメリカ陰謀論は日本が自主的に行なって来た悪事をカムフラージュする方便でしかない。
日本が国連外交などでアメリカに関係なく自主的にさんざん悪事を働いてきた歴史を、外交官だった孫崎が知らないはずがないのだ。「戦後史の正体」がインチキな偽書だという事を一番良く知っているのは、当の孫崎自身だろう。孫崎享などという人間はただの陰謀論商売人に過ぎない。早い話「ノストラダムスの大予言」の五島勉といい勝負なのである。
それでも孫崎が韓国でウケてしまっているというのはどういう意味を持っているのか。最大の悪影響は「対日批判の押さえ込み」だろう。「日本はアメリカに頭を押さえられている。韓国も同じじゃないか」という理屈で、日本に対する批判がし辛くなる訳だ。孫崎は韓国語版まえがきで「この本を読む過程であるいは『韓国も同様ではないのか』という声が出て来るかもしれない」と述べており、明確にそれを意識して韓国語版出版を進めた事は間違いない。実際にレビューなど見てみると韓国で孫崎の本を高評価している連中というのは、韓国がやはりアメリカの属国である現状に怒っている層であり、それで深く考えずに「戦後史の正体」に共感してしまう例が非常に多かった。実は在日の中にも孫崎に共感している層(飽くまで筆者が目撃した範囲であり、特に60代以降の2世が多い)が最近微妙に増えており、それらが孫崎を支持する理由も同じである。「戦後史の正体」韓国語版は「韓国も日本と違わない」というキャッチフレーズで売り出しており、出版社側もそれを十分に意識してマーケッティングしたのは明白であろう。だが、それは極めて危険な論法なのである。韓国も日本同様にアメリカの属国である事自体は間違いでないが、両国の歴史的過程や国際環境は大きく違い、同列にくくれない部分も非常に多い。日本が孫崎の言うような「対米自立」をするのと、韓国がアメリカの影響から脱して民族自決する事はかなり意味が違う。同じアメリカの属国であっても、日本と韓国では何が同じで何が違うのかを厳密に見極める事こそ大事なのだ。今のまま国家体制が変わらずに日本が「孫崎的対米自立」をしたら、今よりはるかに大きな災厄を周辺アジア諸国にもたらすだろう。橋下徹の従軍慰安婦発言があった際、安倍晋三らはアメリカの顔色をうかがって心にもなく嫌々橋下を叩いた。「孫崎的対米自立」というのはこれ以上アメリカの顔色を気にする必要がなくなるという事であり、アメリカを気にせず大日本帝国の正当化が出来るという事でもある。アメリカから「自立」する事で、日本は過去史に対してますます反省しなくなるだろう。そして日本が「孫崎的対米自立」しても、アメリカへの軍事的貢献・協力は全く変わらず「自主的」に継続される事だろう。イギリスやフランスなどのヨーロッパ先進国がアメリカの対テロ戦争に協力し続けているのと同じになるだけだ。それが日本の「国益」になると判断される限り、アメリカから自立しようとしまいと日本の対米軍事協力・貢献だけは続く。
今後歴史問題などについて、孫崎の悪影響で韓国からの対日批判が鎮静化するのではないかと思うとゾッとする。孫崎の陰謀論を拡大解釈していけば、日本が戦後国連外交でさんざん自主的に悪事を働いてきた事も、国内に大量の原発が出来たのも全て「アメリカだけが悪い」という一言で責任を回避出来てしまう。日本が戦後補償をまともにしないのも在日朝鮮人への差別政策がまかり通っているのも「全部アメリカだけが悪い」という事にされかねない。孫崎享というのは「(外部からの)日本における最大の野党」たる韓国に打ち込まれた楔のようなものと思う。「戦後史の正体」が韓国で出版されたというのは、そういう役割を果たすという事である。
そして日本に対して「外部からの野党」の役割を果たしているのは韓国や中国だけではない。従軍慰安婦の件を見ても分かる通り、皮肉な事にアメリカも時と場合によってはその役割をある意味・ある程度担っている。アメリカは日本に対して「与党」なだけではないのだ。孫崎の主張と違ってね。
はっきりしているのは、日本はアメリカから「自立」する資格も環境も現状では持ってないという事だろう。日本が「対米自立」しようとしたら、軍備の放棄、アジアに対する過去史の徹底した反省と謝罪・補償、それに基づくアジアとの平和的友好関係構築といった事が同時進行で行なわれなければ全く意味がないどころか有害ですらある。改憲論者である孫崎の「対米自立」には、もちろんそうした内容は含まれていない。韓国の読者がそうした点を見抜けずにただ「反米」だけで単純に孫崎を礼賛するのは危険な事だ。前述の統一ニュースの書評のように孫崎を読んで「統一の主軸は民族自主でなければならず、東北アジア協力は非同盟中立化を基盤にすべきであり、地球村の繁栄は覇権構造を打破してこそ可能だという事をこの本は確認させてくれるようだ」などというのはあまりに飛躍が過ぎる。日本でもそうだったが、孫崎は韓国でもある種の左派・進歩派に対して、より大きな害毒を与える存在だろう。
安田浩一、原子力資料情報室、孫崎享。これら3者が最近揃って韓国で売り出され、それなりに現地で好評を博した。だがこの連中は韓国に対して悪影響しかもたらさない。連中は示し合わせて陰謀(孫崎の本と違って)を行なっている訳ではないだろうが、その言動がいずれもある目標に共通して向かっている点が興味深いだろう。安田が「日本は右傾化していない。日本で極右を主張する政治家が勝った事は一度もない」という完全に誤った日本観を伝え、原子力資料情報室が日本の脱原発運動の腐敗堕落した体質を現地へ「輸出(というより「転移」と言った方が相応しいか)」しながら現地の運動体と連帯し、孫崎享が「日本も韓国もアメリカに押さえつけられている点は同じ」というアメリカ陰謀論で日本への批判をなだめる。その結果は韓国の対日批判抑制だ。韓国からのまともな対日批判がなくなった状態、すなわち「サザンオールスターズ的日韓未来志向」の完成である。
孫崎享のようなペテン師とその言動については日本における悪影響に加えて、今後は海外への悪影響も同時に考慮して批判していかねばならない。
前に翻訳して公開したプレシアンのインタビューで、安田浩一はこんな事を言っていた。
「私は橋下徹の意見に同意しません。万に一つ橋下の言うように、戦場の兵士達の為に女性が必要であったと仮定してみても、なぜその女性達に感謝しないのでしょうか? 女性達は自分の体で兵士達を慰めてくれたのに、彼女達をして売春婦だと言うのは許せない事です。橋下の論理通りならば、あの女性達に本心から感謝せねばならないでしょう。」
・以下は記事の韓国語原文
「저는 하시모토 도루의 의견에 동의하지 않습니다. 만에 하나 하시모토 말대로, 전장의 병사들을 위해 여성들이 필요했다고 가정해보더라도, 왜 그 여성들에게 감사하지 않는 건가요? 여성들은 자신이 몸으로 병사들을 식혔는데, 그들을 두고 매춘부라고 부르는 건 용서할 수 없는 일입니다. 하시모토의 논리대로라면, 그 여성들에게 진심으로 감사해야 하는 겁니다.」
安田浩一という男は一体何を考えているのかと言いたくなる、それこそ橋下と大差のないひどい例えだ。従軍慰安婦を侮辱していなければこんな例え話は言えないだろう。
で、その橋下だが先日選挙演説で実際にこんな事を言ったそうな。伊波洋一のツイッターより。
https://twitter.com/ihayoichi/status/353317847361011713
橋下大阪市長が参院比例候補の応援演説で来沖、「沖縄女性、(米兵相手の)慰安所で頑張った」、“感謝の念を表す”と遊説した。でたらめな“自説”を主張するために沖縄女性や県民を侮辱していると怒りが広がっている。
朝鮮・韓国の従軍慰安婦ではなく沖縄の女性に対して(しかも沖縄に慰安所が設置されたというのは事実ではない)だが、安田の「提案」した通りの事を橋下は言ったではないか。「感謝の念を表す」と。良かったね、安田記者。あんたの言った通りに橋下市長は慰安婦に「感謝」してくれたよ。結果的にこれで安田は橋下の意見に「同意」した事になるよね。橋下が安田の「提案」に歩み寄ってくれたおかげじゃないか。安田はこれについて、橋下に「感謝の念を表」さねばなるまい。橋下は慰安婦に「感謝」し、安田は橋下に「感謝」する。これでスッキリしたではないか。安田記者はこれでもまだ橋下市長に何か言いたい事がありますか?
いずれにせよ今回の件で、安田浩一は在特会のみならず橋下徹とも本質的には親和性の高い人間だという事が明らかになったのではないか。従軍慰安婦を内心では侮辱しているというのが安田と橋下の最大の共通点なのだ。
http://sayonara-nukes.org/2013/03/130309action/
「つながろうフクシマ!さようなら原発大集会」に1万5千人参加
原子力資料情報室の伴英幸さんも「原発再稼働をさせてなならない(原文ママ 正しくは「はならない」と思われる)」と述べ…
原子力資料情報室共同代表・伴英幸伝説はここに頂点を迎えた! あれだけ「再稼動はやむを得ない」「暫定的に何基か動かすことの一切を否定するつもりはない」と言いまくっていたこの男が、何と原発大集会の場では「原発再稼働をさせてなならない」とまるで180度違う事を言っているのだから! 何で発言の場によってこんなに言ってる事が違う訳? ここまで露骨な主張の使い分けをしてる人間を見たのは、佐藤優と辺真一以来だわ! こんなのが共同代表やってる原子力資料情報室って何?
ここに改めて宣告する。
原子力資料情報室、完全終了!!
と。
伴が相手と場所によってこれだけ極端に主張を使い分けているのは、その場の空気というか状況を読むのに長けているからだろう。何しろ原発大集会という場では大江健三郎だの澤地久枝だのといった「客寄せパンダ」の著名人が多数顔をそろえているばかりか、何も知らないウブ(?)なカタギのデモ参加者(すなわち伴や情報室にとっては「カモ」である)が何万人もいるのだから、そんな場所で「再稼動はやむを得ない」なんて「本音」を言うはずがない。本音は右翼・天皇主義者である佐藤優が、リベラル・左派系のメディアではそれに合ったおべんちゃらを言うのと同じである。伴英幸という男は全くもって、佐藤優や辺真一並みに「こいついい営業してやがるな」と思う。
言うまでもなく、同じ原発の再稼動を口にしても推進派が言うのと脱原発派が言うのとでは大違いである。バリバリの推進派が原発を再稼動しろと主張してもそれは当たり前の話であるしさほどの驚きもないが、脱原発派、それも情報室のようにその筋で著名な団体の代表がそれを言うのがどれだけ罪深い事か。推進派が言うよりも、伴が「再稼動容認」を口にする方がはるかに悪影響を及ぼす。いわば日本人右翼よりも、日本に骨の髄まで同化した親日派の朝鮮・韓国人に日の丸を礼賛させる方がより「効果的」で悪質であるのと同じである。伴はそれだけの重罪を犯したのだ。
伴英幸がこのように原発の再稼動容認に躍起になった理由は何なのか? 個人的な見立てでは、この男が一時期政府の審議会委員に名を連ねた事が原因ではないかと思っている。情報室のホームページにもある通り、伴はかつて内閣府原子力委員会新大綱策定会議の委員に就任していた。伴がこの委員になった正確な日付は分からなかったのだが、少なくとも東日本大震災直前の2011年2月頃にすでに就任していた事だけは確実である。それ以前までは外部の市民・有識者として意見を出していたようだ。この会議は結局新しい政策大綱を作れないまま終わったが、当時の民主党政権はこれに代わる会議として経産省総合資源エネルギー調査会基本問題委員会を2011年9月に発足させ、10月3日に第1回の会合が行なわれた。そこに伴英幸も委員として入り、この委員会には他にも大島堅一(立命館大学教授)や飯田哲也(環境エネルギー政策研究所所長)といった世間的には「脱原発派」とみなされている人間達もやはり委員として加わっている。とは言え、この委員会の構成は基本的に原発推進派が圧倒的に多数であり、伴ら「脱原発派」委員は少数であった。だからといってこれら少数派の「脱原発派」委員が多勢に無勢の中でがんばったとみなすには無理がある。以下にそれを説明したい
この基本問題委員会は新エネルギー・環境政策として2030年までに原発の比率を0%、15%、20-25%のいずれかにするという三つのシナリオを立てて、結果的に0%が採用された。この事は情報室はじめとする日本の脱原発派達が己の手柄のようにこれまで触れ回ってきたので広く知られた通りである。それも昨年末に自民党が政権に復帰してから白紙化され、今年3月21日には委員から伴・大島・飯田の三人も外された。審議も基本委員会よりも上の総合部会で行う事に決まり、以降基本問題委員会は開かれないまま6月25日には廃止する事が発表されている。
この一連の流れを見ていると「2030年代原発ゼロ(知らない間に「2030年」でなく「2030年代」に時期がすりかわっているのだが)」を白紙化した安倍自民党政権はなんてひどいんだと思われるだろう。確かにその通りだ。だが、民主党政権時の方針である「2030年にゼロ」とは、この審議会があってから18年後にやっとゼロにするという事であり、それまで原発を使い続けるという意味でしかない。世界最悪の事故が起こってなお、まだ原発をしつこく使い続ける事を明言しているのだから狂気の沙汰である。しかも18年もあれば推進派にとって状況をひっくり返すに十分な時間的余裕だろう。政権が代われば一発だ。そしてあっさりその通りになってしまった。「2030年にゼロ」なんて単に原発を延命させた以上の意味は全くないのである。それを「成果」と誇っているのが伴英幸と原子力資料情報室に他ならない。
こうした経過を見ていると、伴がこれまで言ってきた妄言の数々は、自身も参加したこの総合資源エネルギー調査会基本問題委員会の方針に準拠したものである事が分かる。「新規制基準をクリアし、地元の了解も得られる原発については、再稼働はやむを得ない」「(第2制御室の)設置が完了するまで再稼働を認めるべきではない」「暫定的に何基か動かすことの一切を否定するつもりはない」「暫定的に動かす場合でも、地元合意はもちろん、ストレステストは1次と2次をクリアし、過酷事故対策がきちっと取られていないといけない」といった発言の数々は飽くまでも審議会が出した「2030年にゼロ路線」、すなわち政府の立場そのものなのだ。伴英幸は「日本を代表する反核・反原子力運動団体の共同代表」という表看板を掲げながら、その行動原理は原発を推進(大目に見ても条件付賛成)する日本政府の方針そのものだったのである。要するに伴は政府の審議会に入って取り込まれたに過ぎない。福島で普通の暮らしをしろとかいうのも、被災者を避難させずに汚染地域へ戻そうとする政府の方針そのものなのだから。
同時に不可解なのは、なぜ依然として伴がこうした「2030年にゼロ路線」を審議会の委員から外された今も堅持しているのかという事だ。今は委員でないのだからもはや政府に義理立てする必要はなくなり、情報室の本来の路線(?)である「再稼動反対」に立ち返るべきではないのか。筆者の推測だが、これは恐らく伴が依然として政府の審議会委員の座に復帰する色気を持っているからではないかと思われる。今後また情勢が変わって再び脱原発派から原発・エネルギー関係の政府審議会委員を選ぶ事になったとしよう。その時に「何が何でも原発反対! 再稼動も絶対に許さない!」などという「極左過激派集団」みたいな事を言っていたら、委員に選ばれなくなってしまうではないか(笑)。だからこそ、原発の維持や再稼動に妥協の余地がある「2030年にゼロ路線」に伴は依然として固執し続けているのではないか。
自分ら「脱原発派」がそういった審議会に入る事で政府の方針を変えさせたり、他の推進派に対する歯止め役になると、伴はもとより飯田哲也や大島堅一といった連中も自己正当化するのであろう。だが連中がやった事は、連立政権で自民党や民主党の悪政に手を貸した社民党(社会党)と同じ役回りをしたに過ぎない。それでも当人達からすれば「2030年には原発ゼロ方針」という「成果」を上げたのだ、としてそれを己の「勲章」にするのだろう。そしてそれを潰したのは自民党であって、自分が悪いんじゃない、これでもがんばったんだ、と。
伴ら脱原発派委員達は「2030年には原発ゼロ方針」という「手柄」を立てて、「脱原発業界」での自身の地位をより高める事が出来た。その方針が将来ひっくり返されても「自民党が悪い」と言い訳が立つ。
民主党政権は「2030年」という遠い未来の期限を設定させる事で原発の延命を図り、その間に原発再開へと状況を逆転させる余地を残すのに成功した。何か文句を言われてもやはり「自民党が悪い」と言い訳が立つ。
自民党政権は前任の民主党政権のおかげで軽々と原発復活を図る事が出来た。何か文句を言われても「民主党が悪い。エネルギー問題の為にはやっぱ原発が必要」と言い訳が立つ。
ものの見事に三者誰も損をしていない。伴英幸(ら脱原発派)・民主党・自民党の三者がそれこそ「ウィン・ウィン・ウィン」の三方みな得をした。その犠牲になって損をさせられた「第四者」がどのような人々であったのか、賢明な読者に説明する必要はないだろう。
原子力資料情報室共同代表・伴英幸という男は、その「いい人」っぽい容貌や口調とは裏腹に、恐ろしく腹黒い人間である。その発言と行動を見る限りではそうとしか思えない。相手と場所によって矛盾する主張を平然と使い分けられる性根からして、少なくともこの男の本性は佐藤優並みに陰険毒辣と見てかかるのが賢明であろう。
かつて原子力資料情報室は「反原発出前します」というキャッチフレーズで、反原発の講演会の為に全国津々浦々を飛び回り、日本の反核・反原発運動に大きな役割を果たした。だが今の情報室には「反原発」というメニューはなくなってしまったようで、代わりに出前するようになったのが「原発再稼動」という新メニューである。組織の代表自ら政府の審議会に入り、自身も策定に関わったその「国策」に沿って行動するようになった時から、原子力資料情報室は「原発再稼動出前します」に実質的な体質は変わったのだった。
最後にもう一つ述べておきたい。もはや日本の反核・反原発運動の腐敗堕落ぶりは限度を超しており、救いようがない。完全な国粋主義運動と化した今の脱原発運動が日本を核放棄させる事は決してないだろう。情報室や反原連もひどいが、かつては長らく草の根反原発運動体として名を馳せたたんぽぽ舎までも今では日の丸に賛成し、統一戦線義勇軍のようなゴリゴリの右翼と一緒に「仲良くしようぜ」とばかりに集会を開くほどだ。今の日本では脱原発派ほど核や原子力というものに酔い痴れている。取り返しのつかない破局的な事故がすでに起こってしまったのでヤケクソになっているのか、さもなければこの状況を利用してせめて少しでも美味しい思いをしようとしているとしか思えない。ここまで来ると勝手に自滅でも何でもしてくれとしか言いようがないのだが、それでも最低限要求したいのは、その腐敗菌を日本の外にまで広めるなという事だ。
原発はもちろんどんな環境問題・公害問題でも、市民運動の国際連帯というものが今まで国境を越えて行なわれてきた。日本のそうした問題に取り組む運動体もこれまでに外国へ出て現地の民衆と一緒に運動してきた事例がいくつもある。だがそれも3.11を境にして状況は大きく変わった。3.11以降大きく腐敗した日本の脱原発運動がこれまでのように海外へ出ても、やれる事など何もない。日の丸掲げて過去のアジア侵略の重い歴史も知らず、甚だしくは礼賛すらしている連中がどうしてアジアの民衆と連帯出来るのか。それどころか、仮に日の丸を隠して国外へ出たとしても別の悪影響を与えるだろう。原発の輸出や再稼動に事実上賛成する腐った体質を現地の運動に広めるだけだ。とりわけ韓国は原子力資料情報室が最近頻繁に出入して交流を活発に行なっており、その悪影響が今後は非常に心配である。現に韓国の反原発運動とその界隈が最近恐ろしく日本に似てきているのだ。
ハンギョレ新聞が原発輸出に賛成したり核燃料の安定供給を主張するのもそうだし、韓国で緑の党が出来たのも決して日本の影響がないとは言い切れないだろう。韓国緑の党は「2035年に原発ゼロ」という、日本の民主党政権や伴英幸以上に悠長な事を主張しており、しかもそれの代替をソーラーや風力で賄えという絵空事を政策にするなど環境カルトそのものだ。もちろん本家欧州各国の緑の党がユーゴスラビアやリビアなど第3世界への侵略戦争に賛成し、労働者の賃下げまで政策にしている実情は完全に知らん振りしてる。リビアへの軍事介入に対しては、他の韓国の環境団体や民主勢力団体の多くも事実上賛成か黙認だった。
最近5月16日に、韓国の原子力安全委員会でも少数だが反核運動家から委員が採用されたという。これについて朝鮮日報などの保守メディアは非難の嵐だったが、オーマイニュースなどの進歩メディアはおおむね賛意を表するというお決まりの構図だった。だがこれは韓国の反原発運動にとって実に危険な結果を生みかねない。日本ですでに伴英幸や飯田哲也らが政府の審議会で果たした役割と、その結果取り込まれて原発の再稼動すら容認するようになった経過を我々は見ている。韓国でもこれまで反原発運動をしてきた人間が、9人の委員会の中にわずか2人ぽっち入ったところで出来る事は大してないだろう。政府の原子力推進の歯止めになるどころか、逆に取り込まれて結果的に悪事に加担する恐れが高い。これからどうなるかまだ先の話とは言え、日本の二の舞になる事が非常に恐いのである。
去る4月に韓国の教保生命教育文化財団が原子力資料情報室に「教保環境大賞」という賞を与えた。これの授賞式に参加すべく伴英幸以下情報室のスタッフ数人が韓国へ向かったものの、到着した4月19日に伴は仁川空港で入国拒否を食らってUターンさせられたという事件が起こっている。授賞式には他の同行スタッフだけが参加した。この件に対しては韓国の反核団体が朴槿恵政権に抗議声明を出しており、その事は日本でも一部報じられている。
http://chikyuza.net/n/archives/33636
韓国からの手紙:お久しぶりです!
伴が入国拒否されたのは、この男が日本の代表的な反原発団体の代表だからというのは明白だろう。それは誰が見ても分かる。だが急進的原発推進派である朴槿恵政権の立場から見ても、この処置は正しかったのか。これまで見てきたように伴は原発の再稼動を容認し、汚染地域である福島で普通に暮らせと現地の子供にまで言い放った男である。野間易通と並んで日本の脱原発運動の腐敗堕落を最も象徴する「2大巨頭」と言っても良い。そんな人間を韓国に入国させた所で、韓国当局の脅威になるはずもなかろう。それどころか韓国の反原発運動を日本のように堕落させてくれる「効果」すら期待出来るではないか。日韓の原発推進派の立場からしてみれば、伴のような人間は泳がせておくのが長い目で見て一番賢いやり方なのである。放っておいても立派に「トロイの木馬」としての役割を果たしてくれるだろう。ただ、韓国の朴槿恵政権にも日本の安倍晋三政権にもそうした「深謀遠慮」をするだけの知恵がなかっただけの話だ。もっとも、今回の入国拒否事件がさらに伴英幸の「脱原発運動家」としての格を高めてくれる「勲章」の役を果たした事は確かであり、それによってますますこの男の本性が知られずに済んでしまうという逆理も生じるが。伴が韓国から入国拒否されようとまいと、日韓の原発推進派にとっては得な結果に転んだと思う。
それ以前に伴英幸=原子力資料情報室はこの時すでに原発再稼動を容認していた。そこへ賞をやるなど、教保生命教育文化財団はどれだけ日本の情勢に無知なのかと思う。韓国はじめとするアジア諸国はもう少し日本の脱原発運動の実情を調べた方が賢明である。もし知ってて賞をやったとしたらこれは極めて悪質だが(それ以前に、この賞がどれほどありがたいものなのか知れたものではないが)。
はっきりしているのは、日本は原発そのものだけでなく、自国の脱原発運動も輸出してはいけないという事である。原発輸出など言うまでもなく論外だが、腐り切った日本の脱原発運動体が他国へ出て行って現地民衆の運動に悪影響を与えるのもまたとんでもない。日本内部はもう手の施しようがないから仕方ないが、せめて他国の邪魔だけはしないでくれ。
それでもまだ再起の望みを捨てないという人がいるなら、これだけは忠告しておきたい。日本という国は原発の推進派はもちろん、脱原発派もまたアジアの癌でしかないという現実からやり直す事だ。今のまま日本の脱原発派が「国際連帯」を謳って外国へ出て行くのは癌細胞の転移そのものでしかない。現状では原発の輸出も日本の脱原発派の「輸出」も同時に阻止するのが、アジアはじめとする外国の民衆の為に最も寄与する行動なのである。
放射能汚染を国境線で止める事は出来ないが、運動の腐敗はまだ国境線で止める望みは一応ある。
このクソ野郎またやりやがった、というのが筆者の率直な感想である。他ならぬ原子力資料情報室共同代表・伴英幸の事だ。
http://mainichi.jp/select/news/20130620ddm008010084000c.html
◇対策猶予期間は問題??原子力資料情報室・伴英幸共同代表
いいかげんな状態で再稼働すれば、福島事故と同じことが起こるのではないかと心配だ。新規制基準をクリアし、地元の了解も得られる原発については、再稼働はやむを得ない。ただ、事故時の対応に必要な第2制御室の設置などに猶予期間があるのは問題だ。設置が完了するまで再稼働を認めるべきではない。活断層や原発の耐震安全性の問題もある。規制委の指摘に反論するため、電力会社は「活断層ではない」と証明しようとしているが、現在の知見では証明できないはずだ。「疑わしいものは活断層とみて対応すべきだ」というのは、規制委が言い出したことではなく、原子力安全委員会からの大原則。電力会社はこの原則をまだ理解していないのではないか。
「いいかげんな状態で再稼働すれば」
じゃあ、「いいかげんな状態」でさえなければ原発を再稼動してもいいんだ?
「新規制基準をクリアし、地元の了解も得られる原発については、再稼働はやむを得ない」
じゃあ、「新規制基準をクリアし、地元の了解も得」られさえすれば再稼動してもいいんだ?
「(第2制御室の)設置が完了するまで再稼働を認めるべきではない」
じゃあ、その「制御室」とやらが出来たら再稼動してもいいんだ?
これが「日本を代表する反核・反原子力運動団体」である原子力資料情報室の共同代表が言ったセリフなのである。仮にも代表者の一人の口から出た言葉である以上、これが情報室の公式見解に等しいと見て何の差支えもないだろう。情報室は原発の再稼動を「条件付」とはいえ容認しているのだと。そうでないと言うならば、上記の伴が言った発言を公式に取り消して謝罪せねばならない。その上で伴を代表からクビにして組織からも絶縁追放するくらいのオトシマエをつけなければ、反原発運動団体としてのケジメにはとてもならないだろう。
筆者が共同代表の一人であれば、その上で世界中の反原発団体や環境保護団体に以下のような文面の回状(絶縁状)を発送してやりたい気分である。
「右の者、反原発の運動に反する許しがたき行為の段多々あり、某月某日をもちまして絶縁処分とする事といたしました。つきましては今後、2代目原子力資料情報室とは一切関係ございませんので御通知申し上げます。尚、御賢台様には、客分・縁組・交友・商談・拾上げ・講演依頼・政府審議会委員採用・社会活動関連褒章等は、理由の如何を問わず一切固くお断り致します」
…冗談はともかく、これほどまでに重大な問題発言をしたとなると、本来ならば伴英幸一人の処分では済まされまい。筋道から言えば組織解散にも匹敵する許し難い発言だが、最低でも他の共同代表も連帯責任で一緒に辞任するくらいのケジメをとらねば、原子力資料情報室はおしまいだ(本来であれば、ね)。筆者であれば伴をクビにすると同時に、自分も代表を辞任して組織からも離脱する。そうでなければ死んだ高木仁三郎に申し訳が立たないし、何よりも原発事故の被害に遭って苦しんでいる人達や純粋に原発を停めたいと思って立ち上がった人々に対する重大な裏切りではないか。日本の反原発運動そのものに重大なダメージを与える事でもある。実際に他の共同代表である山口幸夫と西尾漠の両人はこのオトシマエを一体どうするつもりなのか? 福島原発事故を体験して以降の日本という緊迫した時代に、全く示しがつかないではないか。
伴の発言を見る限り、情報室は原発とその再稼動に「何が何でも反対。再稼動も絶対許さない」というスタンスでない事だけは明白だろう。おまえ達は本当にこの世から原発をなくすつもりがあるのかと聞いているのだ。
今回の伴の再稼動容認発言について、筆者は前回の安田浩一インタビューにも匹敵するほど激怒しているし、醜悪な代物だと思う。3.11以降、日本の反核・反原発運動はむしろ底なしな腐敗堕落の一途をたどり、右翼団体と一緒に集会を開いたり、左翼や労働組合の旗を排除するくせに日の丸だけは逆に推奨するなど、以前であれば信じられない現象が続出している。これらはどれも3.11以降さらに加速化した日本の右傾化に伴う現象でもあり、これによって今の日本の反核・反原発運動はすっかり「脱原発報国会」と化した感があろう。これは完全に国粋主義運動そのものであり、右翼と隠れ原発推進派の巣窟にしか見えなくなってしまった。原子力資料情報室による再稼動容認もまた、こうした流れの代表的な現象の一つと言える。
これから以下に伴英幸のさらなる暴言・妄言・戯言の数々を指摘していくが、これらを読んで気分が悪くなったり精神的苦痛を受ける方は決して少なくないはずだ。真面目に原発に反対している人ほどそうだろう。よってここから先の文章を読むのは、飽くまで自己責任でお願いしたい。
伴英幸がこうした妄言を垂れ流したのは今回が初めてではない。情報室が公開している「暮らしの中の放射能 第19回 子供相談室4」という動画ではこんな事まで言っている。この件については前にもネタにした事があるものの、その時の旧ブログが凍結されているので、改めて述べておきたい(該当記事は後日再掲載する予定)。
http://www.cnic.jp/movies/5034
(「僕は将来結婚して子供をつくっていいのでしょうか?」という質問に対して)
「(福島で)基本的には普通の暮らしをするということが大前提で必要なこと」
放射能で汚染された地に暮らさざるを得ず、その恐怖に怯えている人(それも幼い子供)に対してこれはないだろう。「ニコニコ笑ってれば放射能の害はない」と言って福島の人々を騙し続けている御用学者の山下俊一とどこが違うのか。被災地の人々の避難を認めずその為の補償もせず、そればかりか汚染地域に戻れと言っている政府や東京電力とどこが違うのか。
このように原子力資料情報室という著名な「反核・反原発市民団体」の共同代表という要職にある人物の、実にありがたい「御高説」はまだまだ続く。
例えば2012年8月24日の福井新聞参照。
http://www.fukuishimbun.co.jp/localnews/nuclearpowerplantfuture/36501.html
ゼロ方針、政府決定を 再稼働に明確条件必要
伴英幸 原子力資料情報室共同代表
原発ゼロまでの移行期間では「原発を動かすことが必要になることもあるだろうが、その場合でも(新たな安全基準などの)条件はきちっとクリアしないといけない」と指摘する。
「全基停止がベストだが、合意が得られるかは難しい。暫定的に何基か動かすことの一切を否定するつもりはない。一番大事な点は原発ゼロシナリオを政府の方針として位置付けること。暫定的に動かす場合でも、地元合意はもちろん、ストレステストは1次と2次をクリアし、過酷事故対策がきちっと取られていないといけない。大飯原発3、4号機を再稼働させたやり方はあまりにも拙速だった」
お分かりだろうか。少なくとも去年8月の時点で伴はすでに「再稼動容認」を謳っていたのである。「条件はきちっとクリア」してさえいれば「原発を動かすことが必要」になってもいいとはっきり言っているのだから。「暫定的に何基か動かすことの一切を否定するつもりはない」と言っているが、これは正しくは原発をゼロにするのを否定している訳である。ものは言いようとは良く言ったものだ。それでいて「原発ゼロシナリオを政府の方針として位置付ける」などとよく言えるな。まるで経産省の原発推進官僚並みの見事な詭弁ではないか。「暫定的に動かす場合でも」って、原発を動かすのをはっきり認めちゃってる訳ではないか。「過酷事故対策がきちっと取られて」いさえすれば良いというのか? そんなの東日本大震災クラスの地震がまた来たら同じ事だろう。だから原発をやめろと言っているのではなかったのか? 大飯の再稼動にしても伴の理屈に従えば、じゃあ「拙速」でさえなければいいという話にしかならない。
この時はまだ民主党・野田佳彦政権の頃であるというのがポイントなので、この点を覚えておかれたい。
このように事実上の「再稼動容認」を言いまくっていた伴英幸だが、別の場所ではさらに恐るべき事を言っていた。これは本当に唖然とするしかないもので、伴の他の諸発言と併せて読めば、原子力資料情報室の信用というかこれまで積み上げてきた「ブランドイメージ」を完全破壊するだけのインパクトがある。これは今年の3月に行なわれた集会の様子だ。まあ、見て欲しい。
(次回に続く)
ちなみに「進撃の巨人」は作品内容だけでなく作者の諫山創(いさやま・はじめ)自身もかなり右翼的な漫画家だという事は指摘しておかねばなりません。諫山は自身のブログでこの漫画に旧日本軍の将校である秋山好古をモデルにしたキャラを登場させて、自身も秋山の事を尊敬していると告白しています。
http://blog.livedoor.jp/isayamahazime/archives/3639547.html
秋山好古とは何者でしょうか。日露戦争で大きな手柄を立てた事で有名な軍人であり、弟の真之と共に司馬遼太郎の「坂の上の雲」の主人公としても広く知られています。しかしながら日露戦争とはどんな戦争だったのでしょうか。朝鮮と満州の支配権を巡ってロシアと大日本帝国が争った、典型的な帝国主義植民地争奪戦争に他なりません。司馬遼太郎がいかに小説でこの戦争を「日本の自衛戦争」と美化・正当化しようとも、史実とは全く異なります。その戦争の「英雄」だった秋山兄弟の本質もまた帝国主義者・植民地主義者でしかありません。そればかりか好古をはじめとする秋山兄弟が植民地朝鮮でどのような権勢を振るっていたか、どれだけの日本人が知っているでしょうか。秋山好古は1916年から17年にかけて植民地朝鮮に駐留する日帝朝鮮軍(朝鮮駐箚軍)の司令官でしたが、この軍は対ソ連防衛を担当する以上に、植民地朝鮮の独立運動を弾圧・鎮圧する事が目的だったのです。民衆蜂起や義兵闘争が起こればそれを武力鎮圧する為にすっ飛んでくる。その司令官である秋山好古はまさに植民地朝鮮の弾圧将軍だったのです。秋山好古が司令官を退任して2年後の1919年に何が起こったでしょう。3.1独立運動です。実際に3.1運動の弾圧と虐殺を行なったのは好古の次の次の司令官である宇都宮太郎(後の自民党議員である宇都宮徳馬の父。ただし徳馬は後に父とは大分違う道を歩んだが)でしたが、3.1独立運動の時期が少し早いか好古の任期が数年違っていれば、この男が朝鮮の民衆を大虐殺していたのです。3.1独立運動の弾圧と直接関係ないにしても、秋山好古が武断統治と呼ばれるとりわけ弾圧の厳しかった時代に、朝鮮の民衆に銃口を向けて威圧・抑圧していた総大将だった事は厳然たる事実なのですから。
さらにその前の1907年には、外交権を剥奪された朝鮮(大韓帝国)がその不当性を訴えるためにオランダのハーグで行われる万国平和会議に密使を送ったハーグ密使事件がありました。が、この時派遣された李儁(리준 リ・ジュン)・李相卨(리상설 リ・サンソル)・李瑋鍾(리위종 リ・ウィジョン)ら3密使の事を調べ上げて会議に参加出来ないように妨害したのが、他ならぬ秋山好古だったのです。秋山好古は一貫して朝鮮を日本の植民地にし、その独立を妨害する事に生涯を捧げた人間でした。
好古だけではありません。好古の兄である秋山正矣(あきやま・まさなり 後に岡家へ養子に行って岡正矣と改姓)は朝鮮京城電気の重役でした。つまり秋山兄弟というのは植民地朝鮮の軍事面と経済面で権勢を振るった植民地利権者一族だったのです。朝鮮半島の分捕り合いである日露戦争で手柄を立てたファミリーが、その「戦利品」である植民地朝鮮へ乗り込んでデカいツラして大きな権力を握り、独立運動を武力・謀略で弾圧する。秋山兄弟というのは日本の朝鮮侵略と植民地支配を一身に体現したような一族だった訳です。朝鮮人・韓国人であればこの秋山一族が行った事を決して忘れてはいけません。
そんな植民地主義者の軍人に
何より本当...自分ごときが、自分ごときの腕で、この方を
モデルにするのはおこがましいくて恐れ多い事なんですが
一応参考にさせていただいています....
日露戦争の逸話もすごいですが、
元帥の地位を蹴って田舎の小学校の校長を務め、
自分の作戦で失った兵士のために生涯質素に過ごしたとかの
真っ当を貫く姿勢や人柄に畏敬の念を覚えます
という最大級の賛辞を送ったのが諫山創という漫画家だという事を特に強調しておきましょう。この男と小林よしのりや細野不二彦・平松伸二らに果たしてどれほどの違いがあるのやら。諫山創は個人的には「進撃の巨人」が完結した後が色々な意味で「楽しみ」だと思っています。おそらく佐藤秀峰や青山剛昌のように、露骨に日本の国家体制や権力に迎合する作品を描くようになるのではないかと予想していますが。
とは言え、だからこそそんな右翼漫画家の作品に在特会やネット右翼が熱狂しているのではないかというプレシアン側記者の推測にはまあ一理あるでしょう(この記者が諫山創の右翼志向や秋山好古をモデルにしたキャラの事について気付いているかどうかは知りませんが)。しかしそれ以上に問題なのは、そんな右翼漫画家の作品が韓国でもヒットしてしまっているという現状です。最近の韓国の若者の歴史的無知はあまりにひどい(そうさせた韓国の教育制度や教科書に原因があるが)ものですが、「進撃の巨人」のヒットはそれを象徴する典型的現象と言えるでしょう。まさに「日韓の若者が過去の侵略戦争や植民地支配の歴史をきれいさっぱり忘れて互いの文化を楽しむ」という、安田浩一&李明博的な「日韓未来志向」が半ば現実化しつつある訳で、暗澹たる気分にしかなりません。
さて、話を主題である安田浩一のインタビュー内容に戻すと、これを最初から最後まで読み通せた方々にはとりあえず敬意を表します。よくもこんだけひど過ぎる気持ちの悪いインタビューを全部読み通せたその精神的耐久力に! いや、筆者も訳しててさすがに途中ですごく腹が立って嫌になってきましたよ。まともな人間なら今回の安田のインタビューを読んで激怒するか、極めて不愉快になるか、どっちかしかありませんから。今回のインタビューに、安田の知人の在日女性が在特会の集会を見て大変な精神的苦痛を受けて泣いたという話が出てきますが、安田の諸発言もまた在特会のそれに劣らぬ精神的苦痛を在日に与えるものでしょう。その為に肝とも言うべき重要なトンデモ発言部分を強調して、そこだけ読むように予め警告した訳です。でもその部分だけ拾い読みしてもたぶん相当な精神的苦痛を受けるでしょうが。
で、そうした安田のトンデモ発言・バカ発言の数々を読み終えた人達(筆者含む)はまず間違いなく次のように突っ込む事でしょう。
「んな訳ねーだろ!」と。
あまりにひど過ぎる発言の数々に、果たしてどこから言及して良いか分からなくなるのですが、それでもまずはこの発言から槍玉に挙げねばなりますまい。
「日本で極右を主張する政治家が勝利した事は一度もありません」
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日本で極右政治家が勝った事は一度もないだって? そんなん初めて聞いたわ! 「フリンジ FRINGE」じゃあるまいし、安田は一体どこの平行世界の話をしているんだ? 今の日本の総理は誰よ? 安倍晋三でしょ? 安倍晋三は極右政治家じゃないんだ? 今の大阪市長は誰? 橋下徹でしょ? 橋下徹は極右政治家じゃないんだ? 橋下と一緒に維新の会の共同代表やってるのは誰よ? 石原慎太郎でしょ? こいつら全員極右じゃないと? 安田浩一はこいつら全員極右ではなく、共産主義の極左だとでも言いたいのでしょうか。日本維新の会は現在衆議院では53議席の堂々たる第3党ですよ。総理も衆議院第3党の党首達もみんな極右ではないとおっしゃる!
いやあ、さすが講談社ノンフィクション賞を受賞したジャーナリストの言う事は違いますなあ。これはもう講談社どころかピューリッツア賞、いやノーベル文学賞すら与えてもいいんじゃないでしょうか。普通絶対言えません。日本で極右政治家が勝った事は一度もないなどと断言出来る、その「文学的センス」の深奥さにはまさに脱帽です! これには昭和天皇の「言葉のアヤ」発言も敵わないのではないでしょうか! 日本が世界に誇る名ジャーナリスト、安田浩一記者に何としてもノーベル文学賞を受賞させようではありませんか!
…冗談はともかく、ここまで事実として完全に間違った事が平然と言えるそのセンスには、確かにある意味で脱帽したくはなります。確かに今の日本の醜悪な現実を必死に覆い隠してごまかそうとしているジャーナリストや評論家などは掃いて捨てるほどいるものの、ここまで言い切ったのは筆者の知る限り安田浩一だけでしょう。しかもそれを韓国に対して言っている所がポイントです。同時に安田はこんな事も言っていました。
「みなさんから見て日本社会が非常に右側に傾いているように見えるかもしれませんが、極右達の主張を受け入れる環境では決してないという点を申し上げたいと思います」
お分かりでしょうか。安田は飽くまでも日本は右傾化していないと、必死になって韓国側に訴えてる訳です。言うまでもなく韓国の民衆にとって「日本の右傾化」とはかつての植民地支配と侵略戦争・帝国主義の正当化やそれらの復活と同義であり、決して受け入れられるものではありません(一部の親日派や政治的・経済的支配層除く)。そして現在の日本は誰がどう見てもそうなりつつあるのに、それを安田は「右傾化なんかしてない。極右の主張を受け入れる環境はない」として必死にごまかしに走っている。恥ならぬ嘘の上塗りを繰り返してまで「日本は悪くない」という事を韓国側に信じ込ませようとしているこの男は、一体どれだけ恥知らずで犯罪的なのでしょうか。その為ならこの男は安倍晋三の肩すら持とうとする。
「安倍首相も今は韓国や中国と良い関係を維持しようと発言しました。これもまた日本社会の雰囲気だという事です」
「私が非常に嫌っていて恐らくみなさんも好きでない(笑)安倍首相でさえ「在特会などのデモは大変遺憾だ」と答弁しない訳にはいきませんでした」
ここで本来言わなければならないのは、こうした言動が安倍の本心によるものでは全くないという事でしょう。安倍や稲田朋美といった連中がある日急に態度を変えた理由はただ一つ、アメリカの機嫌を損ねそうだという事に気付いたからに過ぎません。決して日本国内のレイシズムを反省したり反対しているからではないので韓国や中国は油断するな、と警告するのがジャーナリズムに携わる者が本来言うべき事なのです。それを「安部でさえもレイシズムに遺憾を表明して韓国・中国と良い関係を維持しようとしている「美しい国」日本」という大いなる虚像を振り撒いて、韓国や中国の民衆を惑わせようとしているだけではありませんか。
さらに安倍の態度変化や橋下を切り捨てるような言動は、言うなれば橋下だけを悪者に仕立て上げて自分を美化する姑息な手段でしかありません。今の日本ではこのように、在特会や橋下徹のような「一部の目立った過激分子」さえバッシングすればどんなにひどい右翼や差別主義者であっても自分は差別に反対している人権派か人道主義者のように装えるという、極めて醜悪なアリバイ作りというか自己正当化が流行っており、安部のそれはまさに典型例です。在特会さえスケープゴートにすれば、朝鮮学校への無償化や補助金排除などといったひどい差別政策から目を逸らさせる事が出来る。日本政府こそ在特会以上の民族差別の総元締めであるという事を、日本国内はもちろん韓国はじめとする外国にも気付かせないようにしたいのが安田浩一の狙いだという事です。
安田は「おそらくみなさんは安倍政権が右翼政権だと考える事でしょう(笑)。在特会にそのような話をすれば笑われるでしょう」と言っていますが、安田自身だって「日本で極右を主張する政治家が勝利した事は一度もありません」すなわち安倍政権が極右ではないと言っているじゃありませんか。安田も在特会も「日本は右傾化なんかしていない」と必死に嘘を言ってごまかしているという点では同じ穴のムジナでしかないのです。
こうした事実として完全に間違った事を平然と主張する安田のペテン癖は他にもまだ見つかります。例えば
「「村山談話」が何の反対もなく国会で通過する事が出来たでしょう」
なんて事まで言ってるのですから。村山談話が何の反対もなく通過しただって? そんなん初めて聞いたわ! 安田浩一という人は「平行世界」の話を創作するのが大変お好きなんですね。ジャーナリストを廃業して、SF作家に転進した方が大成するのではないかと冗談抜きで思います。
当時村山談話が出される事に対して強硬に反対した政治家なんて山ほどいますよ。まずは、今や生活の党というみじめな蟻の巣の主人にまで落ちぶれながら、なぜか狂信的な信者だけは(それもある系統の左翼業界で特に)一定数いる小沢一郎がそうでした。
http://d.hatena.ne.jp/kojitaken/20130620/1371739834
当時の内閣は村山連立(社会党)政権で、自民党は与党に属していたが、自民党内には「大東亜戦争肯定論」の立場にたつ「民族派」と日本は敗戦で生まれ変わったとする「戦後改革派(ニュー・ライト)」との対立があって意見がなかなかまとまらなかった。他方、野党の新進党(九四年一二月結党、党首海部俊樹、幹事長小沢一郎)は、侵略行為や植民地支配という言葉を認めず、「おわび」も削除せよと強硬に主張した。
また、何よりも村山談話に反対した政治家の筆頭代表として挙げるべきは他ならぬ安倍晋三でしょう。安倍は当時どのような行動をしていたのか。
http://www.wadaharuki.com/abe.html
安倍晋三氏は議員初当選の翌年、一九九四年に奥野誠亮会長の「終戦五十周年国会議員連盟」の事務局次長となった人である。右翼的な歴史観から戦後五〇年国会決議、村山談話、河野談話に反対したかぎりでは、党内の傍流にすぎなかったが、一九九七年から頭角をあらわし、小泉首相の後継者に指名されて、右翼政治家のプリンスとして、主流派にのし上がった。
http://www.shibano-jijiken.com/sekai_o_miru_sekai_no_shinbun_387.html
彼は村山談話が出た時、自民党の非主流強行派である‘戦後50周年国会議員連盟’の事務局長代理だった。この議員集団は、日本の国会が、戦後50年決議案(‘歴史を教訓として、平和のための決議を新しくする’、1995年7月、国会可決)を、採択しようとするや、これに反対する議員らが1994年12月1日結成した。
連合軍占領体制下で、“日本に対する断罪と、自虐史観を正し、公正な事実に基づいた歴史の流れを解明し、日本と日本人の名誉と自矜心(じきょうしん_誇り、自慢)を回復しなければならない。”と言うのが結成趣旨だ。この集団は、日本が引き起した侵略戦争を‘日本の自衛自存とアジアの平和’の為だったと主張し、村山談話の発表に猛烈に反対した
どこを見ても当時安倍(と他に奥野誠亮はじめとする終戦五十周年国会議員連盟所属の議員達)が村山談話に強硬に反対していたという話ばかりです。こんな安倍晋三らの反対行動が当時厳然とあったにも関わらず、講談社ノンフィクション賞を受賞した日本を代表する名ジャーナリスト・安田浩一記者によると「「村山談話」が何の反対もなく国会で通過する事が出来た」そうです! 安倍総理はその前の河野談話にも強硬に反対していたのに、安田記者のありがたいお話によれば「何の反対もな」かったそうです! 「(従軍慰安婦に対しては)21世紀以前まではそれでも日本の恥部という認識が共有されてい」たのだそうです! 安田記者によれば「日本で極右を主張する政治家が勝利した事は一度もありません」すなわち、村山談話に猛反対していた安倍総理や小沢一郎や奥野誠亮達は全然極右政治家じゃないんだそうです! その安倍総理については、在特会も安田記者と同じ見解で「右じゃない」とみなしているとの事。両者の「安倍総理は極右でも右翼でもない」という貴重な証言が、国際社会における安倍総理のイメージをどれだけ向上させてくれたか計り知れないものがあるではありませんか! 安田記者と在特会は両者共にガッチリとスクラムを組んで、日夜安倍総理と日本のイメージ向上の為の「愛国的広報活動」に勤しんでいるのです! おまえらどんだけ安倍総理が大好きなんだよと言いたくなるではありませんか!
…冗談はともかく、もうここまで来ると何が何だか引用してる方も訳分かんなくなってきます。こういう嘘や捏造を平然と言いふらす人間を世間一般には詐欺師とかペテン師と言うのですが、安田浩一はまさにどこに出しても恥ずかしくない堂々たる詐欺師です。あるいはそれでもまだ「記者」を名乗っている以上、「ブラックジャーナリスト」と言ってあげた方がまだ礼にかなっているでしょうか(笑)。
しかも今回のインタビューはプレシアンという、韓国のそれも左派・進歩派メディアで通っている媒体に載ったものでした。韓国の進歩派すなわち民主勢力(のはず)がこういうひど過ぎる歴史歪曲というか、現実を歪めたホラ話をこそ「日本の現状」として伝えたがっている(または信じたがっている)のではないかという疑念すら浮かんできます。そこに安田のようなブラックジャーナリストがつけこんで、勝手な嘘や日本正当化論を韓国に広める。こういう人達が今まで引っ張って来た「韓国の民主化」とは一体何だったのでしょうか。
実は今回のプレシアン記事には全体的な強烈度がやや落ちるので全文翻訳しなかったのですが、やはり韓国進歩派メディアの雄であるオーマイニュースも安田に別途インタビューしていました。その中には今回の「日本で極右政治家が勝った事は一度もない発言」にも引けをとらない、どうしても指摘しておきたいインパクトだけは抜群なバカ発言が一つあったので、それもついでに翻訳抜粋して御紹介しましょう。
http://www.ohmynews.com/NWS_Web/View/at_pg.aspx?CNTN_CD=A0001871551
「ネット右翼の主張に政治的性向があると受け止めるのは問題があると思う。彼らは保守でもなく右翼でもない。便宜上ネット右翼と言うが、これらは真正な意味での右翼ではない。既存の日本保守勢力でさえも在特会などのネット右翼を嫌う。伝統的に日本の保守・右翼の中には「サムライは仲間の手を借りない」という美学が一つの文化として定着しているのに、在特会などのネット右翼にはこうした特長がないからだ」
講談社ノンフィクション賞を受賞した日本を代表する名ジャーナリスト・安田浩一記者曰く「日本の伝統的な右翼はサムライ」なんだそうです! これは安田に限らず日本ではよく使われる言い方ですね。言うまでもなくここでの「サムライ」という言葉は非常に肯定的な意味で使われており、安田浩一が日本の右翼を正々堂々・公明正大な存在であると描写している訳です。同時に、それに対して在特会は…という意味も込めて。
筆者は3年ほど前(だったと思う)に朝鮮学校への無償化適用を求める総連系のデモに参加した事があるのですが、その時の右翼の妨害はそれこそ半端じゃありませんでしたよ。その時のデモは日比谷公園から銀座の街を通ったのですが、公園の周囲から沿道まで黒塗りの街宣車が何十台も取り囲み、高速道路の上にまで多数の街宣車が止まっては「朝鮮人は出ていけ」とか何とか凄まじい爆音で罵声を浴びせられました。こんだけたくさんの右翼がどこから集まってきたのかというくらいの規模で、これに比べたら今在特会が新大久保でやってる事なんて可愛いもんです。先日の憲法記念日に見かけた時も同様で、職場近くの公道をこれまた大量の街宣車が走りながら爆音を鳴らし、その威圧感は在特会ごときの比じゃありません。ともあれこのように「既存の」日本の黒塗り街宣車右翼達はこれだけ衆を頼んで在日朝鮮人への民族差別や迫害、改憲の為の行動を繰り返してきました。というか、連中が「仲間の手を借りず」にこうした活動をしているのを見た事がありません。サムライうんぬんとかいうたわけた表現以前に、日本右翼が「仲間の手を借りない」という話がすでに大嘘です。連中は昔から常に大集団で在日を攻撃して来ました。
それにしても呆れるのは、安田浩一は安倍総理ばかりか右翼がどんだけ大好きなんだよという事でしょう。こんなサムライになぞらえてのおべんちゃらや明白な大嘘までついて、日本の右翼を大絶賛しているのですから。そんなに右翼が好きならさっさとジャーナリストなんかやめて、日本青年社(広域暴力団住吉会の下部組織)でも正気塾(1990年に当時長崎市長だった本島等を銃撃して殺人未遂)でも好きな団体の構成員になったら良いのです。そこには安田自身が大絶賛した「サムライ」達がわんさかいるでしょうから、さぞかし安田浩一の「男」を磨いてくれるでしょうよ! 何しろモノホンのヤクザである日本青年社も、天皇の戦争責任を追及した長崎市長を銃撃した正気塾も、安田記者の「理論」に従えばこれらはみんな在特会とは全く違う「仲間の手を借りないという美学が一つの文化として定着している立派なサムライ」なのですから! 安田記者にはぜひこれらの団体に入って、尖閣諸島への上陸や各報道機関への暴力による威嚇行為、長崎市長への銃撃テロなどを実行して欲しいものだと切に思います。あんた、サムライが大好きなんだろ? だったらそれぐらい喜んで出来るよね(笑)。
とにかく最近の在特会関係で「ブレイク(笑)」して以降の安田浩一の言動というのは真面目な話、ジャーナリズムとしての限度を超しています。記者として越えてはならない一線を越えてしまったと言って良いでしょう。一連の韓国マスコミの取材でしゃべった妄言や大嘘はもちろん、日本右翼を「サムライ」になぞらえて美化・礼賛した時点で完全にジャーナリストとして終わりました。日本青年社や正気塾に限らず、安田が「仲間の手を借りないという美学が一つの文化として定着している立派なサムライ」だとして褒め称えている日本右翼がこれまで暴力をちらつかせたり、あるいは実際に暴力行為を行って報道機関を攻撃した例は枚挙に暇がありません。そんな右翼を大絶賛した時点で、これはジャーナリストとして完全なる自殺行為なのですから。悲惨な犠牲者を出した中央公論の風流夢譚事件も、朝日新聞阪神支局襲撃事件も、全て立派な「サムライ」の手による「仲間の手を借りないという美学」の結果だとでも言うのでしょうか。繰り返しますが、安田浩一による右翼の美化・礼賛はジャーナリストとしての完全な自殺行為です。以前は単にヘボな労働問題専門の駄目記者に過ぎなかったのが、今は完全に悪質なデマゴーグに変貌したと言って良いでしょう。
安田がジャーナリストとしての魂を悪魔に売ってまでやった事とは、在特会を自分の個人的なメシの種にするのに成功した事と、その在特会だけを悪役にしてより大きな差別問題から社会的関心を逸らさせ、ひいては日本という国の姿を現実離れして美しい虚像に歪曲しただけです。在特会を攻撃するふりさえすれば誰でも「ヒーロー」になれる。凶暴なテロ集団でしかない旧来の日本右翼でも、日の丸や君が代や天皇が大好きな反原連やレイシストしばき隊でも、石丸次郎や萩原遼のような実際は単なる朝鮮ヘイトの鬼畜レイシストに過ぎない人間であっても、挙げ句は安倍晋三のような人間ですら、在特会さえスケープゴートにすれば善人ぶれる。そんな風潮を作った張本人が安田浩一でした。少なくともそうした風潮作りに大きな役割を果たした事だけは間違いありません。
まだまだ安田浩一の妄言に突っ込みたい所はたくさんある(日本では従軍慰安婦などの歴史問題を真面目に教育してきたとか、日本には韓国ほどのナショナリズムはなかった、アジアで最もナショナリズムの希薄な国は日本だったとか)のですが、いい加減きりがないので今回はこの辺にしておきたいと思います。今回翻訳した安田のインタビュー記事で強調した部分のうち、今回突っ込みきれなかったその他の部分、あるいはその他どの部分でもまた別の方が引用・参考にして、安田浩一への批判または在特会問題への研究に活用していただければと思います。早い話、安田のその他妄言類については、とりあえず他の方々にお任せという事で。
最後に結論として、安田浩一が決してふれようとしなかった事、すなわち在特会とは何なのかという本質的な話を言及しておきましょう。
在特会とは何なのか? この答ほど一見難しそうで、実はこれほど簡単なものもありません。安田浩一はこれについて今回のインタビューでも
「私の考えだと在特会運動は非常に不幸な運動です。何かを獲得する為の運動ではありません。無条件で韓国が、在日コリアンが嫌いだと話す為の運動です。誰かを幸福に出来る運動ではありません。彼ら自身も幸福になれるわけではないからです。そうした意味で非常に悲しい運動だと思います。」
「彼らの論理を借りて言うと、強者に対する抵抗運動」
「在特会は日本社会の恥部」
「在特会も愛国者というよりは、国家から愛されたいと考える者達でしょう。彼らの主張は日本に自分達を捨てないでくれという主張でもあります。」
などといったおためごかしを繰り返していますが、これらは在特会という団体がそもそも何なのかという本質的な答には全くなっていません。
在特会とは何か? これに対する最も簡潔で本質的な答とは
「日本における国家体制の補完物」
に他なりません。他の旧来右翼と有意な差は何もない訳で、誰だってすぐに分かる話です。安田はその事に気付かなかったのでしょうか? いや、この男がいかに3流記者であってもさすがに気付いているでしょう。単に都合が悪いので、本質的な答を明かしたくなかっただけだと思います。
日本という国においては明治以降の帝国主義とアジア侵略と共に、民族差別が国策として進められてきました。差別は国家的に「正しい事」、国策・国益として行われてきた。日本右翼の最大の存在意義とはそうした事を補完する事にある訳で、在特会もまたそれに極めて忠実に呼応しているに過ぎません。そういう点で在特会ほど日本右翼らしい日本右翼はいないのです。安田浩一のようにこれを「彼らは保守でもなく右翼でもない。便宜上ネット右翼と言うが、これらは真正な意味での右翼ではない」などというのはとんでもない大嘘でしかありません。日本右翼がこれまでに日本の国家体制擁護の為にやってきた民族差別や抑圧、テロ活動、過去史歪曲などを新参者の在特会もまた一生懸命にやっているではありませんか。在特会の言動や主張に目新しいものなど何もありません。どれもこれも旧来の右翼がずっと言ったりやってきた事をそのままなぞってるだけ。いや、振るう暴力の威圧感や凶暴さという点では旧来の右翼の方がはるかに危険です。長崎市長銃撃事件や朝日新聞阪神支局襲撃事件、浅沼稲次郎刺殺事件、風流夢譚事件…その他日本の旧来右翼が無数に引き起こしてきた暴力事件や言論圧殺活動に比べたら、むしろ今の在特会などまだお子様レベルでしかないでしょう。もちろん在特会が今後もっと過激な暴力事件を引き起こすように凶暴化していく可能性は十分にありますが。
警察だって在特会に対しては既存の右翼同様に目こぼしして利用すらしてきました。桜井誠だって逮捕されたけど、案の定すぐに出て来たでしょう? 桜井と在特会にとっては今回の逮捕劇など箔を付けてくれた「勲章」に過ぎず、連中が今後ますます図に乗る事は明らかです。
何よりも在特会は今や日本一の悪役(?)の役回りを引き受けて、他の右翼はもちろん安倍晋三のような極右政治家から、民族差別の総本山たる日本国家そのものを美化させるという引き立て役の大役を立派に果たしているではありませんか。これこそ「体制の補完物」冥利に尽きるというものでしょう。立派に在特会は「お国」の役に立っている訳です。そんな「体制の補完物」そのものである在特会に対して「誰かを幸福に出来る運動ではありません。彼ら自身も幸福になれるわけではないからです。そうした意味で非常に悲しい運動」などと言っても何の意味もなければ批判にもならない。
在特会とは日本の国家体制を補完する存在の一つであり、日本そのものであるという事。ゆえに在特会だけをスケープゴートにして非難し、それを以って日本国家そのものを美化したり免罪するという事は出来ないし、あり得ません。その事を決して忘れてはいけないでしょう。安田浩一のようにそれをやっている人間は全くの嘘つき・ペテン師であると同時に、その者もまた在特会はじめとする日本右翼同様な「体制の補完物」に他ならないのです。
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